1041話 魔物除けから青い光
戸惑っているキャスさん達に小さく頭を下げると、お父さんと一緒に食堂を出る。
「何があったんだ?」
走りながらお父さんがシファルさんに聞く。
「魔法陣が発動してしまったんだ。アイビー、悪いな」
「大丈夫」
肩から下げたバッグの持ち手をギュッと握る。
もしかしてと思って、皆が入っているバッグを食堂に持ってきておいたんだよね。
良かった。
宿泊施設を出て、オトガさんの執務室がある建物に入る。
「一番奥の部屋だ」
シファルさんと一緒に奥の部屋に入ると、テーブルの上に、青い光を一定間隔で空中に放っている魔物除けが置かれていた。
「魔物除けは二重底になっていて、下の底に魔法陣が描かれていたみたいだ」
シファルさんの説明を聞きながらテーブルに近付くと、ゾクッとした寒気と気持ち悪さを感じ、少し体が震えた。
「薬草は?」
「調べるために取り出していたから、魔物除けの中にはない」
お父さんの質問にシファルさんが答えると、お父さんが私を見る。
「アイビー、ソルを」
「うん」
肩から下げていたバッグの蓋を開け、覗き込む。
「ソル、お願い」
「ぺふっ」
答えるように出てきたソルは、すぐにテーブルの上に飛び乗った。
「ぺっふ~」
そして目の前にある魔物除けを見ると、嬉しそうに鳴き、体を広げて魔法陣を包み込んだ。
「ぺふ~」
数分後、青い光が消えるとソルは満足そうに魔物除けから離れた。
「黒い色のスライム……」
ソルをジッと見つめているオトガさんに視線を向ける。
「オトガさん、どうしたんですか?」
私の質問に、首を横に振るオトガさん。
「話には聞いた事があったんですけど、黒いスライムを見るのは初めてだったので、驚いてしまって」
黒いスライムの噂でも聞いたのかな?
「そうですか」
そういえば、この部屋はなんなんだろう?
部屋に入った時は気付かなかったけど、テーブル以外には何も置かれていない。
がらんとした部屋の中央に、テーブルが一つだけ置かれている少し不思議な空間。
「この部屋はなんですか?」
お父さんも疑問に感じたようで、オトガさんを見る。
「この部屋は、この果樹園に持ち込まれた物を調べるための部屋です」
あぁだから、テーブルの上に魔物除けだけがあるのか。
「あの、何があったんですか?」
若い男性の声に視線を向けると、私達が入ってきた扉とは別の扉から、トンガさんが入ってきた。
「貰った魔物除けに、魔法陣が仕込まれていたんだ」
オトガさんの説明に、トンガさんが魔物除けを見る。
「商人が言っていた魔法陣?」
「商人が魔法陣の事を言っていたんですか?」
シファルさんの質問に、トンガさんが小さく頷く。
「ここで採れる果物を売ってもらっている商人がいるんです。その彼が教えてくれました。『魔法陣という危険な物が出回っているが、絶対に手を出すな。あれはとても危険な物だから』と。彼も本物は見た事がないみたいでしたが、丸い円の中に文字や絵が描かれていて、光らしいと教えてくれました」
魔法陣が、出回っているの?
驚いてセイゼルクさんを見ると、彼は険しい表情をしていた。
「教会関係者が逃げ回っている時に、逃走資金を得るために持ち出した魔法陣を売ったという情報があったけど、本当だったみたいだな」
「最後まで余計な事をしていくな」
セイゼルクさんが嫌そうに言うと、シファルさんが呟く。
「魔法陣ですが、商人の間で噂がかなり広がっているみたいです。でも多くの商人達は魔法陣を『非常に危険な物』と認識しています。ですから、出回っているといっても、実際に手を出しているのはごく一部の商人だけだと思います。それより、ドルイドさんに少し質問してもいいですか?」
オトガさんが、お父さんを見る。
「俺にですか? いいですけど」
「マーチュ村に行った事はありますか?」
「えっ?」
オトガさんの質問にお父さんが首を傾げる。
「ありますけど」
「もしかして、綺麗な青いスライムと赤いスライムも一緒にではないですか?」
「……どうしてそれを知っているんですか?」
不審気にオトガさんを見るお父さん。
でも、オトガさんはお父さんの様子を見ても、嬉しそうに笑った。
「やはりそうなんですね。あなたが、いえ、あなた達が俺の妻と娘の恩人なんですね」
「「えっ?」」
思いがけない言葉に、お父さんと顔を見合わせる。
「俺の妻と娘は、森でしか育たない果実の研究のためにマーチュ村にいたんです。そのマーチュ村が襲われて、妻が大怪我を負ったんです。出血も酷く危険な状態だったそうなんですが、青いスライムがきて助けてくれたと言っていました。本当にありがとうございます」
あの村にいたんだ。
しかも襲われた時に。
「凄い偶然だな」
セイゼルクさんの呟きにシファルさんが頷く。
「あの」
トンガさんに視線を向けると、深く頭を下げた。
「母さんと妹を助けてくれて、ありがとうございます。2人は今もマーチュ村で元気に研究を続けています」
「そうなんですね。良かったです」
お父さんの言葉に、彼が笑う。
パン。
「すまないが、その話はまた後でしよう」
セイゼルクさんが一度手を叩くと、オトガさんを見る。
「そうですね。今は、魔物除けを渡した奴を捕まえてもらわないといけませんからね」
オトガさんがテーブルの上にある魔物除けを見る。
「中を見てもいいですか?」
お父さんの言葉に、心配そうな表情を見せるオトガさん。
「魔法陣について詳しく知らないのですが、もう安全なんですか? また動き出すような事はないのですか?」
「大丈夫です。ソルが無効化してくれたので」
「ぺふっ」
魔物除けの傍で胸を張るソル。
「かわいい」
トンガさんの小さな呟きが聞こえて、思わず頬が緩む。
「それでしたら、どうぞご自由に。俺は近くに寄るのも少し怖いです。さっきの青い光が、なぜかとても怖く感じたので」
確かに得体の知れない物には、近寄りたくないよね。
イヤそうに魔物除けを見るオトガさん。
お父さんはそんな彼の様子を見て頷き、テーブルの上にある魔物除けの中を覗き込んだ。
「消えかかっているけど、魔法陣が確認出来るな。セイゼルクは、魔法陣を見たのか?」
お父さんの質問に、セイゼルクさんが首を横に振る。
「まだだ。二重底の下に何か描かれているとオトガさんが言ったから、それを確認しようとすると発動したんだ」
セイゼルクさんがテーブルに近付くと、お父さんが魔物除けを手に持ち、中が見えるようにセイゼルクさんに向けた。
「魔法陣が完全に消える可能性があるから、紙に書き写しておくよ」
「そうだな。でも魔法陣は完成させるなよ」
「分かっている」
お父さんの注意にセイゼルクさんが頷く。
「オトガさん。どんな魔法陣だったのか調べたいので、魔物除けを我々に預けていただけませんか?」
セイゼルクさんの言葉にオトガさんが頷く。
「どうぞ、というか処分してもらってもいいですか? それと、調べた結果を教えてもらう事は出来ますか?」
セイゼルクさんがオトガさんを見る。
「処分は了解しました。調べた結果はもちろん報告します」
「ありがとうございます」
コンコンコン。
扉を叩く音に視線を向けると、ラットルアさんとヌーガさんがマジックボックスを持って入って来た。
「証拠品を入れておく物が必要だと思って持ってきた。あっ、キャス達にはあとで説明すると言っておいたので、オトガさんから話していただけますか?」
ラットルアさんの説明にオトガさんがセイゼルクさんを見る。
「魔法陣について話してもいいのですか?」
「この果樹園を守る冒険者達なので、何が起きたのか知っておいた方がいいでしょう」
「そうですね。では、魔法陣を使ってこの果樹園を攻撃してきた者がいると言っておきます」
オトガさんの説明に、セイゼルクさんが頷いた。




