1027話 一緒に
弓を構え、的を狙って矢を放つ。
バスッ。
的から20㎝ぐらい右か。
次の矢を準備して弓を構え、的を狙う。
さっきより少し左に向かって矢を放つ。
バスッ。
今度は少し左に逸れた。
「惜しい。あと少しで的に当たるな」
えっ?
振り返るとお父さんがいた。
集中していたから気付かなかったみたい。
「おはよう。二日酔いは大丈夫?」
私を見て微笑むお父さん。
「おはよう。昨日はそれほど飲んでいないから大丈夫だ」
「そうなの? でも、昨日買ったお酒は全てなくなっていたよね?」
朝、食堂に行ったら、セイゼルクさん達がテーブルに突っ伏した状態で寝ていた。
そして彼らの足元には、空になった瓶が大量に並んでいた。
数を数えたら、購入した全てのお酒が空になっていた。
「そうなのか?」
「うん。あれ? 食堂に行っていないの?」
朝ごはんを食べていないのかな?
「さすがに昨日は食べ過ぎたから、朝ごはんはいらないよ。アイビーは、しっかり食べたか?」
あぁ、お酒もすごい量だったけど、料理もたくさんあったからね。
「うん、食べたよ。それに今日は、ドールさんが庭の見える場所に朝ごはんを用意してくれたの」
「食堂は酒臭かったんだろう」
「うん。入って驚いた」
食堂に入るのを少し迷ったくらいだからね。
「皆、大丈夫かな?」
テーブルに寝ていたセイゼルクさん達を思い出す。
「大丈夫だろ。二日酔いぐらい覚悟して飲んでいる筈だ」
大人になると、二日酔いを覚悟で大量に飲むの?
それって楽しいのかな?
「ソラ達は?」
「あそこで寝てるよ」
訓練室の隅を指すと、お父さんが視線を向ける
「昨日の疲れか?」
お父さんが私を見る。
「そうだと思う。昨日は夜中まで走り回っていたから」
私の言葉に、お父さんが笑った。
「あれは驚いたよな。まさかランカと一緒に、豪邸の中を追いかけっこするとは思わなかった」
「うん、驚いた。というか、何か壊しそうでドキドキした」
ランカさんも凄いよね。
お酒を飲んで酔っていたのに、豪邸中をソラ達と走り回るんだから。
「そうだ。リーダーを決める時に殺傷沙汰になるのは本当なの? これまでずっと一緒に苦労してきた仲間なのに?」
昨日「殺傷沙汰になる事もある」とお父さんが言った時に、気になったんだよね。
「信頼し合っているチームだったら、ほとんどは大丈夫だ。でも稼げるからと集まっているチームやチーム内で格差があったりすると揉める事が多い。そして信頼し合っているチームの方が少ないんだ」
「えっ。そうなんだ、知らなかった」
信頼しているからチームを組むんだと思っていた。
「多くのチームは、稼ぐために集まったチームだ。もちろん長くチームを組む事で信頼も生まれる。だから、稼ぐために集まったのだとしても悪い事だとは思わない。でも、ずっとそれだけでつながっているチームだと、リーダーを決める時には揉めるんだよ」
「信頼し合っているチームでも揉める事があるの?」
さっきお父さんは「ほとんど」と言った。
つまり揉める事があるって事だよね?
「うん、あるな。特に誰にも相談せずに、次のリーダーを他から連れて来た時は揉める」
あっ、それって昨日のセイゼルクさんだ。
だからお父さんは、聞いたのかな?
「おっはよう~」
大きな声に、体がビクッと反応する。
「ごめん、驚かせちゃった?」
元気に訓練室に入って来たランカさんを見る。
「おはよう、入って来る時はもう少し静かに頼む。二日酔いは大丈夫なのか?」
「大丈夫よ」
ランカさんはお父さんを見て、笑顔で頷いた。
確かに二日酔いで苦しんでいるようには見えない。
「セイゼルク達は、頭を抱えていたわ。まったく、自分の限界くらいちゃんと分かっていないから、苦しい思いをするのよ」
「いや、ランカが一番飲んでいなかったか? それに、セイゼルク達に酒を飲むように煽っていたよな?」
「ふふっ。昔と変わらず、ちょっと煽ると飲むんだから」
楽しそうに笑うランカさんに、お父さんが苦笑する。
「そういえば、その大剣を使っているところを見た事がある、強いんだな」
ランカさんが背負っている大剣を、お父さんが見る。
「か弱い女性に強いだなんて」
か弱い?
「あら、アイビー。どうしてそんな表情をするのかしら?」
「いえ、か弱いってどういう意味だったかなって思って」
「ぷっ、あはははは」
お父さんが笑い、ランカさんも少し驚いた表情をしたあとで笑い出した。
あれ?
笑われるような事を言ったかな?
「アイビーは可愛いわね。それより朝早くから、えっと、弓の練習?」
ランカさんが私の持っている弓を見る。
「はい。まだまだ力不足だから特訓中です」
「そう」
ランカさんがチラッと的のほうを見る。
「ランカは、ここに用事でもあったのか?」
「アイビーとドルイドが此処にいると聞いたから来たの。ドルイドに手合わせをお願いしようと思って」
「俺?」
ランカさんの言葉に首を傾げるお父さん。
「そう、ドルイドは強いと聞いたわ。だから、手合わせをお願いできないかしら?」
「分かった。ちょうど試したいマジックアイテムもあるしな」
あっ、昨日の帰りに取りに行った盾のマジックアイテムだ。
「それ、役に立つの?」
不思議そうな表情で、お父さんが手に持つ盾のマジックアイテムを見るランカさん。
「あぁ、俺には必要な物だ。それに、ちょっと特別仕様にしてもらったしな」
お父さんとランカさんが訓練室の真ん中に立つ。
そしてランカさんは大剣を、お父さんは盾のマジックアイテムを装着し、ソラの作った剣を構えた。
「始め」
私の合図で一気に間合いを詰めるランカさん。
お父さんはそれを正面から剣で受け止める。
訓練室に響く剣のぶつかる音。
どちらも引かず、かなりの接戦になっているのが分かる。
「凄いな」
隣を見るとシファルさんがいた。
「おはよう」
「おはよう、シファルさん。二日酔いは大丈夫?」
「大丈夫とは言えないかな、さすがに少し飲み過ぎた。二日酔いに効く薬草水が効かなくなるほど飲んだのは、久しぶりだ」
前にもあったんだ。
「それにしても、ランカもドルイドも強いな」
剣と大剣がぶつかり合う様子を見て、感心したように頷くシファルさん。
「ランカさんは強いね」
「うん、セイゼルクより強いと思うぞ」
えっ、そうなの?
「「あっ」」
ランカさんの大剣が、お父さんの右側に振り落とされた瞬間、盾のマジックアイテムがお父さんを守った。
「うわっ、えっ? 今の何?」
ランカさんの驚いた声が訓練室に響く。
「どうなっているんだ?」
シファルさんも驚いた表情で、お父さんを見る。
お父さんは、盾のマジックアイテムを着けたのに作動させていなかった。
でも、大剣が振り下ろされた瞬間に盾が現れた。
「はい、おしまい」
お父さんの剣が、ランカさんの首元を狙う。
ランカさんは悔しそうな表情をすると、両手を上げた。
「負けました。あっ、盾が戻ってる」
ランカさんがお父さんの傍に寄って、盾のマジックアイテムを見る。
「どうして? このマジックアイテムは、ボタンでしか作動しない筈なのに」
「腕の動きで作動するように、改良してもらったんだ」
お父さんの説明にランカさんが眉間に皺を寄せる。
「この盾のマジックアイテムは、使いやすくなるように多くの者が改良に挑戦したのよ。でも、改良し過ぎると作動しなくなるから、皆が諦めてしまったの。それなのに、どうして作動したの?」
そうなんだ。
「それは、SSSレベルの魔石を使ったんだ」
「えっ?」
ランカさんの目が大きく見開かれる。
フレムが作ったSSSレベルの魔石を使ったのか。
「レベルの高い魔石は、マジックアイテムの性能を良くする。だから、盾のマジックアイテムに使ってみたんだ。挑戦だったけど上手くいって良かったよ」
「SSSレベルの魔石を使ったの?」
ランカさんがお父さんの肩を掴む。
「あぁ、さすがSSSレベルだよな」
「ビリッと来たのも、魔石のせい?」
お父さんがランカさんを見る。
「ビリッ?」
「うん。盾に大剣が当たった時に、電気が流れたんだけど」
「それは知らない。もしかしたら、分かっていない機能があるのかもしれないな」
お父さんが、盾のマジックアイテムを楽しそうに眺める。
「SSSレベルの魔石を挑戦で使える者なんて、ドルイドくらいだろうな」
シファルさんの呟きに、私も頷く。
「あっ、アイビーなら使えるか」
シファルさんの質問に、首を横に振る。
「怖くて無理」
あんな高価な魔石を簡単には使えない。
「あら、シファルじゃない。おはよう」
「おはよう。朝から元気だな」
ランカさんに手を上げるシファルさん。
「あっ、シファルも手合わ――」
「遠慮をしておくよ。今日は絶対に無理」
ランカさんの言葉を遮り、拒否するシファルさん。
「残念。でも、これからはいつでも手合わせ出来るからいいわ。ドルイドもまたお願いね」
「分かった」
「そういえば、これから一緒に行動するのよね?」
ランカさんが、お父さんと私を見る。
そういえば、シファルさん達と一緒に捨てられた大地に行こうと言っていた。
ランカさんは、一緒に行ってくれるのかな?
「あれ? 違うの? 昨日の夜、そう聞いたんだけど。ただ、詳しい内容は教えてくれなかったのよね」
「俺達は捨てられた大地に行こうと思っている」
お父さんの言葉に、楽しそうな表情を見せるランカさん。
「そうなの? それは楽しそうね」
「ランカさんは、一緒に行ってくれるの?」
危険な場所だけど。
「もちろんよ。新しい所に挑戦なんて、ワクワクするじゃない! でも、今の状態では色々と不安ね。情報を集めて、何があっても対処できるように準備をしないと」
ランカさんは、お父さんと私を見て笑う。
「まず情報を集めるわ。そして、準備にどれくらいかかるかも計算する。その間にアイビーは、頑張って弓を上達させてね。あとは、持っていく物も考えないと。ん~、楽しくなりそう」
セイゼルクさんがランカさんをリーダーにした理由が、なんとなく分かった。
「楽しみね」
楽しそうなランカさんに釣られて笑顔で頷く。
よしっ、捨てられた大地に行くまでに絶対に弓を上達させよう。




