1038話 果樹園の果物
今日から寝泊まりする部屋に入ると、少し大きめのベッドとテーブルにソファがあった。
「思ったより広いな」
後ろから覗き込んでいたお父さんが呟く。
「そうだね。ベッドも普通の宿にあるものより大きいね」
私はベッドのそばに寄って、少し押してみた。
うん、しっかりしたベッドだ。
「見回りの準備が出来たら呼びに来るよ」
「分かった。あっ、待って。マジックアイテムを起動させるから」
お父さんが部屋に入ると、マジックアイテムを起動させてからソラ達を出す。
「ぷっぷぷ~」
「てっりゅりゅ~」
「ぺふっ」
「にゃうん」
ソラ達はバッグから出ると、みんなで部屋を探検し始める。
「問題なさそうだな。それじゃ、準備して来るよ」
お父さんが部屋から出ると、皆に視線を向ける。
「今日から2週間、この部屋で寝泊まりするからね」
「ぷっぷぷ~」
ベッドに上がったソラが、私を見ながらピョンピョンと飛び跳ねる。
「気に入ったの?」
フォロンダ公爵の屋敷にあるベッドより硬めなんだけど、好の硬さなのかな?
「ぷっぷぷ~」
「気に入ったんだ。あっ、もしかしてよく跳ねるから?」
「ぷっぷぷ~」
「てりゅ?」
ソラの反応を見て、フレムもベッドに上がると、ぴょんぴょんと跳び跳ねる。
「ぷ~?」
フレムが飛び跳ねると、傍で飛び跳ねていたソラの体が傾く。
それに気付いたフレムが、楽しそうに飛び跳ねる速度を上げた。
「ぷぷっ!」
「てりゅ~」
怒ったように鳴くソラと、楽しそうに鳴くフレム。
そんな2匹の様子を、ソルは眠たそうに窓辺から見つめている。
シエルは元の姿に戻り、窓の外を眺めながら尻尾を軽く振っていた。
「皆、自由だね」
4匹の様子を見ながら、果樹園を見て回る準備をする。
矢がたくさん入っているマジックバッグを肩から下げると、弓を手に取る。
コンコンコン。
「はい」
「アイビー、俺だ。開けてもいいか?」
お父さんだ。
「どうぞ」
お父さんが部屋に入ってくると、ベッドの上で競うように飛び跳ねているソラ達を見て笑った。
「何をしているんだ?」
「最初は飛び跳ねるのが楽しかったみたいだけど、今は……ぶつかり合っているのかな?」
「てりゅ~」
ソラと空中でぶつかったフレムが、ベッドから転がり落ちる。
「フレム、大丈夫?」
足元に転がってきたフレムを見る。
「……てりゅ!」
「あっ、楽しかったみたいだな」
目をキラキラさせて鳴くフレムを見て、お父さんが笑う。
「そうみたいだね」
フレムはベッドの上に戻り、ソラを見る。
そしてソラに向かって、勢いよく飛び跳ねた。
勢いを増したフレムのせいで、今度はソラがベッドから転がり落ちる。
「ぷぷ~」
楽しそうに転がるソラ。
「なんでも楽しめるっていいよな」
お父さんは、そんな2匹を微笑ましそうに見た。
コンコンコン。
「アイビー、こっちにドルイドが来ていないか?」
セイゼルクさんの声に、お父さんが部屋の扉を開ける。
「ここにいる。用事か?」
「そろそろ見回りに行こうと思う。準備は出来ているか?」
お父さんは私を見て、セイゼルクさんに頷く。
「大丈夫だ」
「では、行こうか。外で待ってるよ」
セイゼルクさんの話を聞いたソラ達は、いつものバッグの傍に集まる。
「皆、一緒に行ってくれるんだね」
「ぷっぷぷ~」
「てっりゅりゅ~」
「ぺふっ」
「にゃうん」
いつもと少し違う鳴き声をあげるシエルを見る。
視線が合うと、尻尾が楽しそうに揺れた。
「シエル、やる気だな」
「にゃうん」
お父さんを見て、少しだけ尻尾の揺れが激しくなるシエル。
確かにやる気だ。
皆をバッグに入れ部屋を出ると、しっかりと鍵をする。
宿泊施設の出入り口にいたセイゼルクさん達と合流すると、果樹園の周辺を見て回る。
「アイビー、そろそろ皆を出してもいいぞ」
お父さんの言葉に、皆が入っているバッグを開ける。
バッグから出てきたソラ達は、歩きだした私達の周りを自由に跳ね回った。
「にゃうん」
しばらく歩くと、シエルが本来の姿に戻り、近くの木の上に乗った。
「上から見て回ってくれるの?」
「にゃうん」
私の質問に、鳴き声で答えるシエル。
「シエル、ありがとう。頼むな」
「にゃうん」
シエルはセイゼルクさんを見ると、一声鳴いた。
そして、颯爽と木々の間に消えていった。
「色々な果樹があるね」
果樹園を左手に見ながら、森の様子を見て回る。
「そうだな。高値で取引されている高級果樹ばかりだ。森の中でしか育たない種類だからだろうな」
お父さんの説明に頷く。
もし普通に育つ果樹だったら、安全な門の中で育てるはずだよね。
だから、ここにあるのは森の中でしか育たない種類なんだろう。
私の隣を歩くお父さんが、ある果樹を指す。
「あれは、森の奥でしか育たないと言われている果樹だ。本当に貴重なんだぞ。ここにあるという事は、森の奥以外でも育てられるようになったんだな」
「そうなんだ」
あれ?
楕円形で、全体にオレンジ色だけど先だけ青い果物は見た事があるな。
あっ、シエルが案内してくれた先で収穫した果物だ。
ちょっと酸味があって凄くおいしかったな。
「あの果物、貴重だったんだ」
案内してくれた場所にはたくさん実っていたから、かなり食べた記憶があるな。
「その奥にある果樹も、珍しいぞ」
ラットルアさんが指す方を見ると、黄色い細長い実が沢山実っていた。
「あぁ、あれも珍しいんだ」
濃厚な甘さでおいしかったよ。
「少し先にある果樹も珍しい種類だぞ。薬実としても使う事もあるんだ。まぁ、そう簡単に手に入らないけどな。まさかここで見られるとは思わなかったな」
セイゼルクさんが指した少し先にある果樹を見る。
丸くて青い実が実っている。
「あれも……」
さっぱりした甘味で、あれを食べた翌日は足が軽く感じたな。
薬実だったんだ。
あっ、その近くにある果樹も、隣にある果樹も見たことがあるし、どちらもおいしかったな。
「本当に珍しい果樹が多いな。森の奥でしか育たないと言われていた種類もたくさんある。ここは凄いな」
シファルさんが感心した様子を見せると、セイゼルクさんが頷く。
「にゃうん」
「シエル?」
木々の間から姿を見せたシエルが、森の奥を見てから私を見る。
「何か見つけたの?」
「にゃうん」
「まさかトースの巣を、もう見つけたとか?」
「にゃうん」
お父さんの疑問に元気に答えるシエル。
「行ってみよう」
セイゼルクさんの言葉に、シエルが地面に下りてくると先導し始めた。
シエルは数分歩くと立ち止まり、上を見上げた。
「この上?」
セイゼルクさんがシエルの傍に立ち見上げる。
「ん~?」
セイゼルクさんがジッと上を見ている横で、私も上を見る。
でも木々の葉が邪魔で、上の様子がよく見えない。
「あった」
シファルさんを見ると、マジックアイテムを使ってトースの巣を見ていた。
「貸してくれ」
シファルさんがセイゼルクさんにマジックアイテムを渡すと、セイゼルクさんがそれを使って上を見る。
「あぁ、本当にあるな。シエル、ありがとう」
セイゼルクさんが傍にいるシエルの頭を撫でる。
「にゃうん」
「どうする? すぐに巣を駆除するのか?」
お父さんがセイゼルクさんを見ると、彼は頷く。
「あぁ、もう一度ここに来るのは面倒だ。見つけたらその都度、駆除していこう。今回は、ラットルアとヌーガで頼む」
「「分かった」」
ラットルアさんとヌーガさんが木登りの準備をする。
「お父さん、トースの巣はどうやって駆除するの? 子供がいるの?」
「この巣に、トースの子供はいない。トースは森の奥で子供を育てて、ある程度育たないと出てこないから」
そうなんだ。
だったら、木の上にある巣はなんなんだろう?
「餌場の近くに作る巣は、新しいつがいを見つけるために作るんだ。だから巣を壊されると、この場所は良くない場所だと思って去っていく筈だ。もし去らない場合は、討伐する事になるけどな」
トースって、なんだか不思議な魔物だな。




