1045話 異常な魔物の噂
捕まえた冒険者と共に果樹園に戻ると、そのまま執務室のある建物に向かう。
「おかえり。あれ? そっちの男性は誰ですか?」
宿泊施設の建物から出てきたボーグさんが、見慣れない冒険者を見て首を傾げる。
一緒にいたサーガさんも、不審気に冒険者を見る。
「魔法陣を置いていった商人の護衛をしていた冒険者です」
お父さんの説明に、2人の視線が鋭くなる。
「どうしてここに? あれ? 縄? あぁ、捕まえたんですか」
少し警戒する様子を見せたボーグさんは、冒険者が縄で縛られているのを見て、ホッとした表情を見せた。
「果樹園の様子を窺っていたから捕まえました。報告はトンガさんでいいんでしょうか?」
シファルさんの問いに、ボーグさんが頷く。
「オトガさんがいない時はトンガさんかアンガさんです。でもアンガさんは研究室に籠っている事が多いので、トンガさんに報告する事が多いですね」
「分かりました。ありがとうございます」
シファルさんが捕まえた冒険者の肩を押しながら、執務室のある建物に向かう。
「一緒に行きます」
ボーグさんの言葉にサーガさんも頷く。
そんな2人と一緒に、執務室のある建物に入った。
トントントン。
「はい」
「シファルです。果樹園を窺っている冒険者がいたので捕まえてきました」
「えっ! どうぞ、入って下さい」
執務室に入ると、驚いた表情でこちらを見るトンガさんがいた。
「こいつです。魔法陣を置いていった商人の護衛をしていた冒険者ですよ」
ラットルアさんの説明に、トンガさんの眉間に皺が寄る。
捕まった冒険者は、トンガさんの前まで連れて来られると下を向いた。
「何が目的だ? 他の仲間も一緒か?」
トンガさんの質問に黙り込む冒険者。
「話を聞き出しますか?」
ボーグさんがトンガさんに聞くと、彼は少し考え込む。
そして冒険者を見ると、静かに頷いた。
「そうですね。多少手荒な事をしても構いませんので、話を聞き出してください。こいつの仲間が果樹園の近くにいる可能性もありますから」
そうか。
彼の仲間がまだ近くにいるかもしれないのか。
それは早く情報を聞き出さないと駄目だね。
「俺達は休憩に入りますね」
シファルさんがトンガさんを見る。
トンガさんは、シファルさんを見ると笑って頷いた。
「お疲れ様です。トースの巣はどうでしたか?」
「昨日と今日で駆除したトースの巣は、全部で11個です」
「「「んっ?」」」
シファルさんの報告した数に、トンガさん達が首を傾げる。
「11個? たった2日で? えっと、11個は多すぎないか?」
トンガさんは戸惑った表情でボーグさんとサーガさんを見ると、2人も戸惑った表情で頷いた。
「凄いですね。トースの巣は見つけにくい事で有名なのに」
サーガさんが感心した様子で話す。
「ありがとうございます。そうだ、今日はもう1つ報告があります」
真剣な表情になったシファルさんに、トンガさんが緊張した面持ちになる。
「なんでしょうか?」
「ノースに異常が起きている事は聞いていましたが、トースにもいたんです」
「まさか、異常が見られる個体がトースにいたんですか?」
シファルさんの話を聞いて、ボーグさんの表情が険しくなる。
「大きなトースの巣を見つけて駆除していたら、巨大化したトースが襲いかかってきました。調査に必要だろうと思い討伐した個体を持ってきたので、冒険者ギルドに届けるつもりです」
「わかりました。ところで、怪我はしていないですか?」
トンガさんが心配そうに私を見る。
「大丈夫です」
「良かったです」
私の返事にホッとした表情で笑うトンガさん。
「トースの遺体を見ますか?」
「いえ、見ても俺には分からないので、冒険者ギルドからの報告を待ちます。それにしても、また異常な魔物ですか。本当に多いな」
トンガさんの呟きにシファルさんが視線を向ける。
「多くなっているんですか?」
「えぇ。以前から王都周辺の森では、巨大化した魔物や変異した魔物が現れることがありました。ただ、それは2か月に1回程度の頻度なんです。しかし、ここ1か月だけで既に10件以上見つかっていると聞いています」
「そんなに?」
シファルさんが驚いた声を上げる。
「はい。森の中にいると、魔物についての情報はたくさん集まって来ます。冒険者ギルドでは異常な魔物が増えている事を発表していませんが、目撃されている数から考えても、確実に増えています」
トンガさんの説明にボーグさんとサーガさんが神妙に頷く。
「そういえば、異常な魔物について色々な噂がありましたよね。例えば『未知の大地の奥には秘密の研究所があって、そこから魔物が逃げ出している』とか、『貴族が王都を支配するために作っている』とか」
サーガさんの呟きにトンガさんが苦笑する。
未知の大地の奥は、捨てられた大地なんだけど。
あっ、もしかすると、異常な魔物はその捨てられた大地から現れているのかもしれない。
「ありましたね。確か他にも『王家が教会の化け物を殺すために作った魔物だ』とか」
トンガさんは、ボーグさんとサーガさんの会話を聞いて楽しそうに笑う。
「俺も聞いた事があります。あと『捨てられた大地の奥には、魔物の巣窟がある』とか、えっと『どこか別の世界に繋がっていて、そこから魔物が送り込まれている』なんて噂もありましたよね」
色々な噂があるんだね。
それにしても別の世界か……。
最近、前世の声が全く聞こえないんだよね。
ちょっと寂しいなぁ。
「お腹が空いた」
ラットルアさんの言葉に視線を向けると、彼はお腹に手を当てていた。
お昼はおにぎりを食べたけど、よく働いたからね。
特にラットルアさんとヌーガさんは、7回も木登りをしたし。
「お昼は既に片付けられていると思います。でも、シュー達に言えば軽食を作ってくれますよ」
トンガさんの言葉に、ラットルアさんが嬉しそうな表情になる。
「そうなんですか? だったら食堂に行ってみます」
「それなら俺達は、こいつから話を聞き出します」
サーガさんが、下を向いている冒険者に鋭い視線を向ける。
「あぁ、そうだった。楽しく噂話をしている暇はなかったな。サーガ、行こう」
ボーグさんが冒険者の腕を掴むと、サーガさんと一緒に執務室から出て行く。
それを見送ると、ラットルアさん達と一緒に食堂へ向かう。
食堂に着くと、ラットルアさんとヌーガさんがシューさんに軽食を頼む。
「甘味では駄目だったのか?」
お父さんがマジックバッグから甘味を出しながら、ラットルアさんとヌーガさんに聞く。
「駄目だな。もう少しガッツリ食べたい」
ヌーガさんの言葉にラットルアさんも頷く。
「お待たせしました」
シューさんが、ラットルアさんとヌーガさんの前に、厚めのお肉を挟んだサンドイッチを置く。
「王都で人気のサンドットというパン料理です」
そういえば、いろいろな呼び方をされたサンドイッチだけど、王都に来るとサンドットになっていたな。
「うまそう」
ラットルアさんはサンドットを手に取り、大きな口で食べ始める。
ヌーガさんも勢いよくサンドットを食べた。
「足りないかしら?」
2人の勢いに、シューさんが首を傾げる。
「大丈夫です。あと3時間もすれば夕飯なので」
シファルさんの返事を聞き、ラットルアさんとヌーガさんはサンドットを食べながら頷いた。
「それなら良かった。でも、足りなかったら言って下さいね。まだありますから」
シューさんはそう言うと、調理場に戻った。
「うまかった」
ラットルアさんが満足そうにお茶を飲む。
「あと4個か5個は食えるな」
ヌーガさんの呟きに、お父さんとシファルさんが笑う。




