1043話 明日の予定
「最終的に死ぬとはどういう事ですか?」
シュリースさんが神妙な表情でセイゼルクさんを見る。
「魔法陣は、一度でも使うと精神に異常をきたし、最終的には狂い死ぬと言われているんです」
えっ、一度でも使ったら精神に異常?
そんな事はないよね?
「そうなの。そんなに怖い物なのね」
セイゼルクさんの説明に、シュリースさんが怯えた様子で頷くとドマさんの腕を掴んだ。
トンガさんも、少し顔色が悪くなっている。
「商人達が絶対に手を出すなと言った理由が分かりました。セイゼルクさん、魔物除けはいつ持っていきますか?」
オトガさんがセイゼルクさんを見る。
「明日の朝には、ここを出発する予定です。オトガさんも冒険者ギルドに報告があるでしょうから、一緒に行きませんか?」
「そうですね。ではよろしくお願いいたします」
「護衛には私とタタンが付くわ。ドルイドさん達はトースの巣を探すんでしょう?」
キャスさんがお父さんを見る。
「セイゼルク、どうする?」
お父さんに問われたセイゼルクさんが、少し考えるとシファルさんを見た。
「今日の感じだと、俺がいなくても大丈夫だな」
「そうだな。強い味方がいるから」
セイゼルクさんとシファルさんがチラッと私を見る。
きっとシエルの事だね。
明日の予定が決まると、キャスさん達は休むために食堂から出ていく。
ガターさんたち『ドン』のメンバーは、一晩中果樹園を見張る番らしい。
「それじゃ、見回りに行ってきます。あっ、森からカンカンという音が聞こえたら、それは果樹園に魔物が入った合図です。その場合は……あれ? セイゼルクさん達に協力を頼んでもいいのかな? それとも駄目なのかな?」
ガターさんがオトガさんを見る。
「そういえば、その辺りの事について決めるのを忘れていましたね。えっと、協力してもらう事は出来ますか?」
オトガさんがセイゼルクさんを見る。
「果樹園に入り込んだという事は、宿泊施設に来る可能性もありますので協力して討伐しますよ」
セイゼルクさんの答えに、ガターさんが嬉しそうに頷く。
「良かった。それなら、セイゼルクさん達は、魔物が宿泊施設の周辺まで来た場合は討伐してください。果樹園にいる魔物については、俺達が討伐しますので」
「分かりました」
ガターさんはセイゼルクさんの返事を聞くと、マルマさん達と食堂を出て行った。
オトガさんは、彼等を見送るとセイゼルクさんを見る。
「明日もよろしくお願いします。では、今日はありがとうございました」
少し疲れた表情をしているオトガさんは、セイゼルクさんに頭を下げるトンガさんと食堂を出た。
「初日から、慌ただしい日になったな」
シファルさんが食べ終わった4人分の食器を纏めると、調理場に持っていく。
「本当だな」
お父さんも、食べ終わった2人分の食器を持って調理場に向かう。
「ありがとう。洗い物は私がするよ」
「アイビー、食器は水に浸けておけばいいらしいよ」
調理場に行こうとすると、ラットルアさんが私に声を掛ける。
「そうなの?」
「あぁ、キャスさんがそう言っていたからいいんだろう」
何か決まりがあるなら、守るべきかな。
「分かった」
「それだったら、部屋に戻って休もうか」
お父さんが調理場から出てくると、私の頭をポンと撫でる。
「うん」
「そういえば、セイゼルク」
「なんだ?」
調理場から出てきたシファルさんが、セイゼルクさんを呆れた表情で見る。
「1回とは、大げさだな」
あっ、魔法陣の事かな?
「魔法陣に興味を示している者がいたから、ちょっと脅すためにな。それに間違った事は言っていないだろう」
魔法陣に興味を持った者がいたの?
気付かなかった。
「あぁ、彼か」
シファルさんも気付いたんだ。
誰の事だろう?
「アイビー」
「はい?」
セイゼルクさんを見ると、傍に来た。
「明日、無理はしなくていいからな。シエルにもそう伝えてくれ」
「うん」
肩から下げているバッグが、少し揺れた。
「シエルに、ちゃんと伝わったみたいだよ」
私が肩から下げているバッグに視線を向けると、セイゼルクさんが微笑んだ。
「シエル。明日もよろしく」
セイゼルクさんへの返事なのか、バッグが少しだけ激しく揺れた。
「「おはようございます」」
お父さんと一緒に食堂に入ると、ガターさん達が欠伸をしながら朝ごはんを食べていた。
「「「「おはようございます」」」」
力の抜けた挨拶に、お父さんが少し笑う。
「随分と疲れているみたいですね。合図がなかったから魔物は来なかったみたいですが」
「そうなんですよ。昨日はなぜか、果樹園周辺に魔物が全くいなかったんです。いつもだったら、魔物除けの香りが届かない場所に姿を見せたりするのに。異常ですよ」
眉間に皺を寄せマルマさんが説明すると、ガターさん達が頷く。
「全く近くに来ないなんて変よね」
シュリースさんが、首を傾げながらパンを食べる。
「果樹園に来なくても、魔物の姿は絶対に見かけたのにな」
ガターさんもおかしいと感じているみたいだ。
果樹園の周りから魔物がいなくなった事は、良い事なのかな?
それとも悪い事?
「「「おはようございます」」」
シファルさん達が食堂に入って来ると、ガターさん達を見て首を傾げた。
「何かあったんですか?」
ラットルアさんが、ガターさんに聞くと彼は先ほど私達に話した内容をもう一度説明する。
「あぁ」
なぜかラットルアさんが、私を見る。
あれ?
シファルさんとヌーガさんも?
「あっ、そうか」
隣にいるお父さんが、何かに気付くと納得した様子で頷いた。
「アイビー、まずは朝ごはんを食べようか」
「うん」
魔物が姿を見せなかった原因が分かったみたいだけど、今は聞かない方がいいのかな?
黒パンとスープ、それに野菜炒めを選んで、テーブルにつく。
「そういえば、セイゼルクさんはまだ眠っているの?」
食堂に来たのはシファルさんとラットルアさんとヌーガさんだけ。
セイゼルクさんの姿がない。
「オトガさんに、出発の時間を聞きに行ったよ」
シファルさんが朝ごはんを取ると、私の前に座る。
「「「「「いただきます」」」」」
朝ごはんを食べていると、調理場から2人の女性が出てくる。
そして、私達に気付くとニコッと嬉しそうに笑った。
「はじめまして。ここの調理担当のシューよ。隣は妹のリラー。味は問題ないかしら?」
「はじめまして。おいしいです。ありがとうございます」
慌ててスープを飲み込むと、シューさん達に挨拶をする。
「姉さん、食べている時に話しかけないの」
「あら、ごめんなさい。ゆっくり食べてね」
リラーさんに注意されると、シューさんは私に謝り、大皿の料理を確認したあと調理場に戻った。
「「「「ごちそうさま」」」」
ガターさん達は、使い終わったお皿を纏めると調理場に持っていく。
そして、欠伸をしながら私達に手を振ると部屋に戻って行った。
「おはよう」
食事が終わる頃に、セイゼルクさんが食堂にやって来た。
「いつ頃出発する事になったんだ?」
朝ごはんを選んでいるセイゼルクさんに、シファルさんが声を掛ける。
「1時間後だ。何かあったのか?」
「ん~、シエルの気配がしたんだろうな。果樹園の周りから魔物がいなくなっただけだよ」
ラットルアさんの説明に、ハッとする。
そうだったんだ。
「でも、果樹園は広いのに?」
「アダンダラは、魔物の中でも上位の魔物だからな」
私の呟きに、シファルさんが苦笑する。
それは聞いたけど、まさか広大な果樹園の周りから魔物がいなくなるなんて。




