1018話 戴冠式とパレード
さすが戴冠式にパレードの日。
大通り以外も、人で溢れかえっている。
お父さんの隣を歩きながら、周りに気を付けながら人込みを進む。
「大丈夫か?」
「うん。やっぱり凄い人だね」
これでも朝ごはんの後、休憩もせずに出発したんだけどな。
「あと少しで目的の場所だ」
「分かった」
お父さんの服を掴む手に、少しだけ力を込める。
そんな私の傍を、騒いでいる冒険者達が通り過ぎた。
「あっ」
冒険者の1人とぶつかったのか、体が前に傾く。
「「あぶない」」
お父さんだけでなく、すぐ傍にいたラットルアさんも私を支えてくれた。
「お父さん、ラットルアさん、ありがとう」
ホッとして2人にお礼を言うと、
ぞわっ。
「ひっ」
「えっ?」
シファルさんの殺気を感じた。
もしかして、私とぶつかった冒険者に殺気を放った?
彼を見ると、私を心配そうに見ている。
でも、慌てた様子で彼から離れる数人の冒険者達が見えた。
「わざとではないと思うよ」
「こんな人込みで、あれだけ騒ぐのはいけないよね。ここには、子供達だって沢山いるんだから」
確かに、人込みの中に子供達の姿も沢山見える。
「大人として気を付けるのが当たり前なんだ。それが出来ないなら、せめて大人しくしていればいいんだよ」
別にシファルさんの声は大きくない。
それなのに、なぜか周りが少し静かになった。
「シファル」
「何?」
セイゼルクさんが眉間に皺を寄せ、シファルさんを見る。
「大通りの警備をしている時に、何かしたか?」
「普通に仕事をしただけだよ」
笑って答えるシファルさんに、セイゼルクさんが溜め息を吐く。
「もういい、行くぞ」
セイゼルクさんの言葉に、シファルさんが私を促す。
「行こうか」
「うん」
何かしたんだろうな。
だって、少しだけ歩きやすくなったから。
まぁ、気にしない事にしよう。
「この店みたいだな」
セイゼルクさんが指した店を見て、少しだけ目を見開く。
「本当に、このお店なのか?」
ラットルアさんが驚いた表情でセイゼルクさんを見る。
「あぁ、間違いない。許可証にある印と店の印が同じだ」
セイゼルクさんが、許可証の印を私達に見せる。
「この店なら、入ろう。ここは通行の邪魔になる」
シファルさんの言うとおり、店の前に突っ立っていたら邪魔だね。
店に入るとすぐに女性が気付いてくれた。
「失礼いたします。本日は貸し切りとなっていますが、許可証をお持ちでしょうか?」
セイゼルクさんが許可証を女性に見せると、微笑んで頭を下げた。
「いらっしゃいませ。本日はご利用をありがとうございます。案内する者を呼びますので、暫くお待ち下さい」
女性が奥に入ると、すぐに別の女性が私達の下へ来た。
「お待たせいたしました。お部屋にご案内します」
女性に付いて行くと、2階の角部屋に案内される。
「こちらの窓から、本日のパレードを見る事が出来ます。どうぞ、お愉しみ下さい」
女性はそう言うと、大通りに面した窓を開けて行く。
そこから外を見ると、確かに大通りが目の前にあった。
「大通り以外に人が溢れていたのは、大通りに制限があったからなんだね」
パレードの為なのだろう、大通りの半分以上が入れないように縄で区切られていた。
「そうだな」
お父さんが私の横に立ち外を見る。
「まだ時間じゃないと言って、文句を言う人がいそうなのに」
「本日は特別罰則があるので、皆さん大人しくしているのだと思います」
部屋に案内してくれた女性が、お茶を用意しながら教えてくれる。
「特別罰則?」
「はい。王の戴冠式、並びにパレードを妨害した者は通常の罰則金の20倍を支払う事とする。これに文句をいう者は、罰則金が増える事とする。そう書かれた看板が、大通りにあちこちに立っていました。さすがに、20倍の罰則金は嫌みたいですね」
それは嫌だね。
「あれ? でも、どの罰則が適用されるの? それによって払う金額が違うよね?」
「その時その時で違うからだろう。店で暴れたら営業妨害。冒険者達がケンカしたら、障害事件。それぞれ罰則金が違う。通常の20倍となると借金奴隷になる者もいるだろうな。しかも文句を言ったら増えるみたいだし。その増え方に関しては何も書いていないという事は、2倍、3倍。態度によって変更可能という事だ。恐ろしくて、不満があっても暴れられないんだろう」
セイゼルクさんの説明に頷く。
「それは、恐ろしいね」
どれくらいの文句を言ったら、罰則金が増えるのか。
対応してくれた者によっても変わりそう。
「本日は本当に人が多いですからね。特別罰則がなければ、凄い事になっていたかもしれません。お茶とお菓子をどうぞ」
そうだね。
「ありがとう。冒険者全員ではないが、血の気の多い冒険者もそれなりの数いるからな」
お父さんが女性にお礼を言うと、女性が少し頬を染めて微笑んだ。
あっ、笑い方が違う。
なんとなく視線を逸らして、椅子に座ってお茶を飲む。
「お昼ですが、いつ頃お持ちしましょうか?」
女性がセイゼルクさんを見る。
「12時半ぐらいでいいか?」
皆が頷くと、女性が「分かりました」と言って部屋を出ていった。
「ドルイドが気に入ったみたいだな」
シファルさんがお父さんを見る。
「なんの事だ?」
「あの女性、分かりやすいと思ったんだけど」
シファルさんの言葉に、セイゼルクさん達が頷く。
私でも分かったからね。
「んっ?」
本気で分かっていないお父さんに、シファルさんが溜め息を吐く。
「前もあったけど、本当に気付いていなかったのか」
前も?
その時は、私も気付かなかったな。
「だから、なんの事だ?」
呆れた様子のシファルさんを不思議そうに見るお父さん。
「部屋に案内してくれた女性が、ドルイドにだけちょっと態度が違ったんだよ」
えっ、態度?
お父さんを見た時の表情の変化には気付いたけど、態度は分からなかった。
「そうだったか?」
女性の態度を思い出しているのか、考え込むお父さん。
「まさか、全く気付いていなかったのか」
お父さんの態度に、セイゼルクさんが苦笑する。
「気になる行動はしていなかったからな」
お父さんは考えるのを止め、お茶を飲む。
「まぁ、そうなんだろうな」
セイゼルクさんもお茶を飲むと、部屋を見回す。
「それにしても、さすが貴族ご用達の食事処。凄い部屋だな」
うん、凄い部屋だと思う。
豪邸と一緒で、絶対に壺とか花瓶には触らないようにしよう。
そういえば、大きな絵もあるな。
題名は『美しい人』なんだけど……。
「あの絵がどうかしたのか?」
私の視線を追って、お父さんも絵を見る。
「『美しい人』という題名なんだけど、お父さんはあの絵が人に見える?」
「……いや。人には見えないな」
そうだよね?
輪郭もないし、目や口もどこにあるのか分からない。
絵の中心に鼻に見えるような、見えないような物が描かれている。
「あっちは、『微笑み』だぞ」
ヌーガさんが指す絵を見て、首を傾げる。
赤と青の線、それに花を描こうとして失敗したような何か。
以前、家族登録が出来た報告をしに、フォロンダ領主の泊まっている宿にお邪魔した事がある。
その宿にも、大きな絵が飾ってあったけど、あれも良く分からなかった。
「芸術は難しいね」
貴族ご用達の宿や店にある絵は、私には理解出来そうにないな。
フォロンダ領主以外、尊敬できる貴族に会った事はないけど、絵の価値が分かると思うと少し尊敬するな。
「最弱テイマー」を読んで頂きありがとうございます。
1000話以降「スイナス」が「スナイス」となっておりました、申し訳ありません。
教えて頂きありがとうございました。
ほのぼのる500