1034話 追加依頼のお願い
あれ?
今、依頼者達が顔を見合わせて、少し困ったような表情を浮かべたように見えた。
見間違いでなければ、やはり何か話すことがあったのでは?
「何かあるならここで話して欲しい。そのために会いたいと言ったのだろう?」
セイゼルクさんも気付いたのか、依頼者達を少し険しい表情で見る。
「それは……」
セイゼルクさんと話している男性が私を見る。
「私はいない方がいいですか?」
男性を見ると、少し考えたあと首を横に振った。
「話を聞いて無理だと思った場合は、遠慮なく言ってください」
「はい」
男性の言葉に緊張しながら、私は頷く。
「セイゼルク、話をするなら座らないか」
「あぁ、そうだな」
セイゼルクさんはお父さんの提案に頷き、その後、周囲の人達に少し頭を下げた。
そういえば、ここは食堂内だった。
立ち話をしていたら、他のお客さんの迷惑になるよね。
「アイビー」
お父さんが近くから椅子を持って来て私に勧める。
「ありがとう」
全員が椅子に座ると、私は依頼者達の方を見た。
「依頼内容なんですが、追加をお願いしたいんです」
「追加ですか?」
セイゼルクさんが首を傾げて男性を見る。
「はい。魔物の討伐依頼を追加したいんです」
「魔物の種類は?」
「それが……」
依頼者達が顔を見合わせる。
「どうしたんですか?」
「ノースをご存知ですか?」
ノース?
あっ、野ネズミに似ていて頭に小さな角がある魔物だ。
えっ、ノースの討伐依頼?
でも、ノースは攻撃をしてこない魔物だった筈だよね?
果樹園で大繁殖したのかな?
「ノースの討伐ですか?」
お父さんが不思議そうな表情で依頼者達を見る。
「見た目はノースなんですが、とにかく巨大なんです」
えっ、巨大化した魔物?
王都に来る前にもいたけど、王都周辺にも巨大化した魔物がいるの?
「どれくらいの大きさですか?」
セイゼルクさんが神妙な表情で聞く。
「1匹目は、おそらく3mから4mくらいだったと思います。2匹目は、もう少し大きかったと思います。あと、私達を見かけると、ものすごい勢いで攻撃してきました。頭の角がギザギザに変化していて、それで刺そうとしたんです」
「父さん、尻尾も変化していただろう。そこで攻撃されて、怪我をしたじゃないか」
依頼者はやっぱり親子なんだ。
セイゼルクさんと話をしていた男性が父親で、二人は息子だね。
「あぁ、そうだった。尻尾も変化していて、とても硬くなっていました。逃げようとしたら、その尻尾で攻撃されて吹き飛ばされたんです」
「怪我は大丈夫だったんですか?」
ラットルアさんが聞くと、男性が笑って頷く。
「王都の壁の外にある果樹園に行く時は、必ず多めにポーションを持って行きます。怪我を負った時も、すぐにポーションを飲んだので大丈夫です」
「そうですか、良かった」
ホッとした表情で頷くラットルアさんに、男性が小さく頭を下げる。
「それで、巨大化したノースの討伐依頼なんですが、追加しても大丈夫でしょうか?」
セイゼルクさんと話していた男性が、私を窺うように見る。
それに首を傾げる。
「怖いと思ったら、追加依頼は……でも、ノースの方も問題だからな」
困った表情で呟く男性。
「アイビー。追加依頼を受けてもいいか?」
「はい」
「えっ?」
セイゼルクさんの問いに頷くと、依頼者達が驚いた表情をする。
「冒険者の方ではないんですよね?」
男性を見て頷く。
「違います」
「俺とアイビーは冒険者ではありませんが、戦うことは出来ます。だから、大丈夫ですよ」
お父さんの説明に、ホッとする依頼者達。
もしかして私は戦えないと思って、討伐の追加依頼を悩んだのかな?
「あの、ある程度の魔物なら大丈夫です」
シエルがいてくれるし、私も……少しは戦える。
ここで胸を張って「大丈夫」と言いたいけれど、今はまだ自信がないから無理だ。
特訓時間を増やそうかな?
「ありがとうございます。すみませんが、お願いします」
依頼者達が頭を下げると、セイゼルクさんが話をしていた男性の肩をポンと軽く叩いた。
「任せてくれ。あっ、その情報は冒険者ギルドに報告したのか?」
「はい。その時に、『炎の剣なら対応できるだろうから相談してみてはどうか』と言われました」
「そうか」
よかった、話がまとまったみたい。
「話は終わったな。昼を食おう」
ヌーガさんが手を上げた。
「ヌーガ。追加依頼の報酬について、まだ話していないぞ」
呆れた表情で言うセイゼルクさんを、ヌーガさんが見た。
「昼を食ってからでもいいだろう。それに、店員が困っている」
ヌーガさんの視線を追うと、料理を持った店員さんが困った様子で私達の方を見ていた。
どうやら、依頼者達の料理ができあがっていたみたい。
「悪い。持って来てくれ」
セイゼルクさんの言葉に、ホッとした表情を見せた店員さんは依頼者達の前に料理を置く。
「気付かなくて、すまない」
セイゼルクさんが謝ると店員さんが首を横に振る。
「大丈夫です。追加注文ですか?」
店員さんが小さな紙を出すと、セイゼルクさん達を見る。
「彼等とは会計を別にしてもらえるか?」
「分かりました」
セイゼルクさん達がそれぞれ注文をしている間に、壁に張られているメニューを見る。
「お父さん……」
「どうした?」
お父さんが私の指した方を見る。
「丼物があるよ」
「本当だな」
まさか、こめを使ったメニューがあるとは思わなかった。
「最近の人気メニューですよ」
驚いた表情で男性を見る。
「人気なんですか?」
「はい。注文してから料理が出てくるのが早く、量も多くて、しかもうまい。冒険者達に人気です。あっ、追加料金で大盛りにできるのもいいみたいですね」
「そうなんですか」
こめが受け入れられてきているんだ。
ちょっと嬉しいな。
「アイビー、この食堂では団子が人気らしい、食べるか?」
「うん」
お父さんと甘味を楽しみながら、みんなが食べ終わるのを待つ。
「あっ、すみません。さっき名前を名乗り忘れていましたね」
団子を食べ終わりお茶を飲んでいると、男性がお父さんと私を見た。
そういえば、そうだったかな?
「私は、オトガと言います。息子のトンガとアンガです」
「「よろしくお願いします」」
トンガさんとアンガさんが、お父さんと私に頭を下げる。
「こちらこそ、短い間ですがよろしく」
お父さんを見てホッとした様子を見せる二人。
緊張でもしていたのかな?
「そういえば、巨大化した魔物はよく現れるんですか?」
お父さんの質問に、オトガさんは首を横に振る。
「巨大化した魔物なんて、2回目ですよ」
初めてではないんだ。
「1回目は20年ほど前だったと思います。そのときは、今回ほど巨大化していませんでした。元の2倍くらいの大きさで。あと、大きくなっただけで凶暴化はしていませんでした」
凶暴化?
あぁそうか。
ノースは攻撃をしない魔物なのに、人を見かけるとすぐに襲い掛かって来るなら凶暴化だね。
どこかに大量にゴミがあるのかな?
でも大量のゴミで巨大化はしないか。
「そうですか。他に気になった事はないですか?」
セイゼルクさんの質問に、オトガさん達が少し考えこむ。
「あのような巨大化ではありませんが、凶暴化した魔物の目撃情報が増えている気がします。もともと、数年に一度はこの手の噂がありましたが、ここ2年ほどは目撃したという噂がよく流れています。実際に目撃した冒険者から話を聞いたこともあります」
アンガさんの話にトンガさんが頷く。
「そうですか。ありがとうございます」
セイゼルクさんは2人にお礼を言うと、椅子から立ち上がる。
「そろそろ出ましょうか。お金の話は、ここでは出来ないので」
お金の話?
あぁ、依頼を追加するからか。
「凶暴化した魔物に、巨大化した魔物か」
お父さんの呟きに視線を向けると、彼は険しい表情で考え込んでいた。




