108話 なぜかのんびり?
シエルには少しの間、姿を隠してもらう事になった。
その理由はアダンダラという魔物はとても珍しく、テイムしたと言う話を聞いたことがないためだ。
テイムの話が広がると、私がまた狙われる可能性が出てくるらしい。
シエルがいるため力業は出来ないが、弱点を突くなど方法はいくらでもあるからと言われた。
人というものは恐ろしい。
「シエル、彼らを引き渡したら戻ってくるから待っていてくれる?」
私の言葉にグルッと鳴くと、すぐに森の何処かへ走り去る。
その速さは、いつ見てもすごい。
「すごいな~。そう言えばシエルってまだかなり若いね」
「そうですか? 私にはちょっと分かりませんが」
「ん~たぶん? アダンダラについては、あまり詳しく知られていないんだよ」
ラットルアさんが何かを思い出しながら首を捻る。
そう言えば、本の内容も他の魔物より少なかったかな。
姿や毛色、食べる物などの情報はあったけど、成長過程の事についてはほとんど何も書かれていなかった。
「若いアダンダラは珍しいよ。親元を離れるのは生まれてから10年後とも言われているんだ」
親元で10年。
魔物ではかなり珍しいな。
シエルは若いって言ったけど10年以上たっているのかな?
「でも、あの子はもっと若いね。おそらく2、3年かな? それを考えると排除された子供かもしれない」
シファルさんが思案顔でシエルが走り去った方を眺める。
「……排除された子供って何ですか?」
とても嫌な言葉だ。
「アダンダラは強い子供だけを育てる魔物なんだ。弱いと判断したら群れから追い出される。その時に親に殺される子も多いらしいよ」
シファルさんの言葉に一瞬息が止まる。
シエルと出会った時の状況を思い出したからだ。
あの時シエルは瀕死の状態だった。
強いはずのアダンダラが何に狙われたのか、ずっと気になっていたけれど。
まさか親に?
「ひどいな」
ラットルアさんの言葉に頷く。
「まぁ、俺達の視点から見ればそうなるが、魔物の世界は弱肉強食だ。強い子供を残していかなければ、種として生き残れないのかもしれないぞ」
強い子供、それは人間の世界でも同じだ。
星なしという弱者は斬り捨てられたのだから。
シエルと私は似た者同士なのかな?
「ぷっぷ~」
「んっ?」
「えっ?」
ソラの鳴き声に、ラットルアさんとシファルさんがソラを凝視する。
それに首を傾げる。
「あっ!」
そう言えば、ソラが鳴くことは言っていないかも。
だって、スライムは鳴くモノだと思っていたから。
でも、もしかしてスライムって鳴かないの?
この2人の反応を見ていると、どうもそんな気がしてくる。
「ソラって本当に特別だよな」
シファルさんが何かに納得するように頷くと、ラットルアさんも頷いている。
ソラだけは、ピョンピョンと跳ねて楽しそうだ。
「準備が出来た、ソラをしばらく隠してくれ……どうした?」
ボロルダさんが、何か感じとったのか少し戸惑っている。
ソラが鳴くことを話した方がいいのかな?
「なんでもないよ。奴らは目を覚ましたのか?」
シファルさんは言う気はないらしい。
なんでだろう?
不思議に思いながら、ソラをバッグに隠す。
見た目が特殊なので、ソラの事も隠した方がいいと言われたのだ。
「ヌーガが起こしている。気を失った状態で連れて行くのは面倒だからな」
少し離れたところから、ぐぇっと言う声が数回聞こえる。
ヌーガさんの起こし方は、少し過激らしい。
さっき、シエルに飛ばされた人は大丈夫かな?
シエルにやられ、ヌーガさんにやられ。
しばらくすると、少しふらついている4人の男性がこちらに来る。
背中に腕を回して縛られているので、逃げる事は出来ないと判断されたのか腰ひもで繋がれてはいない。
彼らは異様に周りを気にして、びくびくしている。
何なんだろう?
「おい、早く動け」
ヌーガさんの言葉に、男性の1人が体をビクつかせる。
冒険者の中にいると、少し違和感を感じる男性だ。
「まさかお前が組織に関わっているとは」
シファルさんが、その男性に話しかける。
が、男性は視線が合わないように必死に顔を背けている。
知り合いなのかな?
「あいつ、奴隷商の家の長男だよ」
「奴隷商?」
「んっ? あっ、正規の奴隷商の事だから。裏じゃないからな」
なるほど。
正規の奴隷商の長男なのか。
だから冒険者とは違う雰囲気を持っていたわけか。
でも長男が危険な橋を渡るかな?
何も問題がなければ、家を確実に継ぐ存在だ。
もしかして、組織に加担しているのは家ぐるみ?
それなら長男が動いていても違和感はない。
問題が起きたときというのは、手を広める機会でもある。
男性をじっと見つめていると、隣を歩いていたシファルさんから微かに笑い声が聞こえた。
「えっと、何ですか?」
「いや、もしかしたら俺と同じ事を考えているのかなって思って」
「……組織に加担しているのは家ぐるみって事ですか?」
「やっぱり考えたか。でも、どうして?」
「家にとって、長男、長女は特別な存在だと聞いたことがありますから」
「フフ、目を付けるところも同じだね。考え方が俺達は似ているのかも知れないね?」
シファルさんと同じ。
うれしくて、自然と笑顔になる。
「考え方が似ていると言って、うれしそうな顔されたのは初めてだな。なんだか新鮮だ」
「シファルと考え方が似ているなんて、なんて恐ろしい」
リックベルトさんがぶるっと体を震わせている。
彼はどうしてこう一言が多いのだろう。
ほら。
「リックベルト、あとでゆっくりと話をしようね」
「ひっ!」
あれは自業自得だよね。
って、どうして捕まっている彼らもビクついているんだろう?
「はぁ~、シファルもそれぐらいにしておけ。ほら、移動するぞ」
それぐらい?
何の事?
……もしかして、殺気でも飛ばしていたのかな?
上位冒険者になると、殺気を自由に向けられるって聞いた。
本当ならすごいって思ったけど、そうなのかな?
やっぱりシファルさんってすごい人だな。
「アイビーってシファルが好きだよな」
ラットルアさんが不思議そうに言う。
そうかな?
首を傾げるが、確かに好きなので大きく頷く。
確かにシファルさんの考え方とか行動とか好きだ。
「うれしい~」
シファルさんに頭を優しく撫でられる。
それに、口元がほころぶ。
「子供に好かれるって珍しいよな」
ヌーガさんが、不思議そうな表情で私とシファルさんを交互に見ている。
「確かに、大概怖がられるもんな」
「怖がられる? シファルさんはとても優しいですよ」
私の言葉にボロルダさんとリックベルトさんの顔が引きつる。
ヌーガさんとラットルアさんは苦笑いだ。
私の足の速さに合わせたので、ゆっくりとした歩きだ。
その為、少し時間をかけて町に戻って来る事になった。
私たちの姿を見た途端、門番達が慌てだした。
その内の1人が、こちらに向かって走り寄ってくる。
何かあったのかな?
「お疲れ~。アイビーは無事だったよ」
「よかったです。副団長から何度となく問い合わせがきていて、困っていたのです」
副団長さんが?
あまり話したことはなかったけど、私に用事でもあるのかな?
「アイビーって癖のある人間に好かれるよな」
リックベルトさんからまた一言が。
シファルさんがちらりと視線を向けると、顔色を悪くしていた。
ボロルダさんはあきれ顔だ。
「リックベルトさんはシファルさんに苛められたいのかな?」
「ぶふっ」
隣にいたラットルアさんが、いきなり吹きだした。
慌てて隣を見ると、私から視線をずらして笑いを堪えているようだ。
……もしかして、先ほど頭によぎった言葉を声に出してしまったのだろうか?
「決してリックベルトさんを異常な性癖だとは言ってませんからね!」
慌てて弁解するが、少し声が大きかった。
「えっ、ちょっとアイビー、どういう事? 俺の性癖?」
自警団員達に捕まえた人達を引き渡していたリックベルトさんが、慌てた声で叫んでいる。
ラットルアさんもシファルさんも、声を出して笑い出した。
ヌーガさんも肩を震わせて笑っている。
……楽しそうで何よりです!




