番外編 フォロンダ公爵と捨てられた大地
―フォロンダ公爵視点―
ホル王の前で跪き、貴族としての役目を果たす事を誓う5人を見守る。
「ようやく整ったな」
数日前に宰相の地位に就いたロードスが、そっと俺に呟く。
彼に小さく頷きつつホル王に視線を移し、今日の任命式を見届けた。
謁見の間から出ると、公爵の地位に就いたラウリーが俺の隣を歩きながら文句を言う。
「全く、面倒な地位を押しつけやがって」
「そういうな。それに、その地位は元々お前の物だ」
ラウリーの父親が冤罪で地位を奪われていなければ、彼女か彼女の兄が跡を継いでいただろう。
「そうだけど……。もう、クソ兄貴は気づいた時には逃げてるし!」
俺としては、兄よりラウリーの方が公爵に向いていると思っていたから、これで良かったんだけどな。
「兄貴に情報を流したのは誰なんだ! あの情報を先に受け取っていたら、私が逃げたのに!」
ラウリーの質問を無視して、自分の執務室に入る。
「なぁ、フォロンダ公爵は誰が情報を兄に伝えたと思う?」
もしかして、俺がやったとバレたか?
「さぁ、知らないが?」
「……本当に?」
疑うように俺を見るラウリー。
その視線をまっすぐ受け止めて頷く。
「本当だ」
「怪しい」
ジッと俺を見つめてくる彼女に微笑み、ソファへ座るように促す。
「それより、どうだった?」
ラウリーはこれから、騎士団を監督する立場になる。
騎士たちを指導し、見守り、さらに監視する。
騎士団長よりも高い地位となり、騎士たちの人事にも関与できる立場だ。
そんな彼女を、騎士達がすぐに受け入れるとは思えない。
「大丈夫だ。文句を言ってきた騎士達もいたが、あんな奴らに私が負ける筈ないだろう? 全員纏めてボコボコにしてやった」
「なんだ、もう戦ったのか?」
騎士団で怪我人が出たという報告は受けていないが。
「騎士団長が受け入れたのに文句を言ってくるような奴らは、私の実力を分からせた方が大人しくなるからな」
上位冒険者として、捨てられた大地で魔物と戦ってきたラウリーの実力か。
騎士達は驚いただろうな。
ラウリーは小柄で愛らしい外見をしているから。
彼女の見た目は、短いオレンジ色の髪に、赤茶色の瞳。
背はそれほど高くなく、細身なので、パッと見た感じでは剣を振り回している姿は想像できない。
でも実際は、巨大な魔物を前にしても楽しそうに剣を振り回しているんだけどな。
全身に魔物の血を浴びて笑っている姿を見た時は、色々見てきた俺でもさすがに引いた。
「そうか。ところで怪我人は?」
「仕事に支障が出るのに怪我人なんて出すわけないだろう。ボコボコと言っても加減はしたよ。まぁ、2週間くらいは痛みが残るだろうけどな。あはははっ」
「そうか。さすがだな」
やはり彼女を公爵に推薦して正解だったな。
「それより、捨てられた大地から魔物が溢れるというのは本当なのか?」
アイビーとドルイドが、未来視から受け取った本。
その内容をジナルから聞いた時、俺は「やはり」という気持ちだった。
年々、捨てられた大地から出てくる魔物が増えている。
このまま増え続ければ、いずれ結界では防ぎきれなくなるだろうと考えていた。
「あぁ、おそらくそうなるだろう」
「そうか」
俺の言葉を聞いて溜め息を吐くラウリー。
「防ぐ方法は?」
「捨てられた大地の奥に原因があるそうだ」
「そうなのか?」
驚いた表情で俺を見るラウリー。
「捨てられた大地の奥へ行く為には、冒険者がどれぐらい必要だと思う?」
「ん~……私レベルの冒険者1000人が集まっても難しいだろうな。奥に行けば行くほど、魔物は強くなるから」
ラウリーの答えに小さく息を吐き出す。
そんな場所にアイビーが行きたいという。
ドルイドが止めると思ったが、ジナルの話では行く予定で準備を始めたらしい。
「あのさ……捨てられた大地の魔物なんだけど、ちょっと不思議な物を見て……」
「不思議?」
ラウリーを見ると、神妙な表情をしていた。
「ラウリー? どう不思議なんだ?」
「私の見間違いかもしれないんだ。他の冒険者に聞いても『見ていない』や『気のせいだろう』と言われたから」
「ラウリー」
困った表情のラウリーを安心させるように笑って頷く。
「なんでもいい、話してくれ」
少し視線を下げて考え込んだラウリーは、小さく息を吐き出すと俺を見た。
「少し前かな、全身が真っ黒になった魔物を見たような気がしたんだ」
「えっ?」
捨てられた大地に、黒くなった木の魔物がいたのか?
「でも、チラッと見えただけだから本当に全身なのか分からない。それに、他の冒険者は見ていないと言うから、気のせいかもしれないし」
どんどん声が小さくなっていくラウリー。
おかしいな、彼女は木の魔物の事を知らないのか?
「木の魔物の事を聞いていないのか?」
「えっ? どうして真っ黒になった魔物が木の魔物だと分かったんだ? あれ? 聞いていない?」
「もしかして……」
ラウリーは捨てられた大地で討伐任務にあたっていたので、教会が王都を襲った事は事後報告だった。
どうやらその時に、木の魔物に付いて話し忘れたみたいだ。
「教会が、王都を襲おうとしたと話したよな?」
話が変わった事に驚いた表情をしたラウリーは俺を見る。
「魔法陣を使って、魔物を移動させたんだったよな?」
「あの時、木の魔物が現れて、教会が大地に刻んだ魔法陣やオカンノ村にあった魔法陣を無効化してくれたんだ。その結果、木の魔物は真っ黒になり死んでいった」
人を襲う木の魔物と助けてくれる木の魔物の見分け方が難しい為、この情報は極秘扱いした。
でも、目撃者が多くいた為に色々な噂は流れてしまった。
「えっ? 魔法陣を無効化する魔物が現れたとは聞いたけど、それはスライムだろ? 木の魔物だったの? あれ? 木の魔物だったら灰になったという変な噂を聞いたけど……」
俺の説明を聞いて少し混乱したラウリーは、落ち着くと俺を見た。
「それじゃ、私が見たのは魔法陣を無効化して真っ黒になった木の魔物だったの? でも、捨てられた大地にいる魔物がそんな事をする? 無効化したら死ぬのに?」
ラウリーの呟きに、俺も考え込む。
捨てられた大地にいる魔物は、体が大きく凶暴性の高いものが多い。
今も分かっていない事は多いが、大量に捨てられたマジックアイテムと残っている魔法陣による影響で狂っている事も多々ある。
そんな中に、魔法陣を無効化している木の魔物がいるのか?
捨てられた大地に、何か変化が起こったのか?
それとも、真っ黒になった木の魔物を今まで見逃していた?
「真っ黒になった木の魔物の事は、報告したのか?」
俺の質問にラウリーは頷く。
「もちろん。一緒にいた冒険者達には『見間違いだろう』って、言われたけどな」
「そうか。それなら、ルーダが調べているかもしれないな」
後で、捨てられた大地を管理してるルーダに会いに行くか。
「あっ、そうだ。ルーダに伯爵になった事を伝え忘れているな」
俺の呟きに、目を見開くラウリー。
「どうした?」
「いや、ルーダが伯爵になる事を承諾したのか?」
「まさか、彼女がそんな事を承諾するわけがない。でも、あの場所の管理者をただの冒険者のままにしておくと、また愚かな事を言って来る貴族が出てくる。だから、彼女にはしっかりとした地位に就いてもらう事にした」
「うわぁ、知らない間に伯爵にされたんだ。絶対にルーダ、切れるな」
「そうだな。でも必要な事だから、諦めてもらうよ」
今日の任命式をもって、俺に集まっていた権力が分散される。
新しく公爵に就いたラウリー。
他にも侯爵と伯爵になった者達が、俺の仕事を引き継ぐ。
これでようやく、国の運営が正常になった。
でも1つ問題の場所があった。
それが捨てられた大地の管理者だ。
あの地位は、判断力と決断力が必要とされる為、普通の貴族には無理だ。
だから、これまであの場所を守っていたルーダに、特例の貴族になってもらう事にした。
ルーダがやる事は今までと同じ。
捨てられた大地から溢れる魔物の対処と冒険者達の見守り。
特例のため、通常の貴族に課される税金などの義務は発生しない。
だから、彼女も快く受け入れてくれるといいんだが。




