1021話 特別が終わったあと
「帰るか」
セイゼルクさんが、両手を上げて伸びをする。
「少し待った方がいいと思うぞ」
「んっ?」
シファルさんを不思議そうに見るセイゼルクさん。
そんな彼を見て、シファルさんが窓の外を指す。
「大通りが元に戻ったみたいだ。人が凄い事になっている」
彼の言葉が気になって、窓から大通りを見る。
「うわっ。凄い人」
どこから湧き出てくるのか、大通りに人が押し寄せている。
というか、これは危ないのでは?
「危なくないか?」
ラットルアさんが少し不安そうな表情をする。
「そうだな。あっ、騎士団が来た」
セイゼルクさんが指した方を見ると、騎士団員達が誘導を始めたようだ。
これで大丈夫だろう。
「ぶつかって来たのはお前だろうが!」
「だから、違うって言っているだろう!」
何?
大声で怒鳴りあう体格のいい2人の冒険者を見る。
「喧嘩みたいだね」
「これだけ込んでいるんだ。あそこで暴れたら、周りにどれだけ迷惑が掛かるか考えられないのか」
お父さんが少し呆れた表情をする。
「あれ?」
いつもだったら、喧嘩を煽る人も出るのに……皆が避けた?
「巻き込まれて罰金を払いたくないんだろうな」
シファルさんが楽しそうに言う。
「あぁ、通常の20倍の罰金だもんね」
戴冠式とパレードが終わったけど、また有効なのかな?
喧嘩中の2人を見ると、もの凄く混んでいるのに彼等の周りには空間がある。
皆、特別罰則が怖いんだね。
「騎士団員だ。今日は彼等を妨害する者もいないみたいだな」
いつもだったら人込みをかき分けている騎士団員達が、あっという間に喧嘩をしている2人の下に来た。
普段だったら彼等の姿を見ても避けたりしないのに、今日は綺麗に皆が避けたお陰だ。
「やべっ」
騎士団員達の姿に慌てだした2人の冒険者。
「2人とも、特別罰則の事を思い出したな」
セイゼルクさんが呆れた声を出す。
「そうだね」
いつもだったら、喧嘩を止めに来た騎士団員達に文句を言ったり暴れたりするのに、逃げようとしたもんね。
「人が流れ出したな。大通りに行くわけではないし、帰ろうか」
「うん。忘れ物をしないようにな」
セイゼルクさんの言葉に、シファルさんが皆を見る。
「帰りに甘味でもと思ったけど、今日は無理そうだな」
ラットルアさんが、大通りを見ながら肩を落とす。
ヌーガさんも隣で残念そうに頷いている。
「明日、森に行った帰りに寄ったらいいだろう」
セイゼルクさんが2人を呆れた表情で見る。
「帰りかぁ、それだと色々見て回れないよな。よしっ! 明後日から、王都の甘味を制覇しよう」
えっ、制覇?
ラットルアさんの宣言に、ヌーガさんが嬉しそうに頷いている。
そんな2人にシファルさんが溜め息を吐いた。
「またやるのか」
「また」なんだ。
「この2人、王都に来る度にやるんだよ。大通りの甘味屋を片っ端から」
「そうなんだ」
「付き合わない方がいいぞ。気分が悪くなる」
えっ、そんなに食べるの?
少し見てみたいような……。
「アイビーも一緒に来るか?」
ラットルアさんが私を見る。
シファルさんが隣で小さく首を横に振る。
「いえ、遠慮します」
なんとなく、危険な感じがするから止めておこう。
「そうか。あっ、おいしかった甘味は買っていくな」
「ありがとう」
部屋に案内してくれた女性にお礼を言って店を出る。
女性がお父さんに声を掛けたので振り返る。
「行きません。では」
全く興味のない返事に、女性が残念そうな表情をした。
「凄い返事だね」
今日の夜、お祝いの花火が上がるらしい。
それに、お父さんが誘われたんだけど。
「あぁ、全く興味がないと分かる返事だな」
シファルさんが、少し笑ってお父さんを見る。
「しかも誘っている途中で断ったね」
「うん。まぁ、断るなら早い方がいいと思ったんだろう」
そうかな?
凄く面倒だなって表情していたけど。
店を出て、人を避けながら歩く。
「アイビー」
「何?」
「今日の夜、お祝いの花火が上がるそうだ。見に行くか?」
さっき、女性が教えてくれた花火だね。
まぁ、お父さんが興味ないなら仕方ない。
「人が凄そうだよね」
振り返って大通りの方を見る。
「そうだろうな」
「だったら、行かない。お父さんは見たいの?」
私の質問に首を横に振るお父さん。
「アイビーがいかないなら興味ない」
お父さんに恋人が出来る日は遠そうだな。
戴冠式が無事に終わった翌日、森へ行こうと門へ来たんだけど……。
「凄い人だね」
王都から出る為の長い列に、ちょっと驚いた。
「そうだな」
お父さんが並んでいる人を見る。
「地元に帰る冒険者達だろう」
持っている荷物の量が多いから、そうだろうね。
「戴冠式が終わった数日は、こんな感じだろうな。皆、急いで金を稼ぐ必要があるだろうから」
セイゼルクさんの言葉に、首を傾げる。
でも、近くにいた冒険者達は頷いた。
「ついつい、色々と買ってしまったからな」
「そうなんだよな。王都になんて普通は来ないから、ついな」
「王都の武器屋で珍しい物を見つけると、ついな」
つまり予定外の出費で、急いで地元に戻りお金を稼ぐと。
あれっ。
他の冒険者達も頷いている。
皆、そんなにお金を使ったの?
「出れた~」
まさか、王都から出るのに45分も掛かるなんて。
「人がいない方に行こうか」
セイゼルクさんが、こっちだと言いながら先頭を歩く。
でもしばらく歩くが、なかなか人が少なくならない。
「これは、けっこう離れる必要がありそうだな」
お父さんが私を見る。
「大丈夫か?」
「うん、大丈夫」
お父さんの隣を歩きながら、朝の特訓を思い出す。
少しだけ、そう、少しだけいつもと違った。
矢を構えると、私の矢で亡くなった人の事を思い出したのだ。
そのせいで、大きく的を外してしまった。
シファルさんは何も言わず「次」と言った。
だから私は、また矢を構えた。
そしてまた大きく外した。
5回目。
矢を構え深呼吸をし、そして的だけを見て矢を放った。
ようやく、矢は的の隅に当たってくれた。
シファルさんは何も言わず、肩を軽く叩いて笑ってくれた。
それにホッとした。
そこからはいつも通りの特訓。
特訓が終わると、お父さんが無言で私の髪をぐしゃぐしゃにした。
それに怒ると、お父さんがホッとした表情で笑っていた。
それに釣られて、私も笑った。
冒険者になると、必ず越えなくてはならない壁があると教えてもらった。
その話を聞いたのは、お父さんと旅を始めた頃。
私は、その壁を乗り越えられたのかな。
「随分と人の気配が減ったな。この辺りでいいだろう」
セイゼルクさんが、私を見る。
王都から出て1時間過ぎ。
かなり遠くまで来て、ようやくソラ達をバッグから出す事が出来た。
「ぷっぷぷ~」
「てっりゅりゅ~」
「ぺふっ」
「にゃうん」
嬉しそうに周りを飛び跳ねる皆。
「お昼にしよう」
昨日の夕方から、今日の為に準備したお昼。
久しぶりの料理が楽しくて、ちょっと作り過ぎてしまったんだよね。
「アイビーのご飯だ!」
ラットルアさんが嬉しそうに、木陰になっている場所にゴザを敷く。
その上に、マジックバッグからサンドイッチ、おにぎり。
あと串肉にサラダが入っているカゴを出していく。
「沢山あるな」
積み上がった8個のカゴを見てセイゼルクさんが言う。
「フォリーさんに新しい味付けを聞いて作っていたら、こんな事に」
やっぱりちょっと多いよね。
でも持ってきたのは、半分なんだけどね。




