1042話 魔法陣の噂
「はぁ」
聞こえてきた溜め息に視線を向けると、オトガさんがテーブルに両手を付いて下を向いていた。
「大丈夫ですか?」
私が声を掛けると、オトガさんは慌てた様子で笑顔を作った。
「大丈夫ですよ。ご心配をおかけしましたね。それに、余計な仕事を増やしてしまって、すみません」
それはオトガさんのせいではないのに。
「謝る必要はないですよ。あんな物騒な魔物除けを置いていった者が悪いんですから」
お父さんの言葉に私が頷くと、オトガさんがホッとした表情になった。
「そう言って頂けると助かります。この果樹園には、森の奥でしか育たない果物がたくさんあります。曽祖父の代から少しずつ、少しずつ改良を重ね、ようやく実を結ぶ事が出来たんです。でも、そのせいで商人から狙われる事が多くなってしまって」
「この果樹園で育つ果物は、他よりも金になるからでしょうね」
オトガさんの説明にお父さんが頷く。
「そうなんです。しかも取引を断ると恐喝をしてきたり、取引先に迷惑を掛けたり。はぁ」
「大変ですね。商業ギルドに相談は?」
セイゼルクさんが、魔物除けを入れたマジックボックスを持ってオトガさんに近付く。
「しました。今は商業ギルドが、ここで取引を希望するすべての商人を厳しく調査してくれています。商品の引き渡しも商業ギルド内で行うようになったので、商人達の嫌がらせもかなり減り、助かっています。ただ、問題のある商人がまだ残っていて……」
オトガさんの話にセイゼルクさんが少し考え込む。
「魔物除けを置いていった商人にも問題が?」
「いえ、彼は初めて見た商人なので、よく分からないです。最近お店を引き継いだと言っていました。まさか、初対面の商人から魔法陣付きの魔物除けを贈られるとは思いませんでしたよ」
オトガさんが怯えた表情で、セイゼルクさんが持っているマジックボックスを見る。
私はオトガさんの様子に首を傾げる。
どうして、そんなに魔法陣を怖がっているんだろう?
無効化したからもう大丈夫なのに。
「魔法陣について、どんな噂が広がっているんですか?」
お父さんもオトガさんの様子に疑問を持ったのか、彼に質問をする。
「えっ? あぁ、爆発すると聞きました」
爆発?
魔法陣が爆発した事なんてあったかな?
彼の答えに、全員が首を傾げる。
「あれ?」
私達の様子を見たオトガさんが、戸惑った様子でトンガさんを見る。
トンガさんは視線を向けられると、慌てて首を横に振った。
「俺は取引相手の商人から『魔法陣ってやつは、爆発するかもしれないぞ』と聞いたので、それを父さんに伝えただけです」
魔法陣についての情報が少ないから、いろいろな噂が出回っているのかな?
「話が長くなるかもしれないので、座って話をしましょうか」
「それだったら、食堂でいいか? 俺とアイビーは夕飯が途中だったから」
セイゼルクさんの提案に、お父さんが私を見る。
そういえば、夕飯の途中だったな。
ぐぅ。
「あっ」
夕飯を思い出したら、お腹が……。
「そうだな。俺も腹が減っているし、食堂に行こうか」
セイゼルクさんが私を見て笑うと、オトガさん達を見た。
お父さんも私を微笑ましそうに見ている。
絶対に、お腹の虫の音を聞かれたね。
恥ずかしい。
「分かりました。それなら、冒険者達も集めます。この果樹園が攻撃された事を話す必要があるので」
ソルをバックに入れて食堂に行くと、キャスさん達と初めて見る冒険者達が既に集まっていた。
オトガさんは、いつ彼等に連絡をしたんだろう?
「何かあったんですか?」
ガターさんがオトガさんを見る。
あっ、彼等は問題が起こった事に気付いたから集まっていたのか。
「それについては今から話します。えっと……」
オトガさんは言葉を切ると、なぜか私を見る。
「まずは、夕飯にしましょうか」
あぁ、お腹の音を聞かれたんだ。
お父さん達より恥ずかしい。
「ドルイドさん、アイビーさん」
名前を呼ばれたので視線を向けると、キャスさんが手を振っていた。
「2人の夕飯は、冷めないように専用のマジックボックスに入れておいたから。あれよ」
専用のマジックボックス?
首を傾げながらキャスさんが指した方を見ると、大きめのマジックボックスがあった。
お父さんと一緒にマジックボックスの傍に寄り蓋を開けると、確かに私達の食べかけの料理が入っていた。
「食事中に魔物が現れたら、このマジックボックスに料理を入れて駆けつけるのよ。以前は、魔物が出る度に料理が冷めてしまっていたけれど、このマジックボックスのおかげで、問題が解決した後に温かい料理をゆっくり食べられるようになったわ」
そうか。
ご飯中でも魔物が出たら駆けつけないと駄目なのか。
果樹を守る専属の冒険者チームって大変なんだな。
「「ありがとうございます」」
お父さんと一緒にお礼を言い、マジックボックスから料理を取り出して食べる。
「本当に温かいな」
「うん」
冷めてもおいしいだろうけど、やっぱり温かい料理は温かいうちに食べたいよね。
「まずは自己紹介するぞ」
皆が夕飯を食べ始めるとオトガさんが立ち上がり、皆を見る。
「『炎の剣』のリーダー、セイゼルクさん。そしてシファルさんにラットルアさんにヌーガさんが」
オトガさんが名前を呼ぶと、セイゼルクさん達が片手を上げる。
「短い間になりますが、よろしくお願いします」
代表してセイゼルクさんが挨拶をすると、シファルさん達が軽く頭を下げる。
「専属冒険者契約をしている『ドン』のリーダー、ガターさん。仲間のマルマさん、シュリースさん、ドマさん。シュリースさんとドマさんは夫婦です」
「よろしくお願いします」
ガターさんが、私達に向かって頭を下げるとマルマさん達も頭を下げた。
「専属冒険者契約をしているもう1つのチーム『青花』のリーダー、キャスさん。仲間のタタンさん、ボーグさん、サーガさん。ボーグさんとサーガさんは親子です」
年齢層が広いと思ったら親子だったんだ。
「今日からよろしくね」
キャスさんの挨拶に、タタンさん達が頭を下げる。
「それで、何があったんだ?」
ガターさんがオトガさんを見る。
オトガさんが先ほどの出来事を彼等に話すと、ガターさん達は嫌そうな表情を浮かべた。
「その魔法陣、もう毒をばらまかないのか?」
毒?
ドマさんの質問にオトガさんが首を傾げる。
セイゼルクさん達も不思議そうに、ドマさんを見る。
「毒とは?」
「えっ? 魔法陣って毒をまき散らす道具じゃないのか?」
ドマさんが戸惑った表情でいると、ボーグさんが手を上げる。
「私は火が出ると聞いたけど、違うの?」
えっ?
本当に、どんな噂が出回っているんだろう。
凄く気になる。
「魔法陣は人を洗脳する物ではないのですか?」
タタンさんの言葉に、ドマさんとボーグさんが驚いた表情をする。
「まさか、そんな恐ろしい物なの?」
ドマさんがオトガさんを見ると、彼は首を横に振った。
「俺も魔法陣の性能について詳しくは知らないんです。えっと……」
オトガさんが困った表情でセイゼルクさんに視線を向ける。
「詳しく話す前に、両ギルドから魔法陣についての話はありましたか?」
セイゼルクさんの質問にオトガさんが頷く。
「はい。商人や商人と取引している関係者達にありました。関わる機会が他の者達より多いからだと思います」
「そうですか。内容は?」
「魔法陣は、販売も所持も犯罪行為だと言っていました。手に入れてしまった場合は、すぐにギルドに提出して報告してくれと。販売した者は、たとえ貴族であっても奴隷落ちが決まっているみたいです。また、魔法陣だと知っていて所持していた場合も同様だと言っていました。あと、知らずに所持していた場合は、調査の結果によって判断されるみたいです。まだ法律は出来ていないみたいですが、両ギルドから説明を受けた者達は、所持や販売をしたら罪に問われます。それ以外の者達は、法律が告知された日から犯罪となるみたいです」
「そうでしたか。魔法陣について、話すなという指示はありましたか?」
「ありませんでしたが、商人達は関わらない方がいい。調べない方がいいと言っていました」
「分かりました。魔法陣ですが俺の知っている限り、爆発はしないし、毒もばらまきませんし、火も出しません」
セイゼルクさんの説明に、ドマさんとボーグさんがホッとした表情をした。
魔法陣については、あまり詳しく話さない方がいいんだろうな。
どんな力があるのか分かったら、興味を持ってしまうかもしれないから。
「ただし、魔法陣には人を洗脳する力があります」
でもあまりに隠しすぎると、それも興味を引くよね。
どこまで話すのが一番なんだろう?
「そして魔法陣を使った者は、最終的に死にます」
セイゼルクさんの説明に、オトガさん達が息を呑んだ。