1033話 ダンダさんの問題
「ドルイド、アイビー」
ドールさんの説明に苦笑していると、セイゼルクさんが私を見る。
「依頼者に会ってもいいなら、お昼過ぎに冒険者ギルドに来てもらっていいか? もし予定が入ったらそっちを優先してくれていいから」
「分かった。セイゼルク達は、これから仕事か?」
「いや、昨日相談を受けたダンダと会う予定なんだ。ちょっとチーム内で問題が起こっていてな」
ダンダさんと言う方の相談は、チーム内の問題だったんだ。
「ややこしいのか?」
「よくある話さ。仲の良い幼馴染同士でチームを作ったが、少しずつ強くなっていくうちに、それぞれが目指す方向が変わってきた。お金を稼ぎたい者もいれば、強さを求める者もいる。ダンダの話によれば、冒険そのものを楽しみたい者もいるそうだ。目指すものが違う者達が集まると、さまざまな問題が生じてくる。ダンダには、どうすればいいのかと相談されたんだよ」
セイゼルクさんの説明に、お父さんの眉間に皺が寄る。
「面倒くさい相談を受けたな」
「ははっ、そうだな。この問題は、どれだけ話し合っても、最終的にはチームを解散することになる場合が多いんだよな。今まで一緒に頑張ってきた気持ちは分かるが、どうしようもないこともある。できるだけ早くそのことに気付いた方がいいが、付き合いが長いと、なかなか決断できないからな」
セイゼルクさんが肩を竦める。
「早く決断させた方がいいぞ。長い付き合いだからこそ、こじれてしまうと元の関係に戻れなくなることもあるからな」
「うん、分かっている。今日はダンダだけでなく、チームのメンバーとも会うから『別々の道』について話すつもりだ」
セイゼルクさんはお父さんを見て、少し意地の悪い表情を見せる。
「今のドルイドだったら、どう話す?」
「今の?」
セイゼルクさんの言い方が気になり首を傾げる。
「昔のドルイドだったら、相談されても『こじれる前に離れろ』で終わらせそうだからさ」
セイゼルクさんの説明にお父さんを見る。
そうかな?
お父さんは若い冒険者に優しいと思うけど。
「まぁ、俺もまだ若かったからな」
「あるんだ」
驚いた表情でお父さんを見ると、ちょっと困った表情で頷いた。
「この問題は、関わると本当に面倒なんだよ。こじれたら長引くし。だからこそ、はっきり伝えた方がいいんだ。でも今の俺なら『チームを解散して、それぞれが自分の目指す道を進んだ方がいい。幼馴染という関係を大切にしたいなら、一緒にいない方がいい』と伝えるな」
お父さんが納得した様子で頷くと、セイゼルクさんが苦笑した。
「セイゼルク、俺はアイビーの特訓を見るので行かないから」
シファルさんの言葉に驚いて、視線を彼に向ける。
用事があるならお父さんと頑張るけどな。
「面倒なだけだろ」
シファルさんを睨むセイゼルクさん。
「相談に4人もいらないだろう?」
「まぁ、そうだけどな」
セイゼルクさんは溜め息を吐くと、時計を見る。
「そろそろ行くか」
セイゼルクさんの言葉に、ヌーガさんとラットルアさんが椅子から立ち上がる。
「行ってらっしゃい。あとで冒険者ギルドに行くね」
セイゼルクさんに伝えると、彼は笑って頷いた。
「分かった。俺達も遅れないようにするから」
食堂から出ていく3人を見送る。
「本当に一緒に行かなくていいの?」
シファルさんを見ると、彼は私を見てニコッと笑う。
「セイゼルクとラットルアがいるから大丈夫だよ」
あれ?
ヌーガさんは?
「ヌーガは、ダンダ達が喧嘩した時の為かな」
もしもの時の為か。
何事もなく話し合いが終わればいいな。
「そろそろ特訓を始めようか」
お父さんが私とシファルさんを見る。
「はい。シファルさん、今日もよろしくお願いします」
「うん、では訓練室に行こう」
食堂を出る時、お父さんがドールさんに捨て場から弓を持って来て欲しいと伝えていた。
数日後には、捨てられた弓がソラに届くだろう。
冒険者ギルドに着くと、セイゼルクさん達を探す。
「いた、あそこだ」
お父さんが指す方を見ると、セイゼルクさん達が若い冒険者達と話をしていた。
「あれが依頼者かな?」
「いや、あれはダンダ達だ。笑っているという事は、うまくいったみたいだな」
シファルさんの言う通り、ダンダさん達は楽しそうに笑っている。
でも、ほんの少し寂しそうな表情も見えたので、おそらく彼らは別々の道を選んだのだろう。
「依頼者はまだ来ていないみたいだ」
シファルさんが周りを見ると、セイゼルクさんに向かって片手を上げた。
「ドルイド、アイビー。来てくれたんだな」
セイゼルクさんはダンダさん達に声を掛けると、私達の下に来た。
「お昼はどうした?」
「食べて来た。セイゼルク達は?」
シファルさんがセイゼルクさんと、少し離れたところでダンダさん達と話をしているラットルアさん達を見た。
「今からだ」
「そうか。そういえば、ダンダ達は決断したみたいだな」
シファルさんの言葉に、セイゼルクさんが頷く。
「少し言い合いになったけど、チームは解散する事になったよ」
「そうか。まぁ、求める物が違うなら仕方ない」
「「「「ありがとうございました」」」」
聞こえて来た声に視線を向けると、ダンダさん達がラットルアさんとヌーガさんに頭を下げていた。
そして彼らは、セイゼルクさんを見ると深く頭を下げ、冒険者ギルドから出ていった。
「ところで依頼者は?」
シファルさんがセイゼルクさんを見る。
「それが……まだ来ていないみたいなんだよ」
セイゼルクさんが、冒険者ギルド内を見回して首を横に振る。
「奥にある食堂で昼を食べながら待たないか?」
ヌーガさんが、セイゼルクさんに声を掛ける。
「そうだな。ドルイド達はどうする?」
お父さんと私を見るセイゼルクさん。
「冒険者ギルドの中に食堂があるの?」
村や町の冒険者ギルドにも食堂があったのかな?
「そういえば、食堂のある冒険者ギルドは王都だけだったな」
お父さんが冒険者ギルドの奥を見る。
王都だけ?
どんな食堂なんだろう?
「今はまだないけど、他の冒険者ギルドでも作ろうとする動きはあるみたいだ」
シファルさんの言葉にお父さんが驚いた表情をする。
「そうなのか?」
「便利だから欲しいという要望が来ているらしい」
シファルさんの説明にセイゼルクさんが頷く。
「その話は俺も聞いたな。とりあえず、行こう。お腹が空いた」
セイゼルクさん達が食堂に向かうので付いて行く。
「あれ? 依頼者だ」
食堂に着くと、出入り口に近いテーブルを見てヌーガさんが呟く。
「本当だ。声を掛けて来るよ」
セイゼルクさんが依頼者のテーブルに近づくと、彼に気付いた3人の男性が立ち上がった。
「すみません、朝から何も食べていなかったので、お昼を頂いていました」
黒い短髪の男性がセイゼルクさんに頭を下げる。
「そうでしたか。そうだ、ここで協力者を紹介してもいいですか?」
「はい。お願いします」
男性の返事を聞いたセイゼルクさんが、私達に視線を向ける。
傍に寄ると、男性が私を見て少し驚いた表情を見せた。
協力者が子供だったから驚いたのかな?
「こんにちは」
「こんにちは」
男性に挨拶を返すと、3人を見比べる。
みんな同じ黒い短髪で、顔もよく似ている。
年齢差があるようだから、親子なのかもしれないな。
「協力してくれるドルイドと彼の娘のアイビーです」
「「よろしくお願いします」」
セイゼルクさんが紹介してくれたので、彼らに向かって小さく頭を下げる。
「トースの巣を見つけるのは、かなり大変らしいんだ。だから協力してくれて感謝する。ありがとう」
あれ?
これで終わり?
まさか、会いたいと言った理由が、ただ感謝を伝えるためだけだったの?
お父さんを見ると、困った表情でセイゼルクさんを見ていた。
「あ~、もしかして話はそれだけなのか?」
「そうだけど」
セイゼルクさんの問いに、男性が不思議そうな表情をする。
「そうか」
本当に、これで終わりなんだ。




