1013話 戦闘開始
「ガラスの割れる音だな」
お父さんが警戒しながら、壁から顔を出す。
さっきのように矢が飛んで来るのではと警戒したけど、何も起こらない。
ガシャーン。
ガシャーン。
何が起こっているのか、またガラスの割れる音が聞こえた。
「証拠の隠滅か?」
ラットルアさんの言葉に、お父さんの表情が険しくなる。
それは止めた方がいいよね?
ガトラさんが、マジックバッグを探って黒くて丸い物を取り出す。
「使う場所がなかったこれ。ちょっと使ってみないか?」
「それはなんなんだ?」
「王都まで護衛した商人から貰った物だ。作動させて数秒後に、爆音が響き渡るそうだ」
ラットルアさんの質問に、楽しそうな表情で答えるガトラさん。
「それで?」
「それだけだ」
「えっ? 音だけ?」
「うん。煙を出して視界を悪くする事はないし、細かい石が飛び出して攻撃する事もない。ただ、うるさい音が響き渡るだけ」
お父さんが面白そうな表情で、ガトラさんの持っている物を見る。
「相手を混乱させるには、ちょうどいいな」
「だろ? ただし、これもどんな音なのかは知らないんだよ。どれほどうるさいのかも」
お父さんを見て笑顔になるガトラさん。
「思ったより音が小さかったらどうするんだ?」
ラットルアさんが、呆れた表情でガトラさんを見る。
「それは、その時だろう。で、使って問題ないか?」
静かになった豪邸を指して笑うガトラさん。
ラットルアさんが呆れた様子で頷き、お父さんは楽しそうに頷いた。
「ここからだと届かないから、ちょっと放り込める場所を探してくるよ。合図を送らず使うから、音には気を付けてくれ」
ガトラさんが、問題の豪邸の隣にある豪邸に向かう。
そして、手を振ると庭に入って行った。
ガシャーン。
あっ、またガラスの割れる音だ。
「誰だ!」
声が聞こえた!
パーン、パーン、パーン。
軽い、でも大きな音が周りに響き渡る。
バーン。
今までと違う音が聞こえたので、そっと様子を窺う。
どうやら庭に面した扉が開いたようだ。
「にげ、逃げろ」
そこから1人の男性が慌てた様子で飛び出して来た。
「うまくいったな」
お父さんの言葉に頷く。
完全に混乱しているのが、男性の行動から分かる。
「俺達も早く逃げるぞ」
扉から、別の男性が飛び出す。
そして、次々と冒険者の格好をした者達が飛び出して来た。
「うわ、多いわね」
パパスさんが嫌そうに呟く。
その隣にいるパガスさんも、同じ表情で頷いている。
確かに、10人以上はいるね。
「アイビー」
お父さんを見る。
「危なくなったらシエルを出していいぞ」
「えっ? 駄目だと思うけど」
チラッとパパスさんとパガスさんを見る。
「大丈夫。もしもの時は、フォロンダ様を利用しよう。こういう時こそ貴族の力だな」
ラットルアさんが、私の肩を軽く叩く。
「それは、どうなんだろう?」
フォロンダ領主の力を借りれば、シエルを出しても問題ないかもしれないけど……。
いや、彼の力を借りないように、私も頑張って戦おう。
「あっ」
しまった。
矢を置いて来てしまった。
練習後の確認で、直すところが見つかったから。
「行くぞ」
お父さんが、隠れていた壁から飛び出すと、逃げ出して来た者達と戦い出す。
ラットルアさんとパパスさん達も、あとに続く。
戦えないなら、邪魔にならないように気を付けよう。
敵から見えないように気を付けながら、壁を移動する。
「本当に多いな!」
ラットルアさんの少し苛立った声に、壁から顔を出して周りを窺う。
「うわっ」
敵が増えている。
いったい、何人がこの件に関わっていたの?
ドサッ。
倒れた音に視線を向けると、男性がいた。
出血量から見て、既に死んでいるか、もうすぐ死ぬだろう。
「矢だ」
その男性が持っている物を見て、少し迷う。
死んだ人から武器を奪う事に、迷いはない。
戦場では、生き残る為なら奪う事ぐらいありだとお父さんが教えてくれたから。
迷う理由は、敵の間をお父さん達が動き回っている事。
この状態で、私が矢を放って大丈夫かどうか。
「ちっ」
お父さんの舌打ちが聞こえた。
慌ててお父さんを見ると、3人を相手に戦っている。
「あっ」
少し離れたところに、お父さんに向かって矢を構える者が見えた。
慌てて男性が握っている矢を奪い、お父さんを狙っている者に向かって放つ。
あっ、外れた!
次の矢を構えると、お父さんを狙っていた者が私を見た。
ぞわっ。
殺気を感じ緊張が増す中、矢を放つ。
放った矢が男性に当たると、大きく息を吐きだした。
「殺気を送ってくれた事に感謝するべきかな?」
微妙だな。
壁から顔を出して、皆の様子を窺う。
凄い、やっぱりお父さん達は強いね。
それにパパスさん達も強い。
あっ、ガトラさんが狙われている!
2人を相手に戦っているガトラさん。
そんな彼に向かって、木の影から矢を構える者が見えた。
矢を構え、すぐに放つ。
「あぁ」
完全に外した。
あれ?
でも、ガトラさんが戦っていた者には当たった。
「ありがとう、助かった」
ガトラさんのお礼に、なんとも言えない気持ちになる。
ガトラさんを狙っていた者は、パガスさんに見つかって倒されたみたいだ。
「良かった」
でも、私は駄目だな。
もっと、練習をしないと。
パガスさんが最後の1人を倒し、響いていた剣のぶつかり合う音が止んだ。
「終わったぁ」
ガトラさんが、両手を上げて叫ぶ。
「にゃぁ」
「えっ?」
シエルが入っている蓋の開いたバッグを見る。
今、ものすごく残念そうに鳴いた。
シエルも参加したかったのかな?
「えっと、ごめんね。戴冠式が終わったら、森に行こうか」
森だったら、思う存分暴れられる。
ははっ。
バッグが凄く揺れているな。
「アイビー、大丈夫か?」
お父さんが傍に来て、私の全身を確かめるように見る。
「大丈夫。怪我なんてしていないから」
「良かった。それからありがとう。助かったよ」
3人を相手に戦っていたのに、気付いていたんだ。
「これ、何人いたんだ?」
見る影もなくなった庭に転がる者達を見て、ラットルアさんが嫌そうに呟く。
「27人だ」
お父さんの言葉に、全員が驚いた表情を見せる。
多いとは思っていたけど、27人?
さすがに多すぎるでしょう。
「合計34人ですね」
不意に聞こえた声に、全員が武器を構える。
視線を向けると、両手を上げて近付いて来るドールさんが見えた。
「失礼しました。気配を消していた事を忘れていました」
ドールさんは少し離れた場所で立ち止まると、お父さん達に向かって小さく頭を下げる。
「ドールさんか、良かった。彼は大丈夫だ」
ラットルアさんが構えを解きながら、パパスさん達に伝える。
「分かった」
ラットルアさんを見たパパスさんは頷くと、構えを解いた。
それを見たパガスさんとガトラさんも、武器を下ろす。
「別の場所から逃げ出した者がいたんですか?」
お父さんがドールさんを見る。
「はい。音と煙を確認したのでこちらに来ると、逃げている者達を見つけました。止まるようにお願いしたのですが、聞いて下さらなかったので、少し対応を致しました」
穏やかな表情で言っているけど、寒気を感じる。
「さっきの敵より怖く感じるな」
ガトラさんの呟きに、ドールさんの笑みが深くなる。
「あ~、そろそろ合図を見た奴等が来るかな?」
そんなドールさんの様子に慌てたガトラさんが、ラットルアさんに視線を向ける。
「お前は一言多いんだよ」
ラットルアさんの呆れた表情に、肩を竦めるガトラさん。
「来たぞ」
お父さんの視線を追うと、騎士団員達の駆けて来る姿が見えた。




