1061話 私に合った練習方法
「アイビー、体を酷使するような練習は駄目だからな」
私の様子を見ていたお父さんが注意をしてくれる。
「でも、時間がないし……」
シファルさんを見ると、彼も首を横に振る。
「今のアイビーは少しずつ背も伸びているし、体重も増えているよね」
「うん」
「やっと普通に成長が出来るようになったんだから、その邪魔をしてはいけない。大丈夫、成長に合わせた練習方法を教えるから」
「分かった」
成長に合わせた練習方法か。
何も分かっていない私が考えるより、シファルさんやお父さんに任せた方がきっと効率はいいよね。
「まず体力。といっても、アイビーの体力はもう上位冒険者並みだから、それを維持するようにすればいいから。そうだ、弓の練習はこれまで通り。増やさないように」
えっ、弓の練習を増やそうと思ったけど駄目なの?
「弓を引く時に重要なのは体幹だ。体幹が不安定なまま弓の練習量を増やしても、上達は難しい。逆に体幹がしっかりしていれば、足場が悪い場所でも的を射抜く事4が出来る。だから、体幹を鍛える訓練のほうを重点的に増やそうと思っている」
体幹が重要なのは、弓の仕組みや手入れの方法などを聞いた時に、一緒に教えてもらった。
確かに、シファルさんが弓を放つ時って、どんな場所でも体が全然ブレないんだよね。
私もいつか、あんな風になりたいな。
「はい」
「あとで、体幹を鍛える運動を教えるから。そうだな……1回につき、それぞれの運動を50回ずつ、それを1日に3回くらいから始めようか」
どんな運動なのか分からないけど。
「分かりました。お願いします」
「あと、アイビーに必要なのは、怪我を予防するための柔軟性を維持する運動だな。それと、気配や魔力を察知する訓練も普通なら必要なんだけど、アイビーの場合は必要はないだろう」
気配や魔力を察知する能力は、自分でもあると思う。
でも、ジナルさんに比べたらまだまだだから、これは森に行った時に鍛えよう。
「他にも大切な事が見つかったら、その都度説明するから。アイビー」
「はい」
真剣な表情をしたシファルさんが私を見る。
「練習を続けていると、成長を実感出来る時もあれば、まったく実感出来ない時もある。実感出来る時は嬉しいけど、感じられないと不安になるだろう。そんな時、つい練習を増やしたり内容を変えてしまう事がある。でも、今のアイビーに合う練習方法を教えているから、自己判断で練習量を増やしたり変えたりしないでほしい。それは、アイビーの体に負担がかかり、最悪の場合は体を壊してしまうかもしれないから」
体を壊すのだけは嫌だ。
「はい」
「あと、練習方法に疑問や不安があったらすぐに言う事。練習量を増やして欲しい時も。絶対に叶えるとは言えないけど、一緒に考える事は出来る。駄目な時は、ちゃんと説明するから」
「分かりました」
そういえば、冒険者広場で、弓を練習で肩を痛めた人がいた。
ポーションで治していたけど、痛みが繰り返すと言っていたな。
「練習で体を壊したら、ポーションでは治らないの?」
「えっ?」
私の質問にシファルさんが首を傾げる。
「冒険者の人が話していたの、弓の練習で痛めた肩って、ポーションで治してもすぐに痛くなるって」
「それは、弓を放つときの姿勢が正しくないからだ。きっと肩に負担がかかる姿勢になっているんだろう。そして、その姿勢を修正しないまま弓を使い続けたから、ポーションで治してもまたすぐに肩を痛めてしまったんだと思う」
ポーションの問題ではなく、弓を放つ時の体勢か。
「ただ、何度も何度も同じ場所を痛めていると、ポーションの効きが少しずつ悪くなっていく。もしかしたら、既にそのような状態になっていたのかもしれないな」
「そうなの?」
私がシファルさんを見ると、彼は頷いた。
「ジナル」
私とシファルさんの話が終わると、セイゼルクさんがジナルさんに声を掛けた。
「んっ?」
サンドイッチを食べているジナルさんがセイゼルクさんを見る。
「あれ? いつの間にサンドイッチが?」
テーブルを見ると、大皿2枚に盛られたサンドイッチがあった。
「ジナルがお腹空いたと言ったら出てきたんだ。アイビーも食べるか?」
お父さんがサンドイッチを食べながら私を見る。
おいしそうに食べている姿って、食べたくなるよね。
「うん」
お肉と野菜が絶妙に挟まれているサンドイッチを取ると、一口食べる。
うわぁ、お肉が凄く軟らかい。
このソース、凄くおいしいなぁ。
「アイビーの冒険者登録に行きたいけど、冒険者ギルドはスキルを調べる者達で混雑するだろう。だから、冒険者ギルドに行かなくても登録出来るように、フォロンダ公爵に聞いてくれないか?」
「混む? あぁ、それは大丈夫だ」
ジナルさんはお茶を飲むと、セイゼルクさんを見た。
「今回の発表で、間違いなく両ギルドに人が殺到する。それを分かっているから、スキルの調べる場所を大通りの外れに作ったんだ。そうしないと、両ギルドの日常の業務に支障をきたすからな」
「そうか。じゃあ、発表当日から2日くらいは混みそうだけど、すぐに落ち着きそうだな」
ジナルさんの説明に頷いたセイゼルクさんは、私を見て微笑んだ。
「アイビー」
「うん?」
「もう少ししたら、同じ冒険者だな」
「うん」
そうか。
皆と一緒だ。
「そういえばドルイド。冒険者になる方法をアイビーに教えたのか?」
冒険者になる方法って?
えっ、冒険者ギルドに登録しただけじゃ、なれないの?
「教えていなかったな。アイビー」
「うん」
お父さんを見る。
「冒険者ギルドで、冒険者になりたいと言ったら試験を受ける事になる」
「試験?」
「自分が一番得意な武器や特技を使って、試験を受ける事になるんだ」
武器や特技?
「合格、出来るかな?」
武器は弓でいいけど、私の特技ってなんだろう?
「それは大丈夫だ。シエル達がいるからな。というか、冒険者ギルドに話をつけないと駄目だよな?」
「そうだな」
お父さんの言葉に、セイゼルクさんが神妙な表情で頷く。
話をつける?
それに、シエル達がいるから大丈夫って?
「あっ、冒険者ギルドで思い出した。これからは、スキルの登録がなくなるから」
ジナルさんの発言に、皆の視線が集中する。
「やっぱりそうなったか」
シファルさんの呟きに、ジナルさんが苦笑する。
「変動するスキルを登録してもな。元々、スキルの登録には反対意見も多かったし」
そうなんだ、
「アイビーの事だけど、フォロンダ公爵から冒険者ギルドのギルマスに話をしてもらうよ」
ジナルさんの言葉に、目を見開く。
フォロンダ公爵からギルマスに?
「お父さん、冒険者ギルドに話をつけるって何?」
「試験は試験管に見守られながら行われるんだ。剣が一番得意なら、剣で魔物を討伐して合格。その倒した魔物の種類によって中位冒険者になれたりもする」
一気に中位冒険者に?
凄いな。
「アイビーの場合、武器は弓。そしてテイマーだから、シエルも一緒に試験を受ける事になる」
「シエル?」
「そう。シエルに『この周辺で一番強い魔物を狩ってきて』と、お願いしたら?」
「あっ、……狩ってくれると思う」
もしかしたら、1匹だけじゃなく沢山かもしれない。
「『私の下へ魔物を追い込んで来て』と、お願いしたら?」
「してくれる、ね」
「そうすれば、きっとすぐに上位冒険者になれるだろうな」
上位冒険者!
「あと、様子を見ていた試験官はきっと驚いて腰を抜かすぞ。さらに、数日でアダンダラをテイムした冒険者がいるという噂が王都中に広まるはずだ」
「あははははっ」
「混乱を防ぐためにも、冒険者ギルドに前もって話をしておく必要があるんだよ。フォロンダ公爵だったら、適任だ」
ジナルさんが頷きながら言う。
混乱を防ぐためか。
それなら、お願いした方がいいよね。
「あっ、スキルの登録が必要ないなら、弓だけで試験を受けるのは駄目?」
「それも考えたけど、『捨てられた大地』へ行くなら上位冒険者になった方がいいと思うんだ」
あぁ、そのために。
「フォロンダ公爵に『よろしくお願いします』と伝えて下さい」
「分かった」
ジナルさんに頭を下げると、彼は笑って頷いた。




