1024話 冒険者ギルドへ
「この魔物は?」
セイゼルクさんが、魔物を見て首を傾げる。
「牙の大きさや顔つきからすると、チジカだと思うんだけど。チジカって王都周辺にいる魔物だったっけ?」
シファルさんは魔物を簡単に調べると、セイゼルクさんを見る。
チジカ?
あっ、お父さんと出会ったオール町で暴れていた魔物だ。
「王都の周辺にはいなかったと思うが」
セイゼルクさんが考え込むと、お父さんが魔物に近付く。
「チジカで間違いないと思う。俺が拠点にしていたオール町の周辺でよく見た魔物だ」
「あぁ、あの辺りに住む魔物か」
セイゼルクさんが、空のマジックバッグを出すとシファルさんに渡す。
「とりあえず、これを冒険者ギルドに持っていって調べてもらおう。野兎の件もあるし、調べてもらったほうが安心して食える」
「そうだな」
マジックバッグを受け取ったシファルさんは、ヌーガさんとお父さんを見る。
「大きいから、手伝ってくれ」
「「分かった」」
魔物をマジックバッグに入れると、セイゼルクさんが周りを見る。
「やっぱり、少し変だな」
「えっ?」
セイゼルクさんの視線を追うと、野兎がこちらを見ていた。
「逃げなかったんだね」
セイゼルクさん達は、剣に魔力を流して戦っていた。
その魔力を察知すると、弱い魔物や動物は必ず姿を隠す筈なのに。
「調べる為に、1匹狩るか?」
ヌーガさんが、一番近くにいる野兎を見る。
「それがいいかもしれないな」
セイゼルクさんが頷くと、シファルさんが私を見る。
「アイビー、狙いやすい野兎を狩ってみようか」
「えっ。私が?」
「そう。頑張って」
シファルさんはそういうけど、いいのかな?
セイゼルクさんを見ると「頑張れ」と、応援された。
「うん」
一番傍にいる野兎を狩る為、数歩右に移動すると矢を構える。
「アイビー、矢を放つ瞬間、ほんの少し体が後ろにのけぞっているみたいだから注意して」
そうなんだ、気付かなかった。
「はい」
弦を引き、狙いを定め、体の動きに注意して矢を放つ。
ズサッ。
「あぁ~」
逃げる野兎の姿に力が抜ける。
「ほんの少し左にずれたな。でもあと少しだ」
お父さんが私の肩を軽くポンと叩く。
「うん」
シファルさんの注意で分かった。
本当に少しだけど、矢を放つ時に体が動いている。
これからは、それに注意しなければ。
そういえば、シファルさんが私の動きに気付いたのは、チジカに向かって矢を放った時だよね?
練習の時に気付いていたら、教えてくれる筈だから。
シファルさんもチジカに向かって矢を構えていたのに、私の少しの動きに気付くなんて凄いな。
「山を下りながら、野兎を狩ろうか」
セイゼルクさんは、地面に刺さった矢を回収すると私に差し出した。
「ありがとう」
皆で山を下りながら、野兎を探す。
「いた」
お父さんの指すほうを見ると、確かに2匹の野兎がいた。
「少し遠いな。もう少し近くにいる野兎のほうがいいだろう」
「そうか。あっ」
シファルさんの指摘に、お父さんが別の場所を指す。
「えっ?」
見ると、確かに野兎がいた。
「あの野兎の気配を感じるか?」
セイゼルクさんが、野兎を指して私達を見る。
「いや、かなり傍にいるのに全く感じない」
ラットルアさんが、険しい表情で野兎を見る。
「アイビー、頼む」
セイゼルクさんが私を見る。
「また、外れるかもしれない」
今から狙う野兎は、他の野兎と少し違うみたい。
だから、確実に狩れる人に任せたほうがいいと思う。
「大丈夫。花山には沢山の野兎がいるみたいだから」
セイゼルクさんが私を見る。
「アイビー、次は当たるよ」
セイゼルクさんとシファルさんの言葉に、深呼吸をする。
そして気配を感じない野兎に向かって矢を構える。
ジッとしている野兎に狙いを定め、体の動きに注意して……矢を放つ。
グサッ。
「あっ……当たった」
凄く緊張した~。
「おめでとう」
私はお父さんを見て、笑った。
「ありがとう」
「ぷっ~」
「りゅ~」
「ぺふっ」
「にゃっ!」
えっ?
ソラ達を見ると、皆が楽しそうに揺れている。
「ソラ達は、アイビーが矢を構えると動きを止めて……見守っている感じだったな」
お父さんの言葉に、ラットルアさんが頷く。
「そうそう。あれは、見守っているみたいに見えたな」
二人の言葉に、皆が私を見守っている姿を想像する。
「皆、ありがとう」
「ぷっぷぷ~」
「てっりゅりゅ~」
「ぺふっ」
「にゃうん」
満足そうに鳴く皆に、お父さんとラットルアさんが笑う。
「野兎も確保出来たし、帰るぞ」
セイゼルクさんが、私達に手を振る。
「「「は~い」」」
「ぷぷ~」
「てりゅ~」
「ぺふっ」
「にゃうん」
賑やかに鳴くソラ達を見る。
「さっきまで静かだったのは、狩りの邪魔をしない為か」
お父さんが感心した様子で、ソラ達を見て呟く。
私は、ソラ達を順番に撫でるとお礼を言った。
山を下りて、王都に向かう。
「これが普通だよな」
セイゼルクさんが、逃げていく魔物を見る。
「シエルがいるからな」
シファルさんも、森を見回すと頷いた。
確かにあちこちで、私達から逃げていく魔物の気配がする。
やっぱり、花山の野兎が異常だったんだ。
王都に戻り、出る時は大変だった門を簡単に通る。
「入るのは簡単だったね」
「そうだな」
お父さんが、私をラットルアさんとお父さんの間に誘導する。
「もう、大丈夫だと思うけど」
人が減ったので、大通りも歩きやすくなったし。
「いや、まだ気をつけた方がいい」
お父さんの言葉にラットルアさんが頷く。
「予定外に金がなくなって、自暴自棄になる奴もいる」
「それは……頑張るしかないのにね」
犯罪奴隷になってしまったら、それこそ大変なのに。
「冒険者ギルドに行くけど、ドルイド達も一緒でいいか?」
セイゼルクさんがお父さんを見る。
「アイビーはどうする?」
「王都の冒険者ギルドを見てみたいな」
他の村や町の冒険者ギルドと違いがあるのか、少し興味がある。
「それなら一緒に行こうか」
セイゼルクさんが私を見て笑顔になると、冒険者ギルドに向かって歩き出した。
「ここが、冒険者ギルドだ」
セイゼルクさんが、冒険者ギルドの扉を開け中に入る。
「てめぇらは~、そこに座れ!」
「うわっ」
入ってすぐに聞こえて来た怒声に、体が跳ねる。
「何かあったのか?」
お父さんが警戒しながら、冒険者ギルド内を見渡す。
「あれだ」
シファルさんが呆れた表情で指したのは、3人の若い冒険者。
何故か彼等は床に座り、1人の女性に向かって頭を下げている。
「お前らの実力では無駄死にするから駄目だと、何度も、何度も注意したよね? 金が欲しい? 借金が出来た? そんな事は知らない! 今回は運よく、たまたま上位冒険者が通りかかったから助かった。でも、彼らがいなかったらお前らは魔物の腹の中よ! 分かっているの?」
あぁ、注意を無視して無謀な行動をしたのか。
ここまで激怒されている冒険者を見るのは初めてだけど、別の冒険者ギルドでも怒られている冒険者を見た事がある。
冒険者は危険な仕事だから、注意を守る事が大切なのに。
「「「すみませんでした~」」」
うわぁ、泣き声だ。
冒険者達を見ると、かなり大怪我をしたのだろう。
服は破れ、血に染まっている。
「はぁ、最後の仕事がお前達の後始末か。面倒くさい。ほら、立って。ギルマスに報告に行くわよ」
女性は数枚の書類を持つと、溜め息を吐いて冒険者ギルドの奥に向かった。
3人の冒険者は、そんな女性のあとをとぼとぼと付いて行く。
「あれは奥でも説教されるな」
「かなりきつくな」
お父さんとラットルアさんが笑って言うと、セイゼルクさん達も笑って頷く。
周りを見ると、他の冒険者達も笑っているが、どこか見守っているような視線を感じた。
「生きていて良かったな」
「全く、無茶をしよって」
「これからも、気をつけてやらないと駄目ね」
あちこちから聞こえる声に、笑みが浮かぶ。
王都の冒険者も、優しい人が多いみたい。




