107話 仲間です
抱きついたアダンダラからは太陽の香りがした。
それに、恐怖で震えていた心と体がふっと軽くなる。
「ありがとう、怖かったよ~」
涙が零れる。
逃げるために体当たりした時、腕を掴まれた瞬間、掴まれた腕から伝わる痛さ。
全てが怖かった。
本当に、本当に怖かったのだ。
アダンダラの首にギュッと抱きついて泣いていると、グルルと喉が鳴る優しい音が耳に届く。
抱きついている体からは、じんわりと染み込む暖かさ。
「ぷっぷ~」
そして、何とも気の抜けたソラの声。
「ふふふ、ありがとう。もう大丈夫」
抱きついていた体を離して、2匹に笑いかける。
ソラはピョンピョンと元気よく跳ね回り、アダンダラもグルルと喉を鳴らす。
さて、周りを見る。
倒れている4人の男性。
これをどうするべきか。
まぁ、団長さん達に伝える必要があるのだけど。
困った。
どうして彼らが失神したのか、説明が必要だよね。
なんて言おうかな?
あっ、誰かがこっちに走って来ている。
誰だろう?
彼らの仲間だろうか?
アダンダラがいてくれる事で、さっきのような不安感は無い。
「あれ? この気配って」
近づいて来るのは、ここ数日一緒にいた彼らの気配だ。
しばらく待っていると、ボロルダさん達の慌てた姿が目に入った。
シファルさんとヌーガさんは既に剣を抜いている。
リックベルトさんとラットルアさんも険しい表情だ。
「アイビー、よかった……!!」
私を見て安堵していたが、何かに気付いて目を見開いた。
何だろう?
「アイビー、ゆっくりこっちへおいで」
ラットルアさんが小さな声で私に手を伸ばす。
その表情は少し恐怖で強張っている。
よく見ると彼だけではなく、ボロルダさん達全員が何かに恐怖を感じているようだ。
彼らの様子を不思議に思う。
アダンダラがいるので、ここは安全だと思うのだけど。
倒れている者達を見るが、意識は戻っていない。
他にも彼らの仲間が隠れているのだろうか?
周りの気配を探ってみるが、何処にもそれらしい気配はない。
グルルと鳴くアダンダラが、頭を私の体にすりすりと擦りつけてくる。
鼻の上を撫でてあげながら、首を傾げる。
何が彼らをそれほどまでに怖がらせているのだろう?
『えっ?』
ボロルダさん達の驚いた声が聞こえた。
それに視線を向けると、なぜか私を凝視している。
何?
何かあるの?
グルルと鳴いてすりすりしてくるアダンダラを、ポンポンと落ち着かせる。
久々に会えてうれしいようだ。
だが、今は彼らの様子が気になる。
「あの……」
なんて聞けばいいのだろう?
そんな私に、ラットルアさんが少しだけ近づいて。
「えっと、アイビー。その後ろにいる魔物は……」
魔物?
後ろを振り向く。
アダンダラと視線が合う。
うれしいのか尻尾がすごい勢いで揺れている。
というか、地面を叩いて少し砂埃が上がっている。
少し見ない間に、力が増しているような気がする。
って、そう言えば魔物……魔物?
「あっ!」
そうだ、忘れていた。
アダンダラって上位魔物だった。
討伐する場合は、上位冒険者チームが数チーム必要だと言われていたはずだ。
被害が無いなら手を出すなとも、本には書かれていた。
……どうしよう。
アダンダラともう一度見つめ合う。
グルルルと喉を嬉しそうに鳴らしてすりすり。
「えっと、旅の仲間です」
彼らに、隠し事はしたくないと思った。
それに、自慢の仲間を紹介したい。
今だって、私を助けてくれたのだから。
「なっ、なるほどって言うか、その額の印ってソラと一緒か?」
額の印?
アダンダラを見ると、額に何か印がある。
えっ!
それを見た瞬間頭が真っ白になった。
だって、テイムした時に現れる印がアダンダラの額にあるのだから。
「アイビーってすごいテイマーだったんだな。アイビー? どうしたんだ?」
おかしい。
テイムはしていない。
魔力が全く足りないのだから無理だ。
では、どうして印が?
「ぅはっ。……いいえ、なんでもないです」
ボロルダさんの質問に、おかしな声が出てしまった。
落ち着こう。
後でゆっくりと考えよう。
「近づいても大丈夫かな?」
シファルさんがそっと近づきながら聞いてくる。
私にとって、アダンダラは怖い存在ではないので頷く。
ボロルダさん達がアダンダラを見て何か感心している。
それを不思議そうに見ていると。
「アダンダラをこんな間近で見られるなんて奇跡だからね~。ってそう言えば、この子の名前は?」
名前?
そうか、テイムしているなら名前がある筈だ。
というか、やっぱりテイムはしていないな。
名付けないと印は現れないはずなのだから。
あの額の印って何なんだろう?
許可をもらってから付けようと思っていたけど、ここで答えないのも変だよね。
「シエルです」
前の私の知識では空という意味を持つそうだ。
空、ソラと一緒の意味だ。
この名前がぴったりだと思った。
名前を勝手に付けた事を怒ってないかな?
そっとアダンダラの様子を窺うと、尻尾がものすごく揺れていた。
かなり喜んでくれている。
よかった……が。
「……シエル、とりあえず尻尾を止めようか。近くに倒れている人が土に埋まりそうだから」
尻尾が地面を叩く力はかなりのモノの様だ。
地面が少し抉れている。
そして舞い上がった砂が、倒れている人に降り注いで少し姿を隠してしまっている。
ぴたりと止まった尻尾。
シエルは後ろを振り返り地面を見て、倒れている人を尻尾で払った。
横に吹っ飛んでいく人。
そして、これでどう? っと私を見て首を傾げる。
確かに人が土に埋もれる事はなくなったが、何かが違う。
というか、吹き飛んだ人からうめき声が聞こえてくる。
何処か打ち付けたのだろうか?
「すごいな。尻尾だけで人が吹っ飛んだぞ」
ヌーガさんの感心した声。
ボロルダさんは歓声をあげた。
シファルさんは、珍しそうにシエルの尻尾を見つめている。
リックベルトさんは、ソラに近づこうとしてラットルアさんに捕まっている。
どうして誰も心配をしないのか。
「あの人は大丈夫でしょうか?」
「自業自得だ」
「まだ、生きてます」
……確かに自業自得だとは思う。
けど、まだ生きてますはちょっと違うような気がするな。
シファルさんの笑顔に何も言えない。
「そうですね。そう言えば、どうしてここに?」
そうだ。
ボロルダさん達は、どうしてここに来たのだろう?
「捕まえた冒険者達に話を聞いていたのですが、まだ数名捕まっていない者がいる事が分かりまして」
シファルさんが楽しそうに話す。
その隣でヌーガさんが、ちょっとげんなりした表情をした。
「シファルから話を聞いて、すぐに自警団が動いたんだが数名の所在が分からなくてな。しかもその内の1人が、アイビーを追うように森に入ったと言う情報が門番達から来たし」
ボロルダさんが肩をすくめる。
「それで、大急ぎでアイビーの捜索が決定したんだけど森は広いからさ、何処を探せばいいのか。あの時は慌てたよ~。迷っている時に、森の中から魔物の呻り声が聞こえてきて、その声を追ったらここに到着したという訳なんだ」
ラットルアさんがアダンダラを見る。
魔物の呻り声?
逃げるのに必死で私は知らないな。
もしかしたらシエルが私を助けるために、彼らを呼び寄せてくれたのだろうか?
「あの声って、シエルだったのかな?」
ラットルアさんが、私に聞いてくるが私も知らない。
「私は彼らから逃げるのに必死で声は聞いていません」
「そっか。って、逃げるのに必死って何をされたんだ?」
ラットルアさんが私の肩を掴んで聞いてくる。
なので、最初から経緯を説明した。
「ふ~ん。そんな事があったんだ。それに変態の知り合いがいるみたいだね。それはゆ~っくりと話をする必要があると思わない? ヌーガ」
シファルさんが、とてもいい笑顔で言う。
ボロルダさんとリックベルトさんが即行で視線を逸らした。
ラットルアさんも、背中がぞくっとするような笑顔を見せている。
大丈夫、ヌーガさんがいるから。
「そうだな。色々と準備をしておこう」
あれ?
止め役ではないのか?
ヌーガさんを見つめていると、にこりと笑顔で。
「大丈夫だ。彼らは絶対に変態についての話をしないだろうが、説得してみせる」
いや、今のシファルさんとヌーガさんの顔を見たら、即行で話をすると思う。
させてもらえるかどうかは、分からないが。
それに説得だけなら、色々と準備は必要無いと思うのだが……。
ボロルダさんを見ると、まったく違う方向を向いている。
「ボロルダさん」
「ハハハ、俺には無理だ」
シエルがシファルさんの肩に鼻をすりすりとする。
「任せておけ」
グルルル。
シエルも賛成らしい。
申し訳ありません。
明日1月17日は、更新をお休みさせていただきます。