1044話 トースも異常?
冒険者ギルドへ向かうセイゼルクさん達を見送ると、私達も森の中へ向かう。
「シファル、今日の予定は?」
ラットルアさんが周りを警戒しながら、シファルさんに視線を向ける。
「昨日は果樹園の周辺だけだったから、今日はもう少し森の奥まで入ってトースの巣を探すつもりだ」
森の奥か。
巨大化しているノースの事もあるし、少し緊張するな。
「アイビー、そろそろ皆を出してもいいぞ」
お父さんの言葉を聞いて、ソラ達が入っているバッグを開ける。
「ぷっぷぷ~」
「てっりゅりゅ~」
「にゃうん」
「ぺふっ」
バッグから飛び出してきたソラ達は、それぞれ自由に体を動かすと、周りを見回した。
「シエル、今日もよろしくな」
「にゃうん」
ラットルアさんを見て胸を張って鳴くシエル。
その姿に、ラットルアさんの頬が緩む。
「よし、行こうか」
シファルさんが私達に向かって声を掛けると、シエルが先頭に立って歩き始めた。
「トースの巣がどこにあるのか、もうわかっているのかな?」
迷う様子もなく歩き始めたシエルを見て、ラットルアさんが首を傾げる。
「にゃうん」
「えっ、本当に見つけたんだ」
「にゃうん」
シエルの反応に驚いた表情をするラットルアさん。
「トースの魔力で見つけるのか?」
「……」
ラットルアさんの質問に、首を横に振るシエル。
トースの魔力ではないんだ。
「だったら、トースの匂い?」
「にゃうん」
シエルは後ろを振り返ると、私を見て鳴く。
「匂いなのか。トースってどんな匂いがしたっけ? 気にした事がないからわからないな」
「わざわざ魔物の匂いを嗅いだりしないからな」
ラットルアさんの呟きに、ヌーガさんが苦笑する。
「でも、匂いと言われると気にならないか?」
ラットルアさんがヌーガさんを見ると、彼は眉間に皺を寄せて首を横に振った。
「『匂いが知りたいから討伐しよう』なんて言うなよ」
シファルさんがラットルアさんに注意する。
「さすがにそんな事は言わないよ」
「にゃうん」
シエルが1本の大きな木の傍で立ち止まると、上空を見る。
シエルにつられて上空を見るが、昨日と同じように葉っぱが邪魔でトースの巣が全く見えない。
「これはまた、大きな木に巣を作ったな。登るのが大変そうだ」
シファルさんはマジックアイテムを取り出すと、上空を見る。
「うわっ、かなりデカい巣がある」
「見せてくれ」
お父さんがシファルさんからマジックアイテムを借りると、上空を見た。
「本当だな。昨日の2倍ぐらいの大きさか?」
お父さんの言葉に、昨日のトースの巣を思い出す。
「かなり大きい巣だね」
「壊しがいがありそうだな」
私の呟きに、木に登る準備をしていたラットルアさんが笑う。
「アイビー。かなり上に巣があるから、俺達も昨日より木の上に登る必要がある。大丈夫か?」
「うん」
シファルさんの言葉を聞いて、急いで木に登る準備をする。
準備が終わると、巣のある木から少し離れた場所にある木に登った。
「こっちは準備が終わった。アイビーは?」
シファルさんの声に視線を向けると、巣のある木を挟んだ反対側の木に彼を見つけた。
「こっちも大丈夫」
シファルさんに手を振ると、彼は片手を上げて応えてくれた。
「行くぞ」
ラットルアさんとヌーガさんが木に登り始めると、お父さんが周りを警戒するように見回る。
シエルも、私達がいる場所から少し離れた場所で周りを見ていた。
「ぷっぷ~?」
ソラが私の持っている矢を見ると、体を傾ける。
「今日使うのは魔力が必要ない弓だから、魔力を込める必要はないよ。ごめんね」
「ぷ~」
私の答えが気に入らなかったのか、ソラが不満そうに鳴く。
きっと手伝ってくれるつもりだったんだろうな。
でも、マジックアイテムの弓を本番に使うのはもう少し練習してからだね。
もっと的に当たる確率を上げてからじゃないと。
「あと少しで巣に着くから警戒をよろしく」
「分かった。2人も気を付けて」
頭上から聞こえて来たラットルアさんの声に、シファルさんが答える。
しばらくすると巣を壊す音が聞こえて来た。
バキバキバキ。
バキ、バサバサ、バキ。
巣を壊す音に混じって木々の揺れる音が聞こえたので、周りを見ながら音の発生源を探す。
バサバサバサ。
「アイビー、後ろだ!」
シファルさんの言葉に、振り返ってすぐに弓を構える。
バキバキバキ。
バサ、バサバサ、バサ。
近付く木々の揺れる音に緊張が高まる。
バサバサ。
少し離れた場所に木々が揺れるとトースが姿を見せた。
「えっ?」
姿を見せたトースに息を呑む。
「デカい! アイビー、落ち着いて!」
シファルさんの声を聞きながら、弓を引く指に力を入れる。
トースは巣の方を見ると、乗っている木の幹を爪でひっかく。
「グルルルル、グルルルル」
トースの唸り声を聞きながら、ゆっくりと息を整える。
「グルルルル」
トースの視線がスッと私に向く。
その瞬間、ぞわっとするような殺気に襲われた。
「グルルルル」
トースが私に向かって飛び上がる。
「アイビー、打て!」
シファルさんの声に、トースに向かって弓を放つ。
「ぎゃあぁぁぁあ」
肩に矢が命中したトースが、木から落ちる。
「お父さん!」
「任せろ」
木から落ちたトースは、すぐに立ち上がり、お父さんに向かって唸り声を上げて突進した。
お父さんは、突進してきたトースをかわすと、剣で一気に首を落とした。
「終了」
お父さんが私に向かって片手を上げる姿にホッとする。
「こっちも終わったぞ」
ヌーガさんの声に頭上を見ると、大きな巣がなくなっていた。
「命中したな」
木から下りると、お父さんが私の頭をポンと優しく撫でた。
「うん」
「アイビー、お疲れさま」
シファルさんが倒したトースの傍から私を見る。
「シファルさんもお疲れさま」
「それにしても、大きなトースだな」
お父さんが倒したトースを見て、首を傾げる。
「アイビー、上達したな」
木から下りて来たラットルアさんが私の傍に来る。
「ありがとう」
ヌーガさんは木から下りると、トースの傍で膝をつき、手足を調べ始めた。
「変だな」
「どうした?」
ヌーガさんの呟きにシファルさんが視線を向ける。
「このトース、まだ掌が硬くない。子供だ」
えっ、こんなに大きいのに?
「これ、持ち帰って調べた方が良さそうだな」
「あぁ」
シファルさんがヌーガさんを見ると、彼は神妙に頷いた。
ノースだけじゃなく、トースも異常って事?
この森、大丈夫かな?
すぐにラットルアさんがマジックバッグを取り出すと、皆でトースを中に入れる。
「さて、次の巣を見つけるか。シエル、またよろしくな」
「にゃうん」
シファルさんの言葉に、尻尾を楽しげに揺らし鳴くシエル。
すぐに森の中を移動して、2個目のトースの巣を見つけた。
「疲れた~。というか、トースの巣が多すぎる!」
7個目のトースの巣を駆除し終わると、ラットルアさんが叫ぶ。
そんなラットルアさんに、シファルさんが考え込むように頷く。
「本当に多いよな。果樹園を囲むように、昨日と合わせて11個もあった。普通は、こんなに集まって巣を作る事はない筈なんだけど」
巣が沢山あるとは思っていたけど、これも異常だったんだ。
「今日はここまでにしようか。とりあえず果樹園を1周して巣を駆除出来たから。明日の事は、セイゼルクが戻って来てから相談だな」
シファルさんの決定に頷くと、後片付けをして果樹園に向かう。
「にゃうん」
いつもより低く鳴くシエルに全員の足が止まる。
ソラもシエルの視線の先を見て、体をプルプルと震わせている事に気付いた。
「ソラが反応してる」
私の言葉を聞いて、全員がチラッとソラを見ると武器に手を掛けた。
「俺とラットルアが様子を見てくるから、ここで待機しててくれ」
シファルさんとラットルアさんが、様子を見に私達から離れる。
しばらくすると、男性の呻き声が聞こえた。
「もういいぞ」
シファルさんとラットルアさんの下へ行くと、昨日商人の護衛をしていた冒険者の1人が、2人の前で倒れていた。
「魔法陣の結果を見に来たのか?」
お父さんの言葉に、シファルさんが嫌そうに顔を歪めると溜め息を吐いた。




