1056話 毒の有無
「ドールは毒が好きですから」
えっ。
フォリーさんの言葉に首を傾げる。
「ドールは、昔の仕事で毒を扱っていました。その頃から、毒について調べたり、調合したりするのを楽しんでいたんですよ」
毒について調べるのはまだ分かるけど、毒を調合して……まさか使っていたり?
気配も足音もしなくて、毒を使用する仕事……。
「なるほどね。ドールさんは毒が専門ですか」
「はい」
納得した様子のセイゼルクさんにフォリーさんが笑って頷く。
「それよりも、こちらの甘味はいかがですか? 新しく作ってみたんですけど」
フォリーさんが、テーブルに載せた大皿を指す。
そこには、白いクリームのようなものに赤いソースが掛かった、美味しそうなお菓子が並んでいた。
「いただきます」
フォリーさんに小皿に取り分けてもらい、一口食べる。
あれ?
クリームかと思ったけど、違った。
軟らかいのに、しっかりした食感がある。
「見た目に騙された。ゼリーですか?」
シファルさんが楽しそうに笑いながら食べる。
ラットルアさんも気に入ったのか、2つ目をフォリーさんにお願いしている。
「はい。ゼリーの硬さにかなり気をつけて作りました。どうですか?」
「「「おいしいです」」」
シファルさんとラットルアさんと私の声が重なる。
それを聞いたフォリーさんが、嬉しそうに笑った。
「それは良かったです」
パキッ。
えっ?
何かが壊れる音に視線を向けると、ソラとソルが壊れかかった机の上で飛び跳ねている。
「あっ!」
バキッ。
「あぁ、壊れちゃった。ごめんなさい、フォリーさん」
「ふふふっ。さきほどドールも言っていましたが、大丈夫です」
「ソラ、危ないぞ」
お父さんの注意にソラへ視線を向けると、傾いた机の上でふらふらしていた。
「もしかして落ちないようにしているの?」
私の問いに、お父さんが肩を竦める。
「そうみたいだ。ソルもソラと一緒に頑張っているから、たぶん2匹で競っているんだろう。あの子達の遊びは急に始まるから」
「微笑ましい2匹だけどな」
お父さんの説明を聞いたヌーガさんが、温かな視線を2匹に向ける。
パキッ、パキッ。
「2匹が遊んでいるあの机。また、どこかから壊れそうじゃないか?」
小さな音が聞こえると、セイゼルクさんが心配そうにソラ達が遊んでいる机に近付く。
バキッ、ドサッ。
「ぷっ?」
「ぺふっ?」
セイゼルクさんが近付いた瞬間、机が大きく横に倒れた。
傾いた机を支えていた脚が、折れたようだ。
「セイゼルクさん、ありがとう」
机が倒れた瞬間、ソラとソルを抱き上げたセイゼルクさん。
「机と一緒に倒れても、ソラ達は怪我をしなかったかもしれないけどな」
セイゼルクさんは、床に2匹を置くと、壊れた机の様子を見た。
「完全に壊れたみたいだ」
「クル」
セイゼルクさんの横から、壊れた机を見るスノー。
スノーの表情が少し情けなく見えるのは、気のせいかな?
「気にしなくていいって言ってくれているから、大丈夫だぞ」
スノーは、セイゼルクさんを見て尻尾を振りそうになるが、すぐに元の位置に戻した。
それを見ていたセイゼルクさんが、スノーの頭を撫でて笑う。
「今度、一緒に森へ行って、尻尾の強さを見てみようか」
「クル」
そうか。
これから一緒に生きていくなら、スノーの強さとかを知っておかないと駄目だもんね。
コンコンコン。
「失礼します。毒の有無が分かりました」
扉を叩く音がして、そちらに視線を向けると、ドールさんが部屋に入ってきた。
「どうでしたか?」
「毒はありませんでした」
ドールさんは、少し残念そうな声で答えた。
「そうですか、良かった。もし毒があったら、一緒に住めなかったかもしれませんから」
不安そうに聞いたセイゼルクさんは、ドールさんの返答に安堵の表情を浮かべた。
シファルさん達も、そんなセイゼルクさんに「良かったな」と声を掛けている。
私もお父さんと顔を見合わせて「良かった」と笑い合った。
「クル」
スノーも話を理解したのか、セイゼルクさんに嬉しそうにじゃれつく。
「おっ、スノーも嬉しいのか?」
「クル」
セイゼルクさんがスノーの頭をくしゃくしゃと撫でると、スノーの喉がぐるぐると鳴る。
セイゼルクさんはその様子に少し驚き、やがて悲しげな表情を浮かべた。
「ジャグラは喉が鳴らなかったし、繭で成長する魔物にもそういう種類はいなかった筈だ。スノーの中には、いったいどれだけの魔物の要素が混ざっているんだろうな」
「何が混ざっていようと関係ないだろう。スノーはスノーだ」
お父さんの言葉に、セイゼルクさんが視線を向ける。
「そうだな。スノーはスノーだ」
スノーを撫でていたセイゼルクさんは、優しい表情でスノーを見つめ、ポンとその頭に手を置いた。
「スノーの調子に問題がなければ、俺はスノーと一緒にオトルワ町に戻るつもりだ」
あっ、そうだ。
セイゼルクさんが王都にとどまっていたのは、スノーが繭の中にいたからだった。
その問題が解決したんだから、いつ出発してもおかしくないんだ。
「そうか。ランカに伝えておくよ。彼女が今、受けている任務が終わったら、俺達と合流するように」
「あぁ、頼む」
シファルさんの言葉に、セイゼルクさんが頷く。
「スノー、少し様子を見て問題がなかったら、俺と一緒にオトルワ町に行こうな」
「クル。ふあぁ」
スノーが小さく欠伸をする。
それを見たセイゼルクさんが、笑ってスノーの首元を撫でた。
「眠たくなったのか? えっと、ここだと」
壊れた棚や机、そして壁に出来た穴を見て、セイゼルクさんが困った表情をした。
「外が見えているよな」
セイゼルクさんの視線の先にある、外が見える穴を見て皆が笑う。
「そうですね。部屋を変えるように準備して来ます。少しだけお待ちください」
ドールさんとフォリーさんが楽しそうに部屋を出て行くと、セイゼルクさんが溜め息を吐く。
「フォロンダ公爵に、謝罪の手紙は必要だよな?」
「送った方がいいだろうな」
セイゼルクさんの肩をポンとお父さんが叩く。
「ご用意出来ました」
ドールさんがセイゼルクさんに声を掛ける。
「早いですね。ありがとうございます。スノー、部屋を変えよう。尻尾は動かさないようにな」
セイゼルクさんが、スノーの尻尾を気にしながら部屋を出て行った。
「本当に、セイゼルクはチームを抜けるんだな」
ラットルアさんが呟くと、ヌーガさんが頷く。
「寂しくなるな」
「大丈夫だろ。寂しさなんて感じられないぐらい、仕事を入れられると思うから」
少ししんみりしたラットルアさんとヌーガさんが、シファルさんの言葉に顔を引きつらせる。
「ランカとは、仕事量について絶対に話し会わないとな。あいつの仕事好きに付き合っていたら、休みがなくなる」
ラットルアさんが悲壮な表情で言うと、シファルさんが笑って頷く。
「任せてしまうと、確実に休みがなくなるだろうな」
ランカさんは仕事好きなんだ。
それは良い事だけど、やはり休みもきちんととらないといけないよね。
体はしっかりと休めないと。
「俺達も部屋に戻ろうか」
「うん」
ラットルアさん達に手を振ると、お父さんと一緒に部屋を出る。
「少し話そうか」
きっと、私が冒険者になるのかどうかって話だよね。
「うん」
私が借りている部屋に戻ると、お父さんがお茶を入れてくれるみたいなので、私は散らかっていたテーブルの上を少し片付けた。
「あっ」
テーブルの隅に置いてある白紙のふぁっくす用紙に目が止まり、小さく声が漏れた。
お姉ちゃんに送ろうと思って用紙をもらってきたのに、まだ何も書けていない。
「もういいかな」と思ったから、ふぁっくすを送ろうと思ったのに。
どうしてか、いざ書こうとすると色々な気持ちがこみあげてきて、結局まだ一言も書けない。
「思いを伝えるのって、難しいな」




