1023話 花山での狩り
「どんな魔物がいるの?」
山を登りながらお父さんに聞く。
「王都で仕事をするようになった時に、注意をしなければならない魔物の話を聞いたな」
ガサッという音に視線を向けると野兎がいた。
「注意が必要な魔物なの?」
「あぁ、人が近付くと死んでしまう魔物がいるらしい」
「えっ?」
近付くだけで死ぬ?
「攻撃もしていないのに?」
「そう。その死に方が危険だから、見かけたらすぐに逃げるように注意を受けたんだ。そういえば今回は、誰もそれについて注意をしないな。もしかして魔物がいなくなったのか?」
お父さんが振り返ってラットルアさんを見る。
「その魔物だったら、既に滅んだと言われているよ。最後に目撃されたのが、10年ぐらい前だったかな?」
「あぁ、10年ぐらい前が最後だ。その魔物の住処だった場所に別の魔物が住み始めたから、滅んだ可能性が高いと言われ、注意はしなくなったみたいだ」
セイゼルクさんの説明を聞きながら、木々の揺れる音に視線を向けると野兎の姿が見えた。
「危険な死に方って、どんな死に方だったの?」
私の質問にお父さん達が少し黙り込む。
それに首を傾げると、前を歩いているセイゼルクさんが振り返った。
「爆発するんだよ。その威力が結構凄くて、近くにいた者を巻き込むんだ」
「爆発?」
見かけたらすぐに逃げるように注意したのは、巻き込まれない為か。
それにしても、攻撃もしていないのに爆発するのはどうしてだろう?
「少し不気味な魔物だと思わないか?」
シファルさんの質問に頷く。
「うん」
「この魔物に付いては、今も研究が続けられていると思うよ。魔物として、ありえない行動だから」
動物や魔物は、どんな状態でもい生き延びようとすると聞いた。
だから、爆発して死んでしまうなんておかしいよね。
ガサガサ。
木々の揺れが野兎のときより大きかったので、何かいるのかと期待して視線を向ける。
でも見えたのは、野兎よりも小さな野ネズミだった。
「なんだ、野ネズミか」
「ぷっぷぷ~」
「てっりゅりゅ~」
「ぺふっ」
シファルさんの残念そうな声に、なぜかソラ達も同じように鳴く。
そんな彼らを見て、セイゼルクさんが笑う。
「そう簡単に大物は見つからないと分かっているだろう?」
「分かっているけど、期待はしてしまう」
シファルさんの言葉に頷いて、野ネズミを見る。
「あれ? 王都に野ネズミはいないと聞いたような……そういえば野兎もいないって」
お父さんを見る。
「あぁ、そうだった。森にいるのは当たり前だったから、自分で言った事なのに忘れていたな。俺が王都にいた時は、まだ野ネズミも野兎もいなかった。なんでいるんだ?」
「ここ2、3年の間に急激に増えたらしい」
「急激に?」
セイゼルクさんの説明にお父さんが首を傾げる。
「あぁ、元々王都に野ネズミや野兎がいなかったのは、王都周辺に強い魔物が集まりやすかった事が原因だったそうだ」
「確かに強い魔物がいたら、弱い魔物や動物はいなくなるな」
そうだね。
お父さんの言葉に頷く。
「お父さんは、いない原因を調べなかったの?」
「全く興味がなかったから」
そうか。
それなら仕方がないね。
「それが、10年ほど前から強い魔物があまり姿を見せなくなったらしい。それで徐々に増えて、ここ2、3年で急増したみたいだ」
セイゼルクさんの説明を聞きながら、木々の間から姿を見せた野ネズミに視線を向ける。
「花山もかなり増えているな。以前はここまでいなかったと思うけど」
シファルさんが少し険しい表情をする。
「少し増えすぎかもしれないな」
セイゼルクさんは、私達の前に飛び出した野兎を見て足を止めた。
「こいつ、人に対する警戒心が薄くないか?」
お父さんが、逃げる事なく私達を見ている野兎に視線を向ける。
「逃げないな」
シファルさんも不思議そうに、野兎を見る。
「ぎっ」
セイゼルクさんが野兎に向かって1歩進むと、威嚇するように鳴いた。
そして、鼻をぴくぴくさせると木々の間に隠れた。
「警戒心が全くないという訳ではないみたいだな」
お父さんが、野兎が隠れた木々を見る。
「おかしいと思わないか? 人の気配に、野兎も野ネズミも普通は逃げるのに、花山のは近付いて来る。俺達の傍には、シエルもいるんだぞ」
ヌーガさんの言うとおりだ。
シエルがいるのに、野兎も野ネズミも姿を見せた。
「野兎と野ネズミの様子は、冒険者ギルドに報告した方がいいだろうな。ところで、どうする? このまま大物を狙って森の奥に行くか? それとも魔物の様子がおかしいと、ここまでにするか?」
セイゼルクさんが、私達を見る。
「俺としては、ここまで来たんだから大きな魔物を狩りたいんだけどな」
シファルさんの言葉に、ヌーガさんが「賛成」と手を上げる。
それに私も手を上げた。
「狩った魔物を、冒険者ギルドで調べてもらえばいいだろう」
お父さんがセイゼルクさんを見る。
「そうだな。それが確実か」
「といっても、野兎と野ネズミ以外の魔物が見つからないんだけどな」
ラットルアさんが周りを見ながら言う。
「そうなんだよな。気配も感じないし、何処にいるんだ?」
セイゼルクさんも周りを見る。
「にゃうん」
シエルの鳴き声に視線を向けると、隣の山を見ていた。
「もしかして、あっちの山?」
「にゃうん」
シエルの返事にセイゼルクさんが肩を落とす。
「あっちの山だったのか」
「行こう。ここでのんびりしていたら、遅くなる」
シファルさんが、セイゼルクさんの肩を叩く。
「そうだな。あっちの山は少し険しいから、足元に注意してくれ」
セイゼルクさんが私を見るので頷く。
「分かった」
すぐに移動を始めて、隣の山に入る。
セイゼルクさんが言うとおり、岩がゴツゴツ出っ張っていて、足場がかなり悪い。
「歩きにくいな。大丈夫か?」
「大丈夫」
お父さんが私を心配そうに見るので、笑って頷く。
「にゃうん」
シエルの小さな鳴き声に、全員の足が止まる。
「シエル。もしかして見つけたのか?」
セイゼルクさんの質問に、シエルの視線が動く。
「いた。大きな葉っぱが茂っている木の後ろだ」
ラットルアさんの指す方を見ると、確かに葉っぱに隠れて見えにくいけど魔物がいた。
ただ、葉っぱが魔物のほとんどを隠しているので、どんな魔物なのか分からない。
「俺とヌーガは左、ラットルアとドルイドは右。シファルとアイビーは上から狙ってくれ」
セイゼルクさんの指示に頷くと、すぐに太い枝を探す。
「アイビー、右側から近付いてくれ。その2本先の木がしっかりしているぞ」
「ありがとう」
シファルさんが教えてくれた木の枝に乗ると、次の枝に飛び移る。
ソラ達と一緒に静かに魔物に近付き、魔物の姿が見える枝に乗ると弓を構えた。
むわっとした温かい風が吹く。
と、魔物が周りをじろっと睨み威嚇するように太い脚を踏み鳴らした。
「気付かれた、行くぞ」
セイゼルクさんの声に、弓を放つ。
あ~、外した。
シファルさんの矢は、見事に魔物の足に当たったのか、魔物が大きな鳴き声を上げる。
そこをセイゼルクさん達が一気に間合いを詰め、急所目掛けて剣を刺した。
ゆっくり倒れる魔物。
「凄い早いね」
あっという間に狩りが終わり、お父さん達の強さを実感した。
「ぷっぷぷ~」
「てっりゅりゅ~」
「ぺふっ」
「私は、まだまだだね~」
「「「……」」」
ソラ達は私から視線を逸らした。
その反応に首を傾げる。
もしかして落ち込んでいると思っているのかな?
「大丈夫。落ち込んではいないから」
ポンと頭に何かが乗る。
見るとシエルの尻尾が私の頭を撫でていた。
いや、本当に大丈夫だよ。
自分の実力は分かっているから!




