1052話 おかしい
冒険者ギルドの中は、冒険者達でごった返していた。
「凄い数だな」
セイゼルクさんが嫌そうな顔で周囲を見渡す。
「あ~、ギルド職員を問い詰めている冒険者おいるな。これは、かなり酷い状態だ」
シファルさんがカウンターで騒いでいる冒険者達を見て、嫌そうな表情を浮かべた。
「セイゼルク、報告は頼んだ。俺達は帰るよ」
「逃がすか」
お父さんがクルっと体の向きを変えると、セイゼルクさんがその肩をガシッと掴んだ。
「痛いんだけど」
「情報収集をよろしく」
「アイビーはどうする?」
お父さんの言葉に、私は驚いて目を見開く。
「えっ、私が決めるの?」
「アイビーを口実にして逃げようとするな」
セイゼルクさんが呆れた表情を浮かべると、お父さんが溜め息を吐いた。
「情報収集と言っても、これ……まともな情報があると思うか?」
「ないだろうな」
お父さんの呟きに、シファルさんが首を横に振った。
「難しいかもしれないが、何があったのかくらいは知っておかないと駄目だろう」
セイゼルクさんの説明に、皆が諦めた様に肩を落とした。
「みんな、果樹園の依頼は無事に終わったのね」
冒険者達の間を抜けてランカさんが、私達のところへやって来た。
「久しぶりだな。問題はないか?」
セイゼルクさんの質問に、ランカさんが笑って頷く。
「何もないわ。それより、巨大化したノースを見たわよ。凄い大きさだったわね」
「見たのか?」
セイゼルクさんは、ランカさんの言葉に驚いた表情を見せた。
「うん。巨大化じゃないけど、体に変化があった魔物の討伐をしたの。その魔物を持ってきた時に、ちょうど解体していたから、ちょっとだけ見せてもらったわ」
「そうか」
セイゼルクさんが納得した表情で頷くと、シファルさんがランカさんに声を掛けた。
「この騒動は、いつから起こっているんだ?」
「2日ほど前から一気に広まったのよ。さすがスキルの話題だけあって。噂の広がり方が他の噂とはけた違いよね」
「たった2日でこんな騒動か。凄いな」
ランカさんの説明を聞いたお父さんが感心した様子で冒険者達を見る。
「どの辺りから広がった噂なんだ?」
「調べていないから本当なのかは不明だけど、王城に勤めている者達から広がったみたいなの。だから、信憑性があると思ったんだと思う」
王城で働いている人達から?
「それに、おかしいのよ」
「おかしいって?」
お父さんがランカさんに視線を向ける。
「両ギルドから、何も発表がないの」
それって、噂が嘘だからなのでは?
「確かにおかしいな」
ランカさんの説明にセイゼルクさんが頷く。
シファルさん達も同じ意見みたい。
「お父さん、こういう時は両ギルドから何か発表が出るの?」
「スキルについての噂が広がった時は、出る事が多いな。放置しておくと、ギルド職員に被害が出るから」
あぁ確かに、さっきとは別の冒険者達が、ギルド職員を困らせているみたい。
「冒険者達の争いも増えたりするから」
「えっ、どうして?」
スキルが増えたり減ったりする事が、どうして冒険者たちの争いにつながるんだろう?
「人生が掛かっているからだろうな」
シファルさんが教えてくれた答えに、私は首を傾げた。
持っているスキルにあわせて、仕事を選ぶ者がいる。
けれど、スキルを持っていなくても夢を追う人もいる。
確かに持っているスキルで人生が変わるかもしれないけど、最終的に大切なのは自分が何を求めているかだよね?
急にスキルが増えたからと言って、求めているものが変わるかな?
「自分の未来を、しっかり描けている者は少ない。だから、スキルが増えるかもしれないと聞くと、もっといい未来があるのではないかと迷走してしまう。それが冒険者だった場合、依頼に影響を及ぼす事がある。だから、チーム内で争いが起きてしまったりするんだ」
未来か。
シファルさんの説明に、冒険者達を見る。
「あそこ、危ないな」
ヌーガさんの視線の先を見ると、かなり興奮している様子の冒険者が2人いた。
今にも殴り合いが始まりそうな雰囲気に、周りにいた冒険者達は2人から距離を取った。
「大丈夫だ。近くに上位冒険者がいるから、止めてくれるだろう」
セイゼルクさんの言う通り、彼らに向かっていく男性がいた。
そして、その男性が2人に声を掛けているのが見えた。
「こんな状態なのに、両ギルドから何も発表がないのはおかしいでしょ?」
ランカさんが、ギルマスの執務室がある2階へ上がる階段を見る。
「これは、本当に何かあったのかもしれないな」
セイゼルクさんが言うと、ランカさんが神妙に頷く。
「それよりセイゼルク、早く行かないと、いつまでたっても報告できないぞ」
ヌーガさんが込んでいるカウンターを指すと、セイゼルクさんが大きく溜め息を吐いた。
「あ~、行って来る。真偽はともかく、情報収集よろしく」
本当に嫌そうな表情を浮かべたセイゼルクさんは、冒険者達の間を抜けてカウンターへ向かった。
「あれ?」
ランカさんを見ると、冒険者ギルドの奥を見て首を傾げていた。
「どうしたんだ?」
シファルさんが、ランカさんの視線の先を見てから彼女に視線を向けた。
「武器屋『マルール』の2代前の店主オルさんを見た気がしたの」
オルさん?
王都に来た時に話をした人だよね。
「彼か。スキルを調べるマジックアイテムの相談だったりしてな」
シファルさんの言葉に、ランカさんが肩を竦める。
「もしそうなら、大混乱が起きるかもね」
「あれ? もう、セイゼルクが戻って来たぞ」
ヌーガさんが驚いた声を上げるので、彼の視線を追うとセイゼルクさんが冒険者達の間を抜け戻って来た。
「随分早いけど、どうしたんだ?」
ラットルアさんが不思議そうに聞くと、セイゼルクさんが苦笑する。
「カウンターの前にいるのは、噂を聞いて集まった冒険者達で並んでいるわけではなかったから、すぐに報告が出来たよ」
そうだったんだ。
「情報収集は?」
セイゼルクさんが、シファルさん達を見る。
「ここから動いていないから、特に報告するような情報はないかな」
ラットルアさんの答えを聞いたセイゼルクさんが、呆れた表情を見せる。
「お前達は……」
「でもランカが、武器屋『マルール』の2代前の店主オルさんを見たかもしれない」
「えっ?」
シファルさんの報告に、セイゼルクさんが彼女を見る。
「たぶんね。ここからだと、しっかり見えないから」
「そうか。武器屋『マルール』の……。噂については、両ギルドからの発表を待つのが正解かもな。帰るか」
セイゼルクさんの言葉に頷くと、私達は冒険者達の間をぬって外へ出た。
「私は用事があるから、ここで分かれるわ」
冒険者ギルドの建物から出ると、ランカさんがセイゼルクさん達に声を掛けた。
「そうか、気を付けて」
「うん、またね」
ランカさんを見送ると、私達はフォロンダ公爵から借りている豪邸に向かった。
「大通りも、スキルの話が持ち切りだね」
大通りを歩いていると、あちこちからスキルの話題が聞こえてきた。
冒険者達だけでなく、皆もスキルについては気になるようだ。




