1055話 スノーの尻尾
「お父さん、ジャグラってどんな魔物なの?」
魔物の事は勉強したけれど、「ジャグラ」という名前の魔物は本に載っていなかったと思う。
「絶滅した魔物だ」
「絶滅?」
もう、いないという事?
「この尻尾を見て、すぐにジャグラを思い出すのは凄いな。確かにジャグラ特有の尻尾だけど、俺は全く思い出さなかったよ」
セイゼルクさんがスノーの尻尾を見ながら呟く。
「昔、ジャグラを探して森を何日も彷徨った事があったからな」
「えっ?」
セイゼルクさんが驚いた声を上げてお父さんを見た。
シファルさんとラットルアさんは声こそ出さなかったけど、同じように驚いている。
「どうして、またそんな事を?」
ヌーガさんが不思議そうにお父さんを見た。
「そんなに驚く事なの?」
私の問いにお父さんが苦笑する。
「ジャグラは、150年くらい前に絶滅したと言われている魔物なんだ。それから一度も目撃情報はない。だから今更探す者はいないんだよ。時間の無駄だと言われるしな」
「それなら、どうしてお父さんは探したの?」
「……師匠に言われたからだ」
お父さんの説明を聞いて、皆の表情が呆れたものに変わった。
そして、皆がお父さんに哀れみを込めた視線を向けた。
「セイゼルク、尻尾に毒があったらどうするんだ?」
お父さんの質問にセイゼルクさんが少し困った表情を見せる。
スノーも言われた事を理解したのか、自分の尻尾を見つめた。
「毒があるかどうか、お調べいたしましょうか?」
いつの間にか部屋の中にいたドールさんに、体がビクッと震える。
ドールさんの気配は、本当に読めない。
何時、部屋に入ってきたんだろう?
「結構、最初からいましたよ」
ドールさんが私を見て微笑む。
思っている事もすっかりお見通しみたい。
さすがドールさんだね。
「お願いできますか?」
「はい、おそらく1時間ほどで結果が出ますので、お茶でも飲んでゆっくりお待ち下さい」
セイゼルクさんが頭を下げると、ドールさんが頷いた。
そして彼の話が終わると、大きなワゴンを押してフォリーさんが部屋に入って来た。
「繭から生まれたスノーが何を食べるのか聞いていなかったので、色々と持って来てみました。皆様にはお茶や甘味もありますから、どうぞ」
スノーが興味津々でワゴンに顔を近付ける。
セイゼルクさんがワゴンに載っているカゴから生肉を取り出してスノーに見せると、スノーの尻尾が左右に大きく揺れた。
バキバキバキ。
「あっ」
セイゼルクさんが少し焦った声を上げる。
皆の視線の先には、元は棚だったけど、今はすっかり壊れてしまった物があった。
「すまない。スノー、尻尾を短く出来るか?」
セイゼルクさんの言葉に、スノーは小さく鳴きと、尻尾を元の大きさに戻した。
それにセイゼルクさんがホッとした表情を浮かべた。
「ドールさん、棚は弁償します」
「大丈夫ですよ。わざとではありませんから、気にしないでください。それに、私達の主人は、それはもう沢山稼いでおりますので、棚の1つや2つ、いえ、この部屋どころかこの建物を壊しても、全く影響はありませんから」
ドールさんの説明に、フォリーさんも頷く。
「凄い説明だな」
お父さんの呟きについ頷いてしまう。
「クル」
スノーがドールさんに顔を近付けると、謝るように小さく鳴く。
「本当に大丈夫です。それより、生肉が好きですか?」
「クル」
ドールさんが生肉の入ったカゴをスノーの前に置いた。
スノーは、少し匂いを嗅ぐとパクッと食べ始めた。
「毒を採取するための道具がありますので、持って来ますね」
ドールさんがセイゼルクさんを見る。
「お願いします」
皆で、おいしそうに生肉を食べているスノーを見ながら、ゆっくりと甘味を楽しむ。
「あれ? そういえば、ソラ達は? すぐに飛び込んできそうなのに」
ラットルアさんが、不思議そうに私を見る。
「朝から庭に出て遊び過ぎたみたいで、今は寝ているの。でも、そろそろ起きる頃かな? 様子を見に行って来るね。起きていたら、ここに一緒に来てもいい?」
セイゼルクさんを見ると、彼はスノーの様子を見てから頷いた。
「ソラ達の事は覚えているみたいだ」
「クル」
セイゼルクさんの説明に賛同するようにスノーが私を見て鳴く。
「それじゃあ、起きていたら連れて来るね」
「俺もあの子達の様子が気になるから一緒に行っていいか?」
シファルさんを見ると、興味津々な表情をしている。
「ふふっ、いいよ」
自分の借りている部屋に戻り扉を開けると、ソラとフレムが飛び出してきた。
「ぷっぷぷ~」
「てっりゅりゅ~」
部屋の中で興奮して跳び回っている事はあるけど、部屋から飛び出してきた事は今までに一度もない。
だから、扉を開けた瞬間に見えた、ソラとフレムが私に向かって来る姿に本気で驚いて、体が後ろに傾いた。
「大丈夫か?」
私の背中を支えてくれたシファルさんに目を向けた。
「ありがとう」
「こら、ソラ、フレム。アイビーが驚いて怪我をするかもしれないだろう?」
うん、今シファルさんがいなかったら危なかったよね。
「ぷぷ~」
「てりゅ~」
少し落ち込むソラとフレム。
でもすぐに、スノーがいる部屋の方をチラチラと見る。
「もしかしてスノーが繭から出て来た事に気付いているのか?」
「ぷっぷぷ~」
「てっりゅりゅ~」
そうだったんだ、だから部屋から跳びだしてきたのか。
「スノーに会いに行く?」
「ぷっぷぷ~」
「てっりゅりゅ~」
「ぺふっ」
「にゃうん」
よく見ると、ソルとシエルもいつもよりソワソワしていて、気になっているようだった。
「行こうか」
部屋の中にいたソルとシエル、それと部屋を跳びだしてきたソラとフレムと一緒にスノーがいる部屋に戻る。
「おっ、皆来たか。大きく成長したけど、皆と一緒にいたスノーだからな。またよろしくな」
「クル」
セイゼルクさんがソラ達にスノーを紹介すると、スノーも小さく鳴き声を上げた。
「ぷっぷぷ~」
「てっりゅりゅ~」
ソラとフレムが勢いよくスノーに近付くと、その体にピョンと飛び乗る。
スノーは、2匹の態度に少し驚いたけど、嬉しかったのか尻尾がバンバンと床を叩いた。
ピシッ。
「スノー、尻尾! 尻尾!」
床に入ったヒビに焦るセイゼルクさんが、スノーに声を掛ける。
「どうやらスノーは、力が強いみたいだな」
お父さんが、落ち込んだ様子を見せるスノーと、床を調べて苦笑するセイゼルクさんに視線を向ける。
「前は弱弱しかったから、強いのは良い事だよ」
「確かに、そうだな」
シファルさんが笑って言うと、セイゼルクさんも頷く。
「失礼します」
ドールさんが持ってきた、棒の先に綺麗な布が巻き付いている物でスノーの長くなる尻尾部分を拭く。
それを数ヵ所で繰り返すと、棒に番号を振り分け、白い紙に尻尾を描き番号を書き込んだ。
「では調べてきますね。もし毒が検出された場合は、その効き目についても調べます。ただ、それには少し時間が掛かります」
「はい、お願いします」
セイゼルクさんがスノーの首の辺りを撫でながらドールさんに頭を下げる。
「分かりました」
ドールさんが部屋から出て行くのを見送っていると、シファルさんが首を傾げた。
「ドールさん、随分と楽しそうだったね」
そういえば、いつもより楽しそうだったかも。
何か良い事でもあったのかな?




