1051話 冒険者達の噂
ノースの痕跡を探しながら、森の中をゆっくりと進む。
「アイビー、そっちは大丈夫か?」
少し離れた場所からお父さんが私に目を向ける。
「大丈夫だよ」
通常のノースは繁殖能力が強く、すぐに仲間を増やす。
その特徴から、他にも巨大化した個体がいるかもしれないと思い、果樹園周辺の森の中を探し始めて4日目。
今日、痕跡が見つからなければ、ノースの捜索も果樹園からの依頼も終わる事になる。
「集合してくれ」
セイゼルクさんの掛け声で、皆は周りを警戒しながら一ヵ所に集まる。
「どうだった?」
「ノースの痕跡はないな。それに、ほら」
セイゼルクさんの問いに、ラットルアさんが頭上を指す。
「野ネズミだね」
視線の先には、大きな木の枝の上からこちらを見ている野ネズミがいた。
巨大化したノースのせいで、小さな魔物や動物は果樹園の周囲にいなかった。
どうやら、それが戻って来たらしい。
「果樹園にも小型の動物が戻ってきたって言ってたから、異変が起こる前の状態に戻ったのかもな」
シファルさんの言葉にヌーガさんが頷く。
「そうか。では、オトガ達からの依頼はこれで終わりという事でいいな」
セイゼルクさんの言葉に、皆が頷く。
「よしっ、王都に戻ろうか」
「ぷっぷぷ~」
「てっりゅりゅ~」
セイゼルクさんの言葉に、ソラとフレムが反応する。
「どうしてソラとフレムが嬉しそうなんだ?」
お父さんが不思議そうな表情を浮かべると、私を見た。
「分からない。けど、確かに嬉しそうだね。ソラ、フレム」
「ぷっ?」
「てりゅ?」
ソラとフレムが私を見る。
「王都に戻るのが嬉しいの?」
「ぷっぷぷ~」
「てっりゅりゅ~」
嬉しいんだ。
「王都に戻ったら、またバッグからなかなか出られなくなるけど、それでも嬉しいの?」
「ぷっぷぷ~」
「てっりゅりゅ~」
「ぺふっ」
あれ?
ソルも?
「仕事中は、アイビーにかまってもらえないからじゃないか? 特にここ数日はノースの痕跡探しで、ソラ達と遊ぶ時間も少なかったから」
「ぷっぷぷ~」
「てっりゅりゅ~」
「ぺふっ」
シファルさんの説明に頷きながら鳴く3匹。
「そうだったんだ。遊ぶ時間が少なくてごめんね」
もし他にもノースがいたら大変な事になると思って、皆で休憩時間を削って痕跡を探していたんだったね。
それが不満だったのかな。
「王都に戻ったら、いっぱい遊ぼうね」
「ぷっぷぷ~」
「てっりゅりゅ~」
「ぺふっ」
「にゃうん」
皆と話しながら森を進み、途中でソラ達をバッグに入れると果樹園に戻った。
セイゼルクさんとヌーガさんはオトガさんに報告に行き、私達は借りた部屋を片付ける。
コンコンコン。
「アイビー、俺だ」
「お父さん? どうぞ」
部屋に入って来たお父さんはゴミ袋を持っていた。
「ゴミの回収に来たんだけど、これか?」
お父さんは、ゴミ箱を見つけると中のゴミをゴミ袋に入れる。
「ありがとう。部屋の片づけは、もう終わったの?」
「あぁ。ノースの痕跡が見つからなかったら、今日で終わると決まっていた。だから昨日から始めていたんだ」
「そっか」
私も昨日から片付け始めていたな。
「よしっ、次は、シファルの部屋だな」
お父さんが部屋から出ると、持ってきた物を全てマジックバッグに入れていく。
全て入れ終わると、ソラ達をバッグに入れ部屋の扉を開けた。
「アイビー、終わった?」
私の姿を見たシファルさんが傍に来る。
「うん」
部屋の中を見回して、忘れ物がないか確かめて頷く。
「行こうか」
お父さんが部屋から出てくると、3人で宿泊施設から出る。
外には、既にセイゼルクさん達がいた。
「今回は、ありがとうございました」
オトガさんが私達を見ると、深く頭を下げた。
「お役に立てて良かったです。また何かあれば……王都にいる間でしたら対応します」
少し言い淀むセイゼルクさん。
そういえば、セイゼルクさんはあと少しで「炎の剣」から離れるんだった。
あとどれくらい、彼とは一緒に過ごせるんだろうな。
「皆、またね~」
果樹園から出ると、後ろから声が掛かる。
後ろを振り向くと、「青花」チームのキャスさん達が手を振っていた。
息を切らしている様子から、急いで駆けつけてくれたみたい。
「お世話になりました」
彼らに向かって手を振ると、キャスさんが笑顔になる。
「秋にまたおいで。一番色々な果物が食べられる季節だから」
キャスさんの言葉に、ボーグさんが大笑いする。
「キャスの果樹園じゃないんだから、その言葉はおかしいでしょ」
「そうですね。でも、秋にどうぞ。一番楽しめる季節ですから」
トンガさんの言葉にオトガさんが笑いながら頷いた。
「ありがとうございます」
オトガさん達に向かってお礼を言い、王都へと歩き出す。
王都に戻った私達は、依頼が終わった事を報告する為、そのまま冒険者ギルドへ向かう。
「あれっ?」
冒険者ギルドに近付くと、冒険者の数が異様に多い事に気付いた。
セイゼルクさん達も気付いたのか、少し警戒をした。
「何かあったみたいだな」
「そうだな」
お父さんの言葉に頷きながら、セイゼルクさんが周囲を注意深く見回す。
「おい、本当なのか?」
「分からない。でも確かなところから出た情報みたいだぞ」
近くにいた2人の冒険者の会話に耳を澄ます。
「でも、それが本当だったら嬉しいよな」
「あぁ、本当にスキルが増えるんだったらな」
えっ?
「スキルが増える?」
私の隣にいたお父さんが首を傾げた。
「どうやらどの冒険者も、スキルについて噂をしているみたいだ」
シファルさんが、少し険しい表情をする。
「『スキルは変わる事がない』って、両ギルドが発表しているのに……」
ラットルアさんが、少し戸惑った様子を見せた。
「両ギルドが、本当にそう発表したの?」
驚いてラットルアさんを見ると、彼は頷いた。
「研究を続けた結果『スキルは変わる事がないと分かった』と発表したんだよな。スキルを変えるマジックアイテムが冒険者の間で流行した時だったな」
「えっ、そんなマジックアイテムがあったの?」
ラットルアさんの説明に、私は驚いた声を上げてしまう。
だって、そんな凄いマジックアイテムがあるなんて知らなかったから。
あれ?
でも、どうして今はそのマジックアイテムの事が話に出てこないんだろう?
「アイビーは簡単に騙されそうだな」
ヌーガさんが心配そうに私を見る。
「騙され? あっ、偽物か」
両ギルドが「スキルは変わる事がない」と発表したのは、偽物のマジックアイテムの売買を止める為だったのかもしれないな。
「アイビーは誰かに何かを勧められたら、親しい者に相談するんだぞ」
「うん」
セイゼルクさんがあまりに真剣に言うので、私も真剣な表情で頷く。
「それにしても、こんな噂がまた流れるなんて、何があったんだ?」
シファルさんが嫌そうな表情で呟く。
「またなの?」
「そう、まただよ。たまにスキルについての噂が広まるんだ。たとえば、スキルが増えるとか変わるとかいう内容さ」
私の呟きに、シファルさんは呆れた表情で教えてくれる。
「でもシファル。今回は少し様子が違わないか?」
ヌーガさんが、冒険者ギルドの周りにいる冒険者達を見る。
「そうか?」
「集まっている冒険者の中に、上位冒険者までいるぞ」
「えっ?」
ヌーガさんが見ている方向に、シファルさんは慌てて視線を向けた。
「本当だ。えっ、本当に何が起きたんだ?」




