1053話 繭の急成長
「ただいま戻りました」
私の声に反応したのか、2階から珍しく足音が聞こえた。
「何かあったのか?」
お父さんも足音が聞こえた事を不思議に感じたのか、少し警戒した様子で階段を見上げた。
「おかえりなさいませ。今、セイゼルク様に連絡をしようと思っていたところだったので驚きました」
勢いよく階段を下りてくるドールさんに、セイゼルクさんが少し焦った表情を見せた。
「スノーに何かあったんですか?」
「昨日あたりから繭を包む魔力に変化が現れまして、1時間おきに様子を見ていたのですが、数分前から繭が急成長を始めました。繭について勉強しましたが、繭が一気に大きくなるとはどこにも書かれていなかったので、セイゼルク様にお伝えしようと思ったのです」
「そうか、ありがとう」
セイゼルクさんがドールさんの説明を聞き終わると、慌てた様子で階段を駆け上がった。
「気になるから行ってみよう」
シファルさんの提案に頷くと、皆でセイゼルクさんが向かった部屋に行く。
部屋に入ると、あまりの光景に驚いて、思わず入口で足が止まった。
「成長って……ちょっとし過ぎじゃないか?」
ラットルアさんの言う通り、スノーを包む繭は、もともと入っていたカゴを壊し、直径2mほどの大きさになっていた。
「これは、凄いな」
シファルさんがゆっくりと繭に近付くと、そっと手で触れる。
「魔力の動きがかなり早くなっているみたいだ」
「本によると、成長の最終段階らしい。あと少しで繭を破って出てくる筈だ」
本を読みながら説明するセイゼルクさんにシファルさんが頷く。
「まさか、ここまで大きくなるとは思わなかった」
セイゼルクさんも繭に触れると、少し不安そうな表情を見せる。
「魔物の大きさと繭の大きさは比例するのか?」
お父さんが繭に近付くと、セイゼルクさんを見る。
「だいたいは比例するそうだ。稀に繭の大きさと合わない魔物も生まれるみたいだけどな」
お父さんの隣に立ち、白くて大きな繭を観察する。
表面は少しボコボコしているみたい。
そっと手で触れると、繭の中で素早く動き回る魔力を感じた。
これがセイゼルクさんの言った、成長の最終段階に現れる現象なのだろう。
「この段階になったら、数日から数週間でスノーが出てくる筈だ」
セイゼルクさんが本を確認しながら説明すると、ラットルアさんが繭に向かって声を掛けた。
「スノー、元気に出てこいよ。待ってるぞ」
「私も待ってるからね」
私も声を掛けると、手に伝わってくる魔力の動きが変わった。
「あれ? 魔力の動きが変わった? スノー? 聞こえているのか?」
ラットルアさんも気付いたみたいで、もう一度声を掛ける。
「あっ、また変わった」
「本当か?」
セイゼルクさんが驚いた表情をしたあと、繭に手を触れて「スノー」と声を掛けた。
「「「「「あっ」」」」」
セイゼルクさんの声に一番反応したのか、魔力の動きが大きく変わる。
「ちゃんとセイゼルクの事が分かっているんだ。良かったね、セイゼルク」
シファルさんが笑ってセイゼルクさんを見ると、彼は嬉しそうに笑って繭を優しく撫でた。
「お茶をお持ちいたしました」
冷静なドールさんの声に振り返ると、ワゴンを押しながら部屋に入ってきたドールさんがいた。
先ほどとは違い、いつものドールさんの姿にちょっと笑ってしまう。
「先ほどは失礼をいたしました。私にとっても初めての事でしたので、少し混乱してしまいました」
ドールさんはそう言うと、ワゴンからお菓子が載っているお皿をテーブルに並べ、お茶を入れた。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
ドールさんにお礼を言うと、ソファに座りお茶を飲む。
彼の淹れてくれるお茶は、優しい味がする。
それを満喫しながら、お皿の上のお菓子に手を伸ばした。
「いただきます」
あ~、甘くておいしい。
隣に座ったお父さんがお菓子を食べると、小さく息を吐きだした。
「疲れたの?」
「少しだけな」
私を見て微笑むお父さんは、確かに少し疲れているように見えた。
「何かございましたか?」
ドールさんの質問に、お父さんは少し考え込む。
「帰ってくる前に冒険者ギルドに寄ったんですが、凄い事になっていました」
シファルさんは向かいのソファに座りながら、ドールさんに説明した。
その隣に座ったラットルアさんは、お茶を一口飲むとお菓子に手を伸ばした。
「スキルの事ですね」
「フォロンダ公爵の執事であるドールさんには話せない事もあるでしょうが、話せる事はありますか?」
お父さんの質問に、ドールさんが笑って頷く。
「大丈夫ですよ。ご主人様からは何も指示がなかったので、私が知っている事を話しても問題はないでしょう」
それなら、どうしてスキルの噂が広まったのか、その経緯が分かるかもしれないな。
セイゼルクさんとヌーガさんが空いているソファに座り、お茶を飲んだ。
「スキルが変動するという噂が出たのは、王城に勤めるメイド達からです」
皆の視線がドールさんに集中する。
本当に王城に勤めている人から広がった噂だったんだ。
「ドールさんは、その噂が本当なのか嘘なのか知っていますか?」
「はい、知っています。個人的に調べましたから。そして、噂は本当です」
ラットルアさんの質問にドールさんが答えると、セイゼルクさん達もお父さんも動きを止めた。
「本当なんですか?」
セイゼルクさんが戸惑った表情で問うと、ドールさんは真剣な表情で頷く。
「はい。調べたところ、スキルに変化を起こしたのは王様と王妃様です」
王様と王妃様のスキルが変化したんだ。
どう変化したんだろう?
「王様と王妃様の情報は当然ながら極秘扱いですよね? どうやって、そんな情報を手に入れたんですか?」
シファルさんの問いにドールさんがニコリと笑う。
「あ~、いえ、説明はいいです」
ドールさんの圧を感じる笑顔に、シファルさんが苦笑する。
「王城には、色々な思惑を持つ者が集まります。ご主人様を守るためには、いつも新しい情報を掴める状態にしておかねば、いざという時に役に立ちません」
つまり王城内に、ドールさんに情報を流す人がいるって事かな?
それっていいの?
いや、いいわけないよね。
「内緒でお願いしますね」
今日のドールさんの笑顔は圧が凄いな。
「私が掴んだ情報によると、王様のスキルが2つ増えて5つになったそうです。そして王妃様のスキルは元々あったスキルの1つが消え、新たなスキルを3つを手にしたようです」
「王様のスキルが5個か。これは持てるスキルの最大数だな」
セイゼルクさんが呟くと、シファルさんが頷く。
「スキルが増えるより、王妃様の持っていたスキルが消えた事の方が問題だろう」
お父さんの言葉に首を傾げる。
「どうして?」
「ずっと持っていると思っていた物が、知らない間になくなる物だと分かると、人は焦ってしまうものだからだ」
「特に、普段から使っているスキルが突然消えると知ったら、不安や恐怖を感じるだろう。もしスキルが消えると公表されれば、両ギルドに原因を知りたがる人達が集まり、大混乱が起こるかもしれないな」
お父さんの説明に続き、シファルさんが教えてくれた。
「そっか。私のテイマーのスキルもなくなることがあるのかな?」
もしかして、テイマーのスキルがなくなったらソラ達と別れる事になるの?
あれ?
ちゃんとテイムしたのってソラだけなんだけど、この場合は?
「アイビーの場合は、ソラ達とはいい関係を築けているからスキルがなくなっても問題ないだろう」
お父さんの呟きに皆が頷く。
そっか。
問題ないなら、気にする事はないね。




