1031話 まずは伝えよう
大通りに出ると、少し人が多いけど普通に歩く事が出来た。
「随分と人が減ったね。凄く歩きやすい」
「王都だから、これでも他のところより人は多いけどな」
確かに人は多いかな。
でも、戴冠式の前や戴冠式の日に比べれば、もの凄く歩きやすい。
だって、歩いていても人とぶつからないし押されないのがいい。
「そうだ、お父さん」
「どうした?」
お父さんが私を見る。
「隠れていたテイマー達が出てきた噂は、いつ頃に聞いたの? 私は全然知らなかった」
「王都に来たすぐに、冒険者の話が耳に入って来たんだ。それで本当なのか調べてもらったんだ」
「そうだったんだ」
「フォロンダ公爵には、どの村や町にいるのか、どんなスライムなのか調べてもらっているから。また情報が届いたら、今度は一緒に見ようか」
「うん。楽しみにしてるね」
商業ギルドに着くと、お父さんはギルド職員さんに、ふぁっくすが届いているかどうか尋ねた。
「ギルドカードの提示をお願いいたします」
「はい」
お父さんがマジックアイテムに商業ギルドのカードを載せると、後ろにある箱の1つに光が点滅した。
「ふぁっくすが届いておりますので、少々お待ちください」
ギルド職員さんが持って来てくれたふぁっくすを確かめる。
オグト隊長さんとボロルダさんからだ。
あっ、お爺ちゃんからも届いている。
「お間違いないでしょうか?」
「はい、ありがとう。アイビーも大丈夫か?」
お父さんが私に視線を向ける。
「うん、ありがとうございました」
ギルド職員さんに小さく頭を下げると、ふぁっくすを持って商業ギルド内を見渡す。
「奥に自由に使える個室があるみたいだ。すぐに返事をする必要がないかだけ確かめようか」
「うん」
お父さんと一緒に、テーブルと椅子が置かれた個室に入る。
「お父さんは誰から届いていたの?」
「父さんと母さんからだ。父さんの方は町や店の様子について書いてある。母さんは、孫の可愛さについて……だけみたいだ」
お父さんはお婆ちゃんから届いたふぁっくすを読むと、小さく笑った。
「本当に孫の事ばかりだ。少しは他の家族の事も書いて欲しいんだけど。まぁ、伝える事がないという事は元気だという事だろう」
「きっとそうだね」
「アイビーは、誰からのふぁっくすが届いていたんだ?」
「ボロルダさんとオグト隊長さん。あとお爺ちゃんからも届いているよ」
お爺ちゃんのふぁっくすは、孫が生まれ、毎日賑やかに過ごしていると書いてある。
お婆ちゃんは、孫が生まれて今まで以上に忙しくなっているようで、お爺ちゃんが少し心配している。
それから、お父さんのお兄さん達は、もともと奥さんたちの方が強かったけれど、子供が生まれてからは、さらに頭が上がらなくなったらしい。
「お父さん、お爺ちゃんのふぁっくすを読む? 書いてある内容が違うみたいだから」
「いいのか?」
「うん」
お父さんにお爺ちゃんのふぁっくすを渡す。
お父さんは、お爺ちゃんからのふぁっくすを読み、嬉しそうに微笑んだ。
その様子を見ながら、ボロルダさんからのふぁっくすを読む。
「それは?」
「ボロルダさんから。彼等は、相変わらず仕事で忙しいみたい。あっ、マールリークさんと付き合っている恋人の妊娠が分かって、慌てて結婚したんだって。今は生まれて来る子供のために、色々と買っては「買い過ぎだ」と奥さんに怒られているみたい。リックベルトさんもロークリークさんも元気だって書いてある」
「皆、元気で良かったな」
「うん」
マールリークさんがお父さんになるのか。
きっといいお父さんになるだろうな。
「次はオグト隊長さんだ」
オグト隊長さんのふぁっくすには、毎日元気に書類仕事から逃げていると書かれていた。
「オグト隊長さんも相変わらずだな」
「んっ?」
不思議そうに私を見るお父さん。
「書類仕事から逃げても、結局ヴェリヴェラ副隊長に捕まってしまうみたい。次こそは逃げ切ってみせるって言ってるけど、絶対に無理だと思うな」
「楽しそうだな」
「うん、オグト隊長は楽しんでいると思う。ヴェリヴェラ副隊長も、ある程度は楽しんでいると思うよ。でも書類が溜まり過ぎたり、面倒な仕事を押しつけられたら本気で怒るんだと思う」
この二人は、ずっとこの関係なんだろうな。
あっ、お姉ちゃんの事が書いてある。
毎日、仕事を頑張っているんだね。
ふふっ、オグト隊長さんの捜索に駆り出されているんだ。
大変そう。
「お姉ちゃんに、ふぁっくすを送ろうかな」
「無理をする必要はないぞ」
お父さんが心配そうに私を見る。
「うん。でもお姉ちゃんは、反省しているみたいだから」
私はラトミ村から逃げたことで、たくさんの人と出会い、さまざまな考え方に触れることができた。
そして、私の生まれたラトミ村が、とても閉鎖的な場所だったという事に気付いた。
しかも、私の家族はその中でも特に偏った考え方を持っていたと思う。
むしろ、教会の偏った考え方に染まっていたと言えるかもしれない。
そのせいで、私は家族という輪から追い出された。
でも、そのおかげで私はあの村から逃げることができたと言えるかもしれない。
でも逃げられたのは、私に前世の記憶があったからだ。
その記憶があったからこそ、私は家族の考え方に違和感を覚え、逃げるという選択肢を持てた。
もし前世の記憶がなかったら、家族に縋りついたかもしれない。
お姉ちゃんは、あの村や家族の偏った考え方の中で育った。
私のように、それに違和感を覚えることもなく。
だから、お姉ちゃんの私への態度も、仕方がなかったのかもしれない。
この世界には、さまざまな考え方があることを知らずに育ったのだから。
「反省して、今凄く頑張っているみたい。だから、もういいかなって思って」
今は、会いたいという気持ちはまだない。
でも、元気でいることは、伝えてもいいと思う。
お姉ちゃんも、あの閉鎖的な世界から抜け出すために頑張ったのだから。
「そうか。アイビーが決めた事なら、俺は応援する」
「ありがとう」
すべてのふぁっくすを読み終え、ギルド職員にふぁっくす用紙をもらってから、商業ギルドを出る。
「今まで人が多過ぎてゆっくり店を見られなかったから、大通りの店を見て回ろうか」
お父さんの提案に、笑って頷く。
「うん、そうしよう。まずは甘味の店だね」
そういえば、マジックバッグにしまってある甘味がなくなりかけていたな。
気になった物があったら買おう。
「そうだな。屋台も見て回ろう」
「うん」
お父さんと大通りに並ぶ店を順番に見ていく。
途中で気になった甘味を買ったり、屋台から漂う串肉の香りに誘われてつい食べたりしながら、王都を満喫する。
「あれ? アイビー?」
お父さんと薄い飴で覆われている果物を食べていると、ラットルアさんの声が聞こえた。
視線を向けると、ラットルアさんだけではなく、セイゼルクさん達もいた。
「用事は終わったのか?」
「うん。その飴は、うまいのか?」
お父さんの質問にラットルアさんは頷きながら、私が食べている物を指す。
「果物の酸味と飴の甘味があっていておいしいよ」
「気になっていたんだよな。俺も買ってこよう」
ラットルアさんはそう言うと、飴を売っている店に入って行く。
「依頼主に協力者のことを伝えてもらい、問題がなければ手続きを終わらせるように伝えてきた。たぶん、数日で手続きは終わるはずだ」
セイゼルクさんが、お父さんを見る。
「分かった。手続きが終わったら、トースの巣を探しに行く日を教えてくれ」
「了解」
トースの巣か。
どんな巣なのか、楽しみだな。




