1058話 体力強化
シエルと一緒に、フォロンダ公爵の豪邸の庭を走る。
広い庭だから、走るのにとてもいい。
「シエル。あと、一周しよう」
「にゃうん」
私は息が切れているのに、シエルはまだまだ余裕たっぷりで走っている。
さすがアダンダラだと思っていたら、後ろから鳴き声が聞こえた。
「ぷっぷぷ~」
「てっりゅりゅ~」
「えっ、ソラ? フレム?」
いつからか、私達の後ろを一緒に走っているソラとフレム。
「ぷっぷぷ~」
「てっりゅりゅ~」
2匹は、私が声を掛けるとぴょんと私を飛び越え、前を走り出した。
「一緒に走ってくれるの?」
「ぷっぷぷ~」
「てっりゅりゅ~」
楽しそうに走る2匹を見ながら付いて行く。
あれ?
速度が早くなってない?
2匹を追いかけているうちに、私達の速度が少しずつ上がっている事に気付いた。
なんとなく、速度を落としてもらうのは悔しくて、必死に2匹を追い掛ける。
「はぁ、はぁ。終わり~」
少しずつ速度を落とし、最後は歩いて呼吸を整える。
「最後、きつかった~」
ソラとフレム、それにシエルは、まだまだの表情で私の周りを楽しそうに付いてくる。
「ぷっぷ?」
「えっ?」
ソラが私の前で飛び跳ねるので見ると、私を見て庭を見るソラ。
「もしかして、まだ走りたいの?」
「ぷっぷぷ~」
「ごめん。今日はもう終わり」
最後の1周で、かなり疲れたから無理だ。
「ぷ~」
不満そうに鳴くソラの頭を撫でると、用意しておいた果実水を飲む。
「毎日走るつもりだから、明日は最初から一緒に走ろう」
「ぷっぷぷ~」
「てっりゅりゅ~」
「シエル。今日は一緒に走ってくれてありがとう」
ソラとフレムが納得してくれたので、シエルの頭を撫でてお礼を言う。
「にゃうん」
昨日、セイゼルクさん達に「冒険者になろうと思う」と言ったけど、誰も驚かなかった。
お父さんと同じで、皆も予想していたみたい。
「皆、私の事を良く知ってくれているよね」
腕や足を延ばしたり、曲げたりしながら柔軟運動をする。
私が「星なし」だという事は、さまざまな経験をした事で吹っ切れている、ということに冒険者になるかどうか考えた時に気付いた。
だって「星なし」だと命を狙われるってずっと思っていたけど、実際は私の生まれた場所が教会の考え方に染まっていたからだったし。
私が教会に狙われた理由は、「星なし」である事とは関係なく、前世の記憶を持っていたからだった。
「星なし」は魔力が少なすぎて、テイマーとして役に立たないと思われているけど、私には凄い能力を持ったソラ達がいる。
そう考えてみると、「星があるとかないとか、私が生きていくうえであまり関係ないのでは? 星のあるなしに関係なく、狙われる時には狙われるんだし」と思った。
そしてそう思ったら、冒険者になる事に何の問題もないと気付いた。
「『星なし』だからと諦めるのは嫌だったし、それに『星なし』だったからこそソラをテイム出来たんだよね。そう考えると、『星なし』で生まれて良かったのかも」
確かに「星なし」だと知られるのは、まだ少し怖いという気持ちはある。
でも、そんなものに負けたくない。
柔軟運動を終わらせて、布で汗を拭く。
冒険者になると言ってから、お父さん達に今の私に必要な事を聞いた。
皆から言われた事は、体力の強化。
そして、柔軟性を維持しつつ全身の筋肉をもっと付ける事も言われた。
どちらも毎日努力しなければ結果が出ないので、その日から庭を走ったり、柔軟運動をしたりし始めた。
「アイビー」
お父さんの声に振り向くと、庭に出てきたお父さんの隣にジナルさんがいた。
「ジナルさん、お久しぶりです」
お父さんとジナルさんの下へ行くと、ジナルさんが随分と疲れている事に気付いた。
「ジナルさん、大丈夫? なんだか、疲れているみたいだけど」
「ははっ。スキルの事でバタバタしていたからな」
ジナルさんの言葉にハッとする。
もしかして、両ギルドから何か発表があるのかな?
「発表は明後日だ。ある程度の事が分かったからな」
私の表情から考えが分かったのだろう、ジナルさんが微笑む。
「明後日なんだ」
明後日は両ギルドが混むんだろうな。
そういえば、いつ冒険者ギルドに登録しに行くんだろう?
「あぁ、明後日の発表だけど、内容を聞きたいか?」
「えっ?」
聞きたい!
でもそれは、発表前に漏らしていいの?
「知っているなら、教えてくれ」
シファルさんの声に視線を向けると、彼は庭に出てきてジナルさんの傍に立った。
「込んでいる両ギルドに確認に行くのは面倒だからな」
シファルさんが嫌そうに言うと、ジナルさんが疑わしい視線を彼に向ける。
「お前達だったら、当日に聞きに行く事はないだろうと思っているんだけど?」
「当たり前だ。特にスキルに関する事だから、集まるのは冒険者達だけではないだろう? 冒険者が集まっただけでも込むのに、そこに商人とかも混ざるんだ。絶対に行くわけがない」
シファルさんの説明に、ジナルさんが呆れた表情をする。
「聞きに行くのは面倒と言いながら、絶対に行かないって。おかしいだろう」
「当日は、絶対に行かないって事だよ。でもスキルの事だから、なるべく早く知りたいと思うのは当たり前だろう? 持っているスキルに変化があるかもしれないんだから。でも発表内容によっては、1ヶ月ぐらいは混むんじゃないか?」
「あぁ、今回の発表はかなり反響を呼ぶだろう。おそらく、1ヶ月ぐらいでは落ち着かないと思うぞ」
ジナルさんの説明に、シファルさんの表情が引きつる。
「そんなに重要な発表になるのか?」
「気になるか?」
ニヤッと笑うジナルさんに、シファルさんが圧のこもった笑顔で返す。
「当然だ」
「二人の笑顔は似てるね」
お父さんの傍に寄って小声で話す。
「ぶっ、くくく。そうだな」
なぜか笑い出したお父さんを見る。
「今のあの二人を見て、何か感じないか?」
お父さんの質問を不思議に思いながら、笑顔で話しているジナルさんとシファルさんを見る。
「……腹黒い人の笑顔って、似るんだね」
二人とも口元は笑っているのに目が笑っていないからかな?
「えっ?」
私の返答に、お父さんが驚いた声を上げる。
「えっ?」
そんなお父さんの反応に、私も声を上げてしまう。
「いや、そうだな。怖いと感じたりしないのか?」
「ジナルさんとシファルさんを? それはないけど……怖い?」
今まで二人を怖いと感じた事はない。
あれ?
ないよね?
「そうか。アイビーのその度胸は、冒険者になったら活躍するだろうな」
「えっ? 度胸?」
「あの二人があの笑顔で笑っていたら、冒険者になりたての者達は逃げるからな」
逃げる?
「もしかして、二人から殺気が漏れているから?」
「そう」
お父さんがポンと私の頭を撫でる。
「でもあの殺気、本気じゃないよ?」
ジナルさんとシファルさんが放っている殺気は、相手を威嚇するためのもの。
本気で相手を殺そうとする殺気には、体の芯まで凍りつくような恐ろしい力がある。
「えっ、違いが分かるのか?」
お父さんが私を驚いた表情で見る。
「うん。殺気を使った弓の練習の時に感じたものと、ノースと戦った時に感じた殺気が違ったから分かったの」
どちらの殺気もゾクッとするけど、本気の殺気から感じる恐怖は違う。
本気の殺気は気を抜くと、恐怖に飲み込まれて、動けなくなってしまいそうだしね。
「凄いな」
お父さんが感心した様子で私を見る。
「でも皆は違いが分かっているよね?」
「冒険者として、色々と経験をしているからな」
冒険者の経験から、分かる事なんだ。
私の場合は、殺気を練習で使ったからだろうな。




