1014話 誰の物?
「疲れた~」
借りている部屋に戻り、ソファに倒れ込む。
騎士団からの事情聴取が終わり、ようやく借りている部屋に戻って来られた。
事情聴取は、お父さんが何か言ってくれたみたいで、それほど長かったわけではない。
でも、さすがに色々あったあとだったから、疲れた。
「ぷっぷぷ~」
心配そうに私を見るソラ。
フレムとソルも傍に寄って来る。
「にゃうん」
シエルは元の姿に戻り、心配そうに私を覗き込んだ。
「大丈夫。少し疲れただけだよ」
ソファから起き上がって、皆の頭を撫でる。
「ありがとう」
お茶でも入れようとテーブルを見て、
「あっ……あぁ~」
テーブルに乗っている弓を手に取る。
「持って来てしまった」
亡くなった男性から奪った武器。
とても役に立ってくれたけど、持ってくるのは駄目だよね?
弓を隅々まで、目と手で触りながら確認する。
「良かった、傷は付いていない。ん~これ、かなりいい矢だよね」
使っている時は必死で気付かなかったけど、私の手にとても馴染んでいる。
シファルさんから借りている弓も、私の手に馴染んでいるけど、これはそれ以上かも。
「欲しいな」
亡くなった男性を思い出す。
「いや、駄目だよね。亡くなった男性の家族に、ちゃんと返さないと」
シファルさんが「気に入った弓は、何本持っていてもいい」とは言っていた。
でも、さすがにね?
奪った物は駄目でしょう。
コンコンコン。
「アイビー、俺だ」
お父さんだ。
「どうぞ」
「疲れていないか?」
部屋に入って来たお父さんは、私が手にしている物を見て首を傾げた。
「それは……」
「亡くなった男性から奪った弓なんだけど、無意識に持って帰ってしまって」
お父さんは私の隣に座ると、弓を見る。
「あぁ、見た覚えがないと思ったら、拾った物か。さっきは慌ただしくて気付かなかったよ」
拾った?
「拾ったわけではなくて、亡くなった方の持ち物だったの。許可を貰えないから、奪った事になると思うんだけど」
「持ち主は死んでいるんだろう?」
「うん」
それは確かめたから、間違いない。
「それだったら許可は必要ない。死んだ者には必要ない物だから、その弓に所有者はいなかった事になる。所有者がいない物をアイビーは拾って、使っただけだ」
「本当に?」
「あぁ、だから奪ったなんていう必要はないぞ。それは落とし物だ」
そういう考え方をするんだ。
「あぁでも、登録されていたら駄目だな」
登録?
「調べたいから、見せてくれ」
お父さんに弓を渡すと、何かを探すように弓全体を見る。
「これは、大丈夫みたいだ。登録はされていない」
「登録って何?」
「これだ」
お父さんが、いつも使っている剣を私の前に出す。
そして、持ち手の部分を指した。
「あっ、お父さんの名前だ」
持ち手の部分に彫られたお父さんの名前を指で辿る。
「わざわざ彫ってもらったの?」
「冒険者ギルドで、武器の登録をしたら、登録した武器の一部に所有者の名前が彫られるんだよ」
「つまり、この剣はお父さんの物だと、冒険者ギルドに登録したって事?」
そんな制度があるなんて初めて聞いた。
「そう。登録しておけば、他の者が勝手に使う事はできない。盗まれても、戻ってくる可能性が高くなる」
そうなんだ。
それにしても、登録はいつしたんだろう?
全く知らなかったな。
「ソラが作ってくれたこの剣は、財産になる。だから、俺が死んだらアイビーの物という事だ」
「えっ?」
笑っているお父さんを見る。
お父さんの娘として家族登録したから、そうなんだろうけど。
「『死んだら』なんて考えないで」
そんな話はしたくない。
私の頭を優しく撫でるお父さんに視線を向ける。
「冒険者ではないけど、旅であちこち行っているし。色々な問題に巻き込まれる。だから、先の事を少しは考えておかないと。これも父親としての務めだよ。それに、可愛いアイビーが困らないように考えるのは楽しいしな」
問題に巻き込まれるのって、私のせいだよね?
それでお父さんに何かあったら、凄く嫌だな。
「大丈夫だ。そう簡単に、死んだりしない。そのために鍛えているんだしな。アイビーだって、俺を守ってくれるだろう?」
私が、お父さんを?
「もちろん。そのために矢の特訓をしているんだから」
守られるだけは嫌。
私も、お父さんを、皆を守りたいんだから。
「アイビー」
バターン。
「うわっ」
不意に開いた扉に、小さく飛び上がる。
「はぁ、ジナル」
お父さんの呆れた視線の先には、困った表情をしたジナルさん。
「悪い。襲われたと聞いて、心配で見に来たんだけど」
心配してくれるのは嬉しい。
でも今はまだ、さっきの緊張が完全に解かれていないのか、音に敏感になっているみたい。
だから、扉はゆっくりと開けて欲しかったな。
「怪我は?」
「大丈夫だよ」
心配そうに私を見るジナルさんに笑顔になる。
「そうか。良かった」
部屋に入って来たジナルさんは、お父さんを見る。
「ドルイドは?」
「大丈夫だ」
「そうか。2人が無事で、本当に良かった」
ジナルさんは、ホッとすると私達の前の椅子に座った。
「捕まえた奴等は?」
お父さんの質問に、何故かニコリと笑うジナルさん。
「やる気に満ちたシファルとヌーガが担当になるそうだ。フォロンダ様が、指示を出したからな」
「……そうか。まぁ、自業自得だな」
あぁ、ご愁傷様。
捕まった方達は、速やかに全て話す事がシファルさん達から解放される最良だね。
その事に、早く気付けるといいけど。
「それにしても、良く気付いたな」
ジナルさんが、私とお父さんを見る。
「何がだ?」
「問題になっている薬草が近くにあるって」
ジナルさんの質問にお父さんが私を見る。
「臭いが独特なので」
「あぁ、確かに独特だったな。ここに来る前に現場を見てきたけど、家の中が凄く臭かった。あの中で薬と薬草を混ぜていたらしいが」
ジナルさんは嫌そうな表情で首を横に振る。
そうか、外であれだけ臭っていたんだから、中はもっと凄い臭いなのか。
「あの臭い中で、生活していたんだよな?」
お父さんの言葉に、想像してしまう。
「うっ……」
駄目だ。
想像だけなのに、気持ち悪くなる。
「生活はどうかな? 薬を手に入れたのは、今日の朝方だから」
ジナルさんが首を傾げる。
「あの薬草は、2,3日乾燥させるとあの臭いになるから、2日はあの臭いの中で生活していたと思う」
しっかり乾燥させると、本当に臭いんだよね。
間違って収穫して乾燥させた時は、一緒に乾燥させていた他の薬草にまで臭いが移ってしまい、全て処分するしかなかった。
「臭いは消えるのか?」
ジナルさんが私を見る。
「難しいと思う。けっこうしつこく臭っていたから」
薬草を捨てる時に着ていた服に臭いが移ってしまって、何度洗っても取れなかった記憶がある。
「あの豪邸、どうなるんだ」
お父さんの小さな呟きに、さっき見た豪邸を思い出す。
「臭いを完全に取るのは無理だと思うけど」
服も、最後は諦めたんだよね。
「しばらく様子を見て、臭いが消えなかったら建て替えだろうな」
ジナルさんが、冷ややかな笑みを見せる。
「あの豪邸の持ち主と関わりがあるのか?」
ジナルさんの表情に首を傾げながら、お父さんが聞く。
「あぁ、ちょっとな。今の当主とは色々と」




