1022話 狩りをしよう
ソラ達が遊び回っている様子を見ながらサンドイッチを食べる。
フォリーさんに教えてもらった少し酸味の効いたソースはさっぱりした味だから、いくつでも食べられてしまう。
「これは、危険だな」
セイゼルクさんが、私が食べているサンドイッチと同じ物を食べながら呟く。
「どうした?」
ラットルアさんが不思議そうな表情でセイゼルクさんを見る。
「後味がさっぱりしているから、いつもの倍は食えてしまう」
えっ、お腹がいっぱいになるから、倍は無理では?
「そのサンドイッチもか? こっちのおにぎりもこってりした味付けなのに、食べ終わるともう少し食べたいという気持ちになるんだよ。気付いたら、次のおにぎりに手が伸びている」
ヌーガさんがセイゼルクさんにおにぎりを見せる。
「待て、ヌーガ。そのおにぎり、あと少ししか残っていないじゃないか。俺はまだ食べていないぞ!」
「……いつの間にか消えたな」
ラットルアさんが、慌ててヌーガさんからカゴを取り上げる。
あのカゴの中には、おにぎりが20個は入っていた筈。
残りは6個。
ヌーガさんが1人で14個も食べたの?
あれ?
さっきはサンドイッチも食べていたし、肉料理も食べていたよね?
「少し食べ過ぎたな」
お腹をさすりながらヌーガさんが呟くと、セイゼルクさんも頷いた。
「それはそうだろう」
シファルさんが、呆れた表情で2人を見る。
「シファルだって、いつもより多く食べていないか?」
ヌーガさんがシファルさんの持っているお皿を見ると、彼は肩を竦めた。
「フォリーさんの味付けは絶妙だよね」
同じ調味料なのに、ちょっとした量の違いだけで食欲がこんなに増すなんて。
そうだ、料理をもっと教えて欲しいとお願いしてみようかな。
「よし、皆が食べ過ぎたみたいだから、動くか」
シファルさんがポンと手を叩く。
そして、傍で遊んでいるシエルに視線を向けた。
「シエル、ちょっと相談なんだけど」
「にゃうん?」
「魔物を狩りたいんだけど、どっち方面に行ったらいいかな?」
シファルさんの質問に、周りを見回すシエル。
そして、ある方向を見て鳴いた。
「あっちは……花山だな」
セイゼルクさんは地図を取り出すと、シエルが向いた方を調べる。
「花山?」
花が沢山咲く山なのかな?
「花山の肉はうまいよな」
えっ?
ヌーガさんの言葉に首を傾げる。
花山の肉?
もしかして魔物の名前?
「お父さん」
「どうした?」
「花山というのは魔物の名前なの?」
「あぁ、そういえば花山は、王都以外では知られていなかったな」
お父さんが正面にある山を指して私を見る。
「正面にある山と、右にある山。そこが花山と呼ばれている山だ」
「うん? 花山は魔物の名前なんだよね? 山の名前でもあるの?」
「山の名前であり、花山に住んでいる魔物の名前でもあるんだ。ちなみに魔物の種類は関係なく、あの山に住む魔物は全て花山魔物だ」
「そうなんだ。でも、どうして種類が違うのに花山魔物と呼ぶの?」
「花山に住む魔物は、他の所に住む魔物とは見た目が変わるんだよ」
山に住むだけで見た目が変わる?
「どうして?」
「俺が王都で冒険者をしていた頃は分かっていなかったけど、今はどうなんだ?」
お父さんがセイゼルクさんを見る。
「今も分かっていないぞ。魔力の流れが関係していると、よく言われているみたいだけどな」
分かっていないのか。
「そうだ、見た目が変わるってどう変わるの?」
「それは、見てからのお楽しみだ」
「えっ?」
お父さんが楽しそうに笑って言う。
セイゼルクさん達を見ても、教えてくれないみたい。
これは、見た目に何かあるんだ。
凄く気になる。
「そろそろ準備をしようか。そうだ、アイビー」
「はい?」
シファルさんを見ると、楽しそうに笑っている。
「見た目だけではなく、花山に住む魔物はうまくなるんだ。他の場所ではいまいちの魔物でも、あそこに住むとうまい肉に変わる」
うわぁ、それは……凄く気になる。
「最低、1匹は狩りたいね」
私の言葉に、全員が頷く。
「あっ、皆へのお土産にもなるね」
豪邸では、お世話になっているから。
そうだ、数匹狩れたらフォロンダ領主へ届けてもらうのもいいかもしれない。
空になったカゴや地面に敷いたゴザ、使ったコップ等を綺麗にしてマジックバッグに入れる。
「本当に全部食べたんだね」
料理を作った私としては嬉しい。
でも食べた量が多いから、休憩を入れたとはいえお腹が痛くなったりしないかな?
「大丈夫、大丈夫」
ラットルアさんが、私の肩をポンと叩く。
「食べた分は、今から動くから」
「あっ、違う」
「んっ?」
もしかして、食べ過ぎて太る心配をしていると思ったのかな?
「食べ過ぎて動いたら、お腹が痛くならない?」
「あぁ、そっちか。食べ過ぎによる腹痛は、青のポーションで治るから」
ポーションで治すんだ。
「経験があるのか?」
お父さんがラットルアさんを見る。
「ははっ、冒険者になりたての頃にな。魔物を狩ったはいいけど、マジックバッグを壊されてしまって。迷ったあげく、食えるだけ食おうとなったんだよ」
それは、魔物の大きさによるけど無謀では?
「魔物の種類は?」
「ガルガ」
けっこう大きな魔物だよね。
「馬鹿だろう」
お父さんが呆れた表情をすると、ラットルアさんが苦笑する。
「そう、馬鹿だった。食べ過ぎて気持ち悪くなるし、腹痛にはなるし。腹痛の方はポーションで治ったけど、気持ち悪さは治らなくて。しかも、翌日まで体調が悪かったんだよな。あれからは、マジックバッグの予備を多めに持ち歩くようになったよ」
ラットルアさんの話に笑ってしまう。
ラットルアさん達から、予備のマジックバッグを貰った事があった。
沢山あった理由が、まさか過去のそんな経験からだなんて。
「シファルさんとヌーガさんもお腹が痛くなったの?」
あの2人が、特にシファルさんが腹痛で苦しむ姿を思い浮かべられないんだけど。
「あぁ、その時はヌーガとは一緒だったけど、シファルとは別のチームだったんだよ」
「えっ? そうなの?」
驚いて声が上ずってしまった。
お父さんも驚いた表情でラットルアさんを見る。
「うん。でも、最初のチームは3年で解散。2人になった時に、セイゼルクから『炎の剣』に誘われたんだ」
「そうだったんだ」
「うん。それから今まで、ずっと一緒だ。ちなみに、一番食ったのはヌーガで、一番後悔したのもヌーガだからな」
ラットルアさんの説明に、ヌーガさんが咳ばらいをした。
「昔の事だ」
少し恥ずかしそうなヌーガさんに、ラットルアさんと一緒に笑ってしまった。
「いたぞ」
先頭を歩いていた、セイゼルクさんの小さな声が聞こえ、足を止める。
「アイビー、あれが花山魔物だ」
彼が指した方を見ると、野兎がいた。
「えっ? えぇ? 花?」
どうなっているの?
野兎に細い角が2本あって、しかもその角に緑の蔓が絡まって花が咲いているんだけど。
「花山の魔物は、角が生え、その角に植物の蔓が巻きついて花を咲かせるんだよ」
横にいるラットルアさんを見る。
「不思議だろう?」
不思議、うん、もの凄く不思議。
それよりも、
「花が咲いている魔物を食べても大丈夫なの?」
だって、植物が生えているんだよ?
怖いんだけど。
「今まで問題になった事はないけど、不安だったら冒険者ギルドで調べてもらえるから。そうだ、花山魔物は、3匹までしか狩れないんだ」
セイゼルクさんが私を見る。
「3匹まで?」
「取り過ぎないようにしているんだよ。といっても野兎以外の魔物は、ほとんど姿を見せないから。最低野兎が3匹になるんだけどな」
野兎以外は、探すのが難しいのか。
「今はもっと大物を狙おう。探せなかったら、帰りに野兎狩りだな」
花山の奥に向かうセイゼルクさん。
それを追いながら、野兎を見る。
ちょっと怖いけど、淡い赤の花は綺麗だな。
「そうだ、アイビー」
「何?」
ラットルアさんを見ると、花山の隣の山を指す。
「あっちの山にも変わった魔物がいるんだ」
「そうなの?」
「うん。王都の周辺の森は、なぜか変わった魔物が生まれやすいんだよ」
変わった魔物か。




