112話 誤魔化そう
「お昼にしようか」
罠を仕掛け終わったので、今日の予定は終わった。
あとはシエルとゆっくり過ごす事と、後回しにしてきた前の私の記憶の事だ。
いい加減しっかりと把握しておかないと駄目だろう。
ハーブだけでなく料理の作り方などにも影響が出ている。
ラットルアさん達は優しいので、突っ込んで訊いてきた事はない。
でも、これから出会う人もそうだとは限らない。
もしもの時の、言い訳も考えておかないと墓穴を掘りそうだ。
「川ってどっちだろう?」
休憩するならゆっくり出来る場所が良い。
川辺は見通しが良いので、お気に入りの場所なのだ。
なので川を探そうと思ったけど、地図で川の位置を確認してくるのを忘れてしまった。
困ったな。
グルルル。
シエルの声に視線を向けると、森の奥へ歩き出そうとしている。
川の場所を教えてくれるのだろうか?
「川はそっち?」
「にゃうん」
やっぱり、頭が良いな。
シエルを先頭に森を歩く。
人の気配を探ってみても、この辺りにはいないようだ。
獣の気配を微かに感じるが、シエルが近くにいるためなのか一定の距離から近づくことが無い。
「シエルがいると、森の中も安全だね」
「ぷっぷぷ~」
ソラもそう感じているのか、返事をしてくれる。
ピョンピョンと飛び跳ねるソラ。
ちょっと勢いがつきすぎて、木にぶつかっているのだが全く気にしていない。
かなりご機嫌の様だ。
「あっ、川だ」
太陽の光を反射して、キラキラと光る川が見える。
川辺に出ると、近くには実の生っている木を見つける事が出来た。
葉っぱの形や実の形から、どうやら私の好きな甘酸っぱい実を付ける木の様だ。
「ソラ、あの木は大丈夫?」
「ぷ~」
ソラの返事に木に近づく。
シエルの答え方を決めた時に、ソラとも1つだけ答え方を決めたのだ。
大丈夫や問題ないと言う時には「ぷ~」とだけ鳴いてもらうようにした。
ただし、人がいない時だけなので森の中だけになるが。
それでも、分かりやすい答えはとても便利だ。
木に登って実をマジックバッグに収穫していく。
ある程度の数を収穫する事が出来た。
木を降りて、周りを見渡す。
少し離れた所に実を付けている木を発見。
ただし、見たことがない木だ。
食べても大丈夫なのだろうか?
ソラがその木の周りをピョンピョンと跳ね回っているので、木には問題がないようだ。
木に近づくと枝にいっぱい実が生っている。
実の重さで枝が少ししなっているので手を伸ばすだけで1つ収穫出来てしまった。
匂いを嗅ぐと、甘いいい香りがする。
一口かじって……ペッと吐き出した。
「渋い~」
甘さはあるのだがものすごく渋い。
このままでは食べられないみたいだ。
渋い実は干すことで食べられる様になるのだったかな?
ちょっと詳しく思い出せないや。
仕方ない、今回は諦めよう。
周辺にはまだ実の生っている木が結構あるし、すぐに食べれる実だけを収穫していこうかな。
実の生っている木に登ってはマジックバッグに収穫していく。
しばらくするとマジックバッグがいっぱいになった。
「ふ~終わった。よし、食事にしようか。ソラ遅くなってごめんね」
収穫が楽しくてちょっと時間がかかってしまった。
木から降りて、太陽が影になっている場所に移動する。
ソラのバッグからポーションを取り出して並べていく。
それを嬉しそうにしゅわ~っと吸収していくソラ。
シエルはソラの近くで寝そべって、眠っている。
そう言えばシエルの食べ物を持って来ていないな。
肉を持ってきた方がよかったかな?
でも、どれくらい食べるのだろう。
「シエル、ごめんね。ご飯、持って来ていないんだけど……」
グルルル。
シエルはちらりと私を見て喉を鳴らすと、目を閉じてしまう。
今は、要らないって事なのかな?
それにシエルの分を準備するのは大変だな。
……シエル自身に任せよう。
買ってきたドナックをバッグから出して一口食べる。
ふわっとした口に広がる甘さと、しっとりした食感。
これは美味しい。
黒パンほど硬くなく、白パンほどふんわりでもない。
食べごたえがあるお菓子の様だ。
選んで正解だったな。
「ふ~、美味しかった」
5個のドナックを食べ終わると、かなりお腹がいっぱいだ。
ちょうどいい量だったな。
次に買う時にもドナックがあれば選ぼうかな。
竹筒から水を飲み、一息。
さて、そろそろ記憶を整理していこうかな。
まずは人とかかわる上で問題になってきそうなのは、ハーブと料理方法かな。
組織と戦うなんて事、そうそうある訳でもないだろうし。
というか、あったら困る!
それに次からは「似たような経験をしてその時に学びました」という言葉が使える。
セイゼルクさん達や隊長さんたちの話を聞いて、いろいろ学んだことは確かだしな。
ただし、ハーブや料理方法は日常に紛れ込んでいるため間違いやすい。
薬草と言うようにはしているけど、まだハーブって言葉にしてしまっている時がある。
これは気を付けるしかないんだろうな。
後は料理方法なんだけど。
これについては、実際に言われないと気が付かないよな。
チーズをのせる方法だって、トーマを煮込むのだって言われないと気付けなかった。
……あれ?
私、生まれてから今に至るまで料理方法なんて学んだ記憶が無いんだけど……。
もしかして全て前の私の記憶だったり?
これは言い訳を考える方が先決だな。
親に習ってと言うのは使えない。
村ではこの作り方が主流という言葉も無理があるよね。
あの村の人達は他の村へ逃げてきているし、ばれた時の言い訳がつらい。
他には……あっ、旅の道中で一緒になった人に教わりましたというのは使えるかな。
あとは自分なりに追加で考えたって事にしたら、追及されても誤魔化せるはず。
少しの違和感は、料理をするのが好きなのでと言う言葉でいいだろう。
「料理好きってここでも通用するよね? 冒険者で料理好き? 大丈夫かな」
前の私の事を考えると良く分からなくなる。
少しだけ記憶で見えたのは、人がいっぱいいる場所で何か話している場面。
あとは、本がいっぱいある場所かな。
本棚にいっぱい詰まった本。
あれを覚えていたから、本屋で本を見た時に違和感があったんだよね。
占い師にもらった本も、前の私が持っていた本に良く似ているし。
でも、ここって糸を使って綴じた冊子が主流なんだよね。
占い師はどこで本を手に入れたのだろう?
それに前の私はどこで戦い方を習ったのか……。
「駄目だ。前の私の事を考えると頭がぐちゃぐちゃする」
「ぷっぷ~」
ソラがピョンピョン跳ねて私の足に乗ってくる。
シエルもグルグルと喉を鳴らして、顔をすりすり。
どうやら心配を掛けてしまったようだ。
「大丈夫だよ」
前の私が何者でもいいか。
彼女がいなければ、今の私はいなかった。
というか、この世界にいなかった。
幼い私の心を守ってくれた存在だ。
すりすり。
ぴょんぴょん。
「今は仲間が増えてうれしい。ソラもシエルも私の大切な仲間だ」
前も思ったけど、前の私の事を真剣に考える事が出来ない。
何かに邪魔されるような気がする。
でも、それでいいのかも知れないな。
きっと、必要ないからだろう。
必要な事はちゃんと教えてくれている。
それ以外の事はきっと私には必要のない事なのだ。
「今日判った事って、料理関係は全て前の私の記憶って事か。でも、分かっていれば言われた時に焦らず対応できるもんね。整理してよかったって事かな」
「にゃうん」
「ん?」
シエルが鳴いた。
何だろう?
周りの気配を調べると、誰かがこっちへ近づいて来る。
考え事に没頭していて気配を探るのを忘れていた。
ソラを呼ぼうとして、首を傾げる。
ソラもシエルも焦っている様子が無い。
知っている気配?
もう一度、近づいて来る気配を確かめる。
「あっ、ラットルアさんの気配だ」
だからシエルもソラも焦っていなかったのか。
どうしたんだろう?
こっちへ用事?
でも、まだ組織の事で忙しいはずだけど。
「あっ、いたいた。ごめんアイビー、ちょっと良いかな?」
「はい。どうしたんですか? ってよくここが分かりましたね」
「罠を仕掛けに行くって言っていたからさ。大型の魔物と動物が出にくい場所はこの辺りだからね」
なるほど、この森について詳しいから出来る事だよな。
さすがラットルアさんだ。