1010話 私の武器
昨日に続き、マジックアイテムの弓で特訓する。
「1本目は、殺気がない状態でやってみようか」
「はい」
シファルさんの言葉に頷き、的に向かって構えると皆の視線が集まる。
皆に見られていると、ちょっと緊張するな。
昨日の夕飯時に、ラットルアさんに的に当たった事を話したら、見に来てしまった。
何故か、セイゼルクさんとヌーガさんも。
昨日まで忙しかったので、今日はお休みらしい。
「落ち着いて」
シファルさんの注意に頷くと、深呼吸をする。
そして的に向かって矢を放った。
あぁ、外れた。
的から大きく外れた矢に肩を落とす。
的に当たった時の感覚をしっかりと思い出して、再現したつもりなのに。
「もう1本」
「はい」
的に向かって、昨日の感覚を思い出す。
腕の角度、弦を引く力。
よしっ。
「あっ」
また大きく的から外れてしまう。
「次は殺気がある状態にしようか」
「はい」
シファルさんがお父さんを見ると、訓練室に殺気が充満する。
「3本目」
「はい」
的に向かって構え、角度や力加減などをしっかり確認する。
そして、深呼吸して矢を放つ。
ドスッ。
良かった。
的の隅だけど当たった。
「次」
「はい」
殺気がある状態で矢を放つ。
ドスッ。
先ほどより真ん中に当てる事が出来た。
「ドルイド」
シファルさんがお父さんを呼ぶと殺気が消えた。
「次」
「はい」
大丈夫、当てる。
的に向かってマジックアイテムの矢を構える。
さっきの感覚を思い出しながら微調整をし、矢を放つ。
ドスッ。
良かった。
「次」
「はい」
殺気がない状態で6本矢を放つ。
1本だけ的に当たらなかったけど、5本は無事に的に当たった。
しかもそのうちの1本は、真ん中の少し左。
その嬉しい結果に、笑顔になる。
「ここまで」
シファルさんの言葉に首を傾げる。
昨日より、放った矢が少ない。
腕もそんなに疲れていないのにどうしてだろう?
シファルさんを見ると、私が持ってきた普通の弓を差し出した。
「今度は普通の弓で特訓しようか。こちらの感覚も忘れないようにしないとな」
そうだ。
普通の弓とマジックアイテムの弓は重さも大きさも、弦を引く力も違う。
マジックアイテムの弓ばかり特訓していたら、普通の弓の感覚を忘れてしまうかも。
「はい」
マジックアイテムの弓から、普通の弓に持ち替える。
うわっ、普通の弓は軽いな。
2つの弓の違いを感じながら、的に向かって構える。
「まずは殺気がない状態で1本目」
「はい」
ドスッ。
あれ?
的に当たった矢の位置が……真ん中なんだけど。
「アイビー、凄い。真ん中だ!」
的に当たった矢の位置に驚いていると、ラットルアさんの嬉しそうな声が聞こえた。
「真ん中」
うん、そうだ。
真ん中に当たったんだ。
「おめでとう」
シファルさんを見る。
「ありがとうございます」
「それにしても……」
シファルさんが不思議そうな表情で的を見る。
それに首を傾げる。
「マジックアイテムの弓の特訓で、普通の弓が上達したのか?」
そう、なるの?
でも、2つの弓は重さも弦を引く力も違うんだけど。
「偶然かな?」
「ん~、2本目で分かるだろう」
私の呟きに、少し考えこんだシファルさんが私に視線を向ける。
「はい」
偶然ではなかったら2本目も的に当たる筈。
小さく息を吐き出すと的に向かって矢を構える。
そして、気持ちを落ち着けると矢を放った。
ドスッ。
先ほどより右寄りだけど、真ん中近くに当たる。
「3本目」
「はい」
ドスッ。
「これも、真ん中に近いな」
シファルさんが嬉しそうに私を見るので頷く。
「はい」
「偶然ではなく上達したんだ。おめでとう」
「ありがとうございます」
それから20本。
殺気がない状態で特訓を続け、最後の矢を放つ。
「お疲れ様」
「ありがとうございました」
20本中、15本は的に当たった。
最後の1本は腕の疲れが出たのか、ちょっと大きく外してしまったけれど。
「ぷっぷ~」
特訓が終わった事に気付いたソラが、勢いよく私の傍に来る。
その姿に笑いながら、ソラの頭を撫でる。
「ソラが魔力を籠めてくれるの?」
「ぷっぷぷ~」
「ありがとう。お願いします」
ソラの前に、使用したマジックアイテムの弓を置く。
ソラはすぐにそれを包み込むと、数秒で離れた。
「本当に早いよな」
シファルさんが感心した様子で言うと、ソラが自慢げに胸を張る。
そういえばフレムはどうしたんだろう?
あっ、お父さんの所で……もしかして拗ねてる?
「どっちが魔力を籠めるか勝負して、負けたみたいだ」
お父さんがフレムを抱き上げると、小さく鳴く声が聞こえた。
「ふふっ。明日はフレムに頼むね」
これは交互にお願いした方がいいよね。
「てっりゅりゅ~」
ちょっと機嫌が直ったかな。
「もしかして、今の数秒で魔力が籠められたのか?」
セイゼルクさんが驚いた表情でソラを見る。
「そうなんだよ。凄いだろ」
シファルさんの言葉にセイゼルクさんは頷くと、マジックアイテムの弓に手を伸ばす。
そして魔石が埋まっている部分を見て頷いた。
「アイビーは、マジックアイテムの弓が使い放題って事か?」
えっ、そうなるの?
お父さんを見ると、少し考えたあと頷いた。
「ソラとフレムが凄く協力したそうだから。そうなるだろうな」
「ぷっぷぷ~」
「てっりゅりゅ~」
お父さんの言葉に、ソラとフレムが力強く鳴く。
そして2匹は、私を見た。
「えっと、よろしくね」
「ぷっぷぷ~」
「てっりゅりゅ~」
あれ?
返事はこれで良かったのかな?
「アイビーの武器や装備を考え直した方が良さそうだな」
お父さんがシファルさんを見る。
「どういう事だ?」
「マジックアイテムの弓を使うなら、色々と準備しないと」
準備?
「何が必要になるか、書き出しておくよ」
「頼む」
シファルさんとお父さんを見る。
もしかして、私が通常使う武器はマジックアイテムの弓に決定?
ん~、手に馴染んだし。
それに、ソラとフレムも嬉しそうだし……問題はないか。
もっと特訓しないと駄目だけど。
訓練室を片付けて食堂に行く。
「アイビー、午後からこの辺りを見て回らないか?」
ラットルアさんを見て首を傾げる。
「この辺り?」
「そう、貴族の家はどこも庭が凄いんだ。見て回るだけで楽しいと思う」
「それ、問題にならないの?」
だって貴族の庭を覗く事になるでしょう?
「大丈夫。庭をチラッと見て回るだけで、家の中を覗くわけではないから」
本当に大丈夫なのかな?
「大丈夫ですよ。春の花や夏の花が満開になる時季は、王都に住む者達も見に来ますから」
ドールさんの言葉に、ラットルアさんが私を見る。
「大丈夫なら見たいかも」
ここの庭も凄く綺麗だけど、王都観光に行った日にチラッと見えたこの辺りの庭も凄く綺麗だったから。
「ドルイドはどうする?」
ラットルアさんがお父さんを見る。
「もちろん一緒に行く」
「俺達は用事が出来たから無理だ。また次の機会に一緒に行こう」
シファルさんが小さな紙を振る。
どうやら、セイゼルクさんとヌーガさんも無理みたいだ。
「何かあったのか?」
お父さんがセイゼルクさんを見る。
「そうみたいだ。ラットルアは休みでいい。行って来るよ」
セイゼルクさん達が出掛けるのを見送る。
何があったんだろう?
簡単に片付く用事なら良いけど。




