番外編 フォロンダ公爵と捨てられた大地2
―フォロンダ公爵視点―
コンコンコン。
ルーダが仕事をしている部屋の扉を叩く。
あぁそうだ。
ルーダは伯爵になり、正式に捨てられた大地を監督する立場になったのだから、執務室を用意しなければならないな。
「どうぞ。誰だ? 忙しいのに」
許可の後に続いたぶつぶつ文句を言う声に、笑いながら部屋の扉を開ける。
「悪いな、忙しい時にきてしまって」
ルーダが忙しくない時を見つける方が難しいと思うけどな。
「おじさん。いや、フォロンダ公爵様?」
書類から顔を上げたルーダが、俺を見て笑う。
そういえば、魔物の討伐に出ていたから直接会うのは公爵になってから初めてか。
「いつも通りでいい」
ルーダがわざと「公爵」と呼んでくるのに、呆れた表情を見せると、彼女は肩をすくめた。
「お茶を入れてきますね」
ルーダの補佐をしているタダンが席を立ち、隣の部屋に向かう。
「どうしたんですか? 今日は任命式でしたよね?」
ルーダの質問に頷きながらソファに座り、彼女を見た。
「無事に終わったよ」
「お疲れ様です。でもいいんですか?」
「何が?」
ルーダの質問に首を傾げると、彼女はニヤッと含みのある笑みを見せた。
「今回任命された彼等が、見張り役を引き継ぐんでしょう?」
見張り役って、本来監督官にとって大切なのは指導して見守ることなんだけど……まあ、見張り役でもあるか。
「せっかく手に入った権力を手放してしまって、本当によかったのかな、って思って」
「当たり前だ。国を正しく運営するためには、権力を1人に集中させるなんて、そんな危険な状態は続けられない」
俺に何か起きたら、あちこちが混乱する状態はあまりに危険だ。
「分散すればいいという事でもないと思いますけどね。地位を得たら、愚か者に成り下がる者もいますから」
ルーダの言う事も一理ある。
「大丈夫だ。今回選んだ者達は、その地位にふさわしい働きをしてくれると信じている」
監督官の地位に就いた者達が互いに監視し合う仕組みも整えたから、数年は問題ないだろう。
「おじさんの言うことを聞く人たちを選んだの?」
「いや。そんな愚かな選び方はしていない。だから彼等を説得するのに時間が掛かったんだ」
俺の言うことを素直に聞く者達なら、もっと早く任命式を出来たし、俺の仕事も減っていただろうな。
選んだ者達は、金でも地位でも釣れない者達ばかり。
脅しもまったく効かないから、本当に説得は大変だった。
「どうぞ」
「ありがとう」
タダンが入れてくれたお茶を飲む。
「あぁ、そうだ。今日はルーダに報告がある」
「何?」
「ルーダ、お前は伯爵になったから」
「ぶっ」
「ごほっ」
ルーダとタダンが同時にお茶を吹き出した。
「あぁ、間が悪かったな」
「そうって……違う! 私が伯爵? 何の冗談?」
ルーダが椅子から立ち上がって俺を睨みつける。
「冗談ではない。ここを守るためだ、悪いな」
「ここ……はぁ」
大きな溜め息を吐き、椅子に座り直すルーダ。
「どこかの貴族が、捨てられた大地が金になるとでも思ったのか?」
ルーダの質問に頷くと、彼女は呆れた表情をした。
「俺に集まっていた監督官の地位をめぐって、争いが起きていたのは知っているか?」
「うん。たしか冒険者ギルド、騎士団、武器の管理協会に……あと洞窟の管理協会だっけ? その辺りが人気だったよね」
「そうだ。それらの監督官になりたい貴族達が、自分を推薦するように金をばらまいていた」
監督官になれば、特別な地位を得られる。
そして、やり方次第では多くの金を稼ぐことも出来る。
ただ、監督官には金を稼ぐ余裕があるとは思えない。
毎日発生する問題に対処し、届く陳情書も処理しなければならないのだから。
いや、監督する場所が1つであれば金を稼げる余地はあるか?
でも特に人気だった場所は、問題や陳情書が他のところより多かった。
それで人選には本当に悩んだんだから。
「でも今回の任命式で、完全にその希望は絶たれた」
「なるほど、それで捨てられた大地を狙った訳か。ここがどんな場所なのかも知らずに」
「そうだ。どうやら、一部の貴族の間では、捨てられた大地にいる魔物は金になると思われているみたいだ」
俺の言葉を聞いたルーダが、嫌そうな表情になる。
「金になるわけがないだろ」
そうなんだよな。
捨てられた大地の外に出た魔物は、討伐しても問題ない。
ただ、捨てられた大地の中で討伐した魔物は、死ぬとすぐに腐り始めてしまう。
原因を調べてはいるが、いまだに分かっていない。
「私が伯爵になった理由は、金目当ての貴族から捨てられた大地を守るためだな」
「そうだ。ルーダは今日から特例の貴族だ」
俺の言葉に首を傾げるルーダ。
「貴族になったら税金が多く掛かるだろう?」
「あっ!」
「特例だから、その義務は発生しない」
毎日命を掛けているのに、税金まで課せられる訳がない。
「そうか、良かった」
「それで傷の具合は?」
ルーダが、ここ数日この部屋で書類仕事をしているのは、魔物討伐で怪我を負ったからだ。
ソラのポーションがなければ、下半身が動かなくなっていただろう。
「もう大丈夫だ。足も動くし、何処も腐ってきていない。そろそろ討伐に戻るよ」
「そうか」
ルーダの言葉にホッとする。
そういえば、ルーダの前にも怪我人が数人出たな。
捨てられた大地の魔物が強い事は知っているが、怪我をする冒険者が増えていないか?
「怪我人が増えた様な気がするが、魔物が強くなっているのか?」
俺の質問に、ルーダが微妙な表情をする。
「強くなったというより、動きが読めなくなったんです」
いつもは俺とルーダの会話を見守っているだけのタダンが、答えたことに少し驚いた。
「動きが読めなくなったとは?」
「捨てられた大地の魔物は徐々に狂っていく。それは前から変わらない」
戦争時に作られたマジックアイテムと魔法陣の影響だな。
真剣な表情で話すルーダを見る。
「それでも以前は魔物の動きが読めた。でも、最近の魔物の動きは読めない」
だから怪我を負う冒険者が増えているのか。
「原因を調べたけど、私達が入れる範囲からは分からなかった」
捨てられた大地に入れる範囲は、それほど広くない。
その中で原因を見つけるのは難しいだろうな。
「そういえばラウリーが、黒くなった木の魔物を見たそうだな」
ルーダが俺を睨みつける。
「んっ?」
「思い出した。即戦力を奪ったな!」
ルーダの叫びに視線を逸らす。
騎士団の監督官には実力が必要だったからこそ、ラウリーを選んだ。
そして、ラウリーが逃げない様に外堀から埋めていったんだったな。
「悪い、彼女の力がどうしても必要だったんだ」
「はぁ、それで木の魔物だっけ。報告を受けた後に調査した」
俺の謝罪に、諦めた表情で溜め息を吐いたルーダは、山積みの書類の中から1枚を取り出した。
「それで?」
「見つけたわ。確かに体の一部を黒くした木の魔物を」
ルーダから受け取った書類を見ると、体の一部を黒くした木の魔物が描かれていた。
「そうか」
捨てられた大地から木の魔物が溢れ王都を襲う。
ドルイドとアイビーが受け取った、未来視が見た未来の1つだ。
でも今は、王都を襲うはずの木の魔物が、捨てられた大地にある魔法陣を無効化してくれている。
木の魔物は、どうして変わってしまうんだ?
コンコンコン。
「どうぞ?」
「失礼します。フォロンダ公爵がこちらに来ていると聞いたのですが」
部屋に入って来たスイナスを見る。
「どうした?」
「魔力の色について分かった事がありまして」
えっ?
まだ調べていたのか?
「すみません。気になったので勝手に調べていました」
驚いた表情の俺を見たスイナスが、少し困った表情になる。
「まぁ、別に問題はないか」
「最弱テイマー」を読んで頂きありがとうございます。
すみません。
「番外編 フォロンダ公爵と捨てられた大地」で「監督」を「監修」と書いていました。
修正しました。
ほのぼのる500




