1054話 成長したスノー
的に向けて弓を構える。
そして矢を放つ。
シュッ、コツ。
あぁ、また外した。
「次!」
「はい」
シファルさんの指示に気持ちを引き締め、もう一度弓を構え、矢を放つ。
シュッ、パン。
よし!
でも、かなり右の端だな。
「次!」
「はい」
素早く弓を構え、すぐに矢を放つ。
シュッ、コツ。
はぁ、また外してしまった。
「気にしなくて大丈夫だよ」
私が落ち込んでいる事に気付いたシファルさんが、私の肩を軽くポンと叩く。
「はい」
今日から殺気を使った練習は止めた。
どんな時でも、どんな状態でも、的に矢を当てなければ実戦では役に立たない。
そのため、矢を放つまでの時間をなるべく短くする練習も新たに始めた。
その結果、的中率は以前の半分以下に下がってしまった。
しかも、当たっても真ん中ではないし。
「まだまだだな~」
「いや、アイビーは凄いと思うよ」
シファルさんを見ると、彼は私を見て微笑んだ。
「まだ3カ月くらいで次の段階に進んだんだから」
そうなのかな?
「でも、今の状態では実戦では役に立たないですよね」
「今はね。でもアイビーが頑張って練習を続ければ、間違いなく上達する」
シファルさんの力強い言葉に、思わず笑顔がこぼれた。
「ありがとうございます」
「さぁ、練習をしよう」
「はい」
シファルさんの指示で、続けて10本の矢を放つ。
今までのようにゆっくりと的を狙えないから、かなり集中しないといけない。
「少し休憩しよう」
「はい」
集中しても10本中4本しか当たらなかった。
1本は真ん中あたりに当たったけど、あれは実力ではなく運が良かっただけだな。
4本の矢が刺さった的を見て、肩を落とす。
「頑張ってるな」
お父さんの声が聞こえたので振り返ると、コップを持ったお父さんがいた。
「はい。水分補給も忘れないようにな」
「ありがとう」
お父さんからコップを受け取り、一口飲む。
「はぁ、おいしい」
冷たくてほんのり甘い果実水が、体にじんわりと染み渡る。
「どうだ?」
お父さんが矢の刺さった的を見る。
「かなり難しいかな。狙う時間が短いと、構えがどうしても安定しなくて」
今までのように息を整える余裕がないので、弦を引きながら呼吸を整え、弓を構えた時にはすでに的を狙っておく必要がある。
しかも、構え直す時間がほとんどないため、そのまま矢を放つ事になり、うまく的に当てる事ができない。
的に当たる確率が上がっていたから、少しは上達したと思っていたけど、実戦で使えるようになるのはまだまだ先だね。
「練習あるのみだな」
「そうだね。練習あるのみだね」
お父さんの言葉に頷く。
「練習中に失礼します」
地下の訓練室に、少し慌てた様子のドールさんがやって来る。
「もしかして」
「はい。スノーの繭が破れ始めました」
シファルさんがドールさんを見ると、彼は笑顔で頷いた。
「ありがとう、アイビー、ドルイド。見に行こう」
シファルさんの言葉に頷くと、弓と矢を素早く片付け、急いで2階へと走る。
「セイゼルク、どうだ?」
スノーの繭がある部屋に入ると、シファルさんが繭の傍にいるセイゼルクさんに声を掛けた。
「数分前に繭の一部が破れたんだ」
セイゼルクさんが天井の方を指すと、確かに繭の一部が破れていた。
「スノーの状態は?」
部屋に入って来たラットルアさんがセイゼルクさんに聞く。
ラットルアさんの後ろには、ヌーガさんもいた。
「まだ、中の様子は見えないけど魔力に異常はないから問題はないと思う」
セイゼルクさんの返事に、ラットルアさんだけでなく、皆がホッとした表情を浮かべた。
「成長の最終段階に入ってから5日目だから、早いほうかな?」
「そうだろうな。長い時は2週間以上かかると本に載っていたから」
私の傍に来たヌーガさんが頷く。
「あっ、真ん中あたりの繭も破れだした」
セイゼルクさんの声に反応して、繭の真ん中あたりを見ると脚が出てきた。
「思ったより細いな。この繭の大きさだから、もっと太くて長い脚だと思っていたよ」
シファルさんが脚を見て首を傾げる。
やがて、繭がゆっくり破れてスノーが出てきた。
時間にすると20分ぐらいだろう。
「良かった。思ったより大きくない」
セイゼルクさんがホッとした表情で呟くと、皆も同じような表情で頷いた。
繭が2m近くもあったので、どんな大きさの魔物が出てくるか少しハラハラした。
でも、出てきたのは約1mほどの真っ白な魔物だった。
確かに真っ白なので目立つけど、巨大の真っ白な魔物よりはいいだろう。
「前脚はやっぱり3本なんだな」
セイゼルクさんの視線を追うと、スノーの3本の前脚が見えた。
「子供の時と違って、しっかりしているから安心だけどな」
シファルさんがスノーの脚の状態を見て頷いた。
「クル」
「鳴き声は小さい時と同じだな。スノー、おかえり」
セイゼルクさんがスノーの頭を撫でると、スノーは目を細めて彼にそっと近付けた。
「スノー、体の状態を調べてもいい?」
「クル」
シファルさんの問いに、スノーは小さく鳴くと彼に顔を近付けた。
「ありがとう、まずは目の調子を見させてくれ」
シファルさんが、小さな灯りの点いたマジックアイテムでスノーの目を見る。
「あれ?」
シファルさんは少し不思議そうに、スノーの前で灯りの点いたマジックアイテムを左右に移動させる。
微かにスノーの顔が左右に動く。
「見えているのか?」
セイゼルクさんが、期待を込めた目でシファルさんを見る。
「光には反応しているな」
シファルさんはマジックアイテムの灯りを消して、もう一度スノーの前で左右に移動させる。
スノーを見ると、マジックアイテムには反応していなかった。
「光が微かに見えているぐらいかな」
「そうか」
シファルさんの説明に、少し残念そうな表情をセイゼルクさんが浮かべる。
「スノー、体を触るぞ」
「クル」
シファルさんがスノーの体に手を当て、少しずつ確認していく。
「前脚3本と後ろ足2本は、骨もしっかりしているし問題なさそうだ。うん、大丈夫だな」
シファルさんがスノーの背を優しく撫でると、スノーは「クル」と嬉しそうに鳴いた。
「良かったなぁ。そういえば毛が、完全に真っ白になったんだな」
ラットルアさんがスノーの頭を撫でると、スノーが彼の手に顔を寄せる。
「そうだな。前はここまで真っ白じゃなかったのに」
お父さんの言葉に、ヌーガさんも頷く。
「尻尾の先だけ毛がないんだな」
セイゼルクさんの言葉に首を傾げる。
あれ?
スノーに尻尾なんて、あったっけ?
ん~、思い出せない。
「尻尾?」
お父さんも不思議そうな表情でセイゼルクさんを見る。
「前はとても短い尻尾があったんだ。毛に覆われていたから見えにくかったけど、その尻尾が今は長くなってる。スノー、少し尻尾に触ってもいいか?」
「クル」
「ありがとう」
セイゼルクさんがスノーの尻尾をそっと上に持ち上げて、私達に見るようにした。
「立派な尻尾だな。でも本当に先だけ毛がないな」
「あぁ、何か理由があるのか……えっ?」
セイゼルクさんが説明している最中、スノーの尻尾が伸びた。
「「「「「……」」」」」
皆の視線が伸びた尻尾に向く。
スノーの伸びた尻尾には小さな棘が沢山あり、先端はかなり鋭くなっていた。
しかも、その尻尾が本体よりもずっと長く伸びていたので、皆はとても驚いていた。
「ジャグラが混ざっているのか」
お父さんが小さく呟くと、セイゼルクさんが溜め息を吐いた。
「全員、毛のない尻尾の部分には触らないように」
セイゼルクさんの説明に首を傾げる。
「棘の部分に、毒があるかもしれないんだ」
そんな私の様子を見て、お父さんが教えてくれた。
「そうなんだ」
毛と同じで真っ白な尻尾に、ちょっと触ってみたかったんだけどな。




