1008話 暴れた原因
「暴れていた原因があったのか?」
お父さんがシファルさんを見る。
「そう。暴れた全員が当てはまるわけではないけど、薬草を盛られて気分が高揚して者がいた」
「えっ?」
薬草が盛られた?
「はぁ? どういう事だ?」
シファルさんが神妙な表情で、私とお父さんを見る。
「酒造りをしている者が、王都に人が集まる機会に稼ぎたいと思った。そして、最悪な事をした」
酒造りをする者が最悪な事?
「まさか、お酒に気分が高揚する薬草を混ぜたの?」
「正解。気分が高揚したら、もっと酒を飲む。そうすれば稼げると思ったみたいだ」
シファルさんが呆れた表情をすると溜め息を吐く。
「しかも、1人じゃないんだよ。酒造りをしている複数の者が、同じ事を思って薬草を混ぜた。1人だけだったら、ここまであちこちで騒ぎは起きず、気付かなかったかもしれないな」
「そうかもしれないが、良く気付いたな」
「暴れて騒ぎを起こす者があまりに多く異様だったからな。それに、『お酒を飲んでも今まで暴れた事はない。何かがおかしいから調べて欲しい』と、暴れた冒険者の家族から訴えが来ていたんだ」
そうだったんだ。
「騒ぎを抑えつつ調べるのは大変だったけど、なんとか原因を突き止めて、昨日の夜に解決。薬草を混ぜた酒は全て回収されたよ」
「シファルさん、お疲れ様です」
まさか薬草が、そんな使われ方をするなんて。
「ありがとう、アイビー。薬草を混ぜた奴等は、少量だったからこんな事になる筈ないと騒いでいるが、薬草の効きは人それぞれ違うからな。厳しい罰になるだろう。そうだ、アイビー」
「んっ?」
「昨日は、夕飯も食べずに寝てしまったんだって?」
「うん。王都観光で疲れたみたい」
シファルさんの表情が少し険しくなる。
「どうした?」
不思議そうにお父さんがシファルさんを見る。
「気分の高揚する香があるんだ。医者が患者に合った配合で作る物なんだけど」
気分が高揚する香?
なんだろう、嫌な予感が。
「その香を、大通りに面している複数の店が違法に使用したかもしれないんだ」
シファルさんの言葉に、お父さんが険しい表情をする。
「香の副作用は?」
「大人の場合は問題ない。子供はよく寝るらしい」
よく寝る?
そんなに怖い副作用ではないみたい。
「他には?」
「長く使うと問題が起きるけど、数日だったらただ寝るだけ。アイビーは昨日だけだから、大丈夫だと思う」
「良かった」
「そうだな」
お父さんも安心した様子で頷く。
「それにしても、そんな危険な香をよく持っていたな」
お父さんが不満げに言うと、シファルさんが肩を竦める。
「王都で商売をしている者は、お世話になっている者が多いんだ」
「そうなのか?」
不思議そうにシファルさんを見るお父さん。
「あぁ、事実無根の噂を流され対応に追われたり。他にも商品について文句を言って来る者も、他の村や町より多い。そんな中にずっといると、心を疲れさせてしまうんだよ」
シファルさんの説明にお父さんがなんとも言えない表情をする。
「商売をするのも、大変だな」
「王都だからな」
シファルさんの一言に、お父さんが納得したように頷く。
王都は住むのが大変な場所なんだね。
私には無理だな。
「セイゼルク達は、寝ているのか?」
「セイゼルクとヌーガはまだ仕事。ラットルアとは一緒に戻って来たけど、ここにいないという事は寝ているんだろうな」
「シファルさんは寝なくても大丈夫なの?」
ラットルアさんは寝ているのに。
「大丈夫。しっかり休んだから」
でもちょっと疲れた表情をしている気がする。
マジックアイテムの弓の使い方は知りたいけど、シファルさんの方が大事。
「使い方は、ゆっくり休んだ後でいいからね」
「分かってるよ。あぁ、フォロンダ様から伝言があったんだ」
フォロンダ領主から?
「『皆のご飯、今日の午後に届けます』だって」
皆のご飯は、ソラ達のポーションとかマジックアイテムの事だよね。
午後に届けてくれるんだ。
「シファルさん、ありがとう」
私を見たシファルさんが苦笑する。
「俺は伝言を伝えただけだよ」
「お待たせしました」
調理場からフォリーさんが出てくるとそれぞれの前に料理を並べる。
「今日の朝ごはんは、優しいスープです。疲れた体にいいんですよ」
「ありがとうございます」
白いスープ。
牛乳を使ったスープかな。
「「「いただきます」」」
正解、牛乳だ。
おいしい。
優しいスープに白パン。
ホッとするな。
「「「ごちそうさま」」」
ちょっと食べ過ぎたな。
でもおいしかった。
「休憩をしたら、弓の特訓をしようか」
シファルさんが私を見る。
「はい、お願いします。ただちょっと、休憩を長くお願いします」
休憩を十分取り、シエルと部屋に戻る。
ソラ達にポーションを出して、いつも使用している弓を持つ。
「ソラ、フレム」
「ぷっぷ?」
「てりゅ?」
ご飯を食べ終わった2匹に視線を向ける。
「今日の特訓は、マジックアイテムの弓を使うの。訓練が終わったら魔石に魔力を籠めてくれる?」
「ぷっぷぷ~」
「てっりゅりゅ~」
嬉しそうに跳び回る2匹に笑顔が浮かぶ。
「ありがとう。行こうか」
お父さんと合流して、皆で地下の訓練室に行く。
「シファルは既にいるみたいだな」
両扉が開いているのを見てお父さんが呟く。
「そうだね」
マジックアイテムの弓か。
どんな感じなんだろう。
楽しみだな。
訓練室に入ると、シファルさんの元に行く。
「シファルさん。よろしくお願いします」
「うん、今日も頑張ろうな」
「はい」
「これがマジックアイテムの弓だ」
持ってきた弓を置き、シファルさんからマジックアイテムの弓を受け取る。
お店で見た物より少し大きいみたい。
それに、埋まっている魔石が店の物より大きい。
「的に向かって構えて」
シファルさんに指示を受け、的に向かって構える。
「あっ」
弦が硬い。
「魔力に耐える必要があるから、通常の弓より弦は少し太くて硬いんだ」
なるほど。
的に向かって構えると、魔石が微かに光ったのが見えた。
でもそれ以外に、大きな変化はない。
「アイビーの調子で、放っていいぞ」
「はい」
的の中心を狙い、マジックアイテムの弦から指を放す。
弓から白い矢が放たれる。
そして、的から少し離れた壁に当たった。
マジックアイテムの弓でも、殺気がなかったら駄目か。
残念。
「ドルイド頼む」
シファルさんがお父さんを見る。
「分かった」
今度はお父さんの殺気の中、マジックアイテムの弓を放つ。
ドスッ。
やった、真ん中に近いところだ!
「いい感じだな」
あっ、的に当たった矢が消えた。
「その感覚を忘れないようにもう一度」
「はい」
シファルさんの言葉に頷き、矢を構える。
そして、放つ。
ドスッ。
今のも、的の中心に近い。
「次」
「はい」
続けて10回矢を放つ。
「少し休憩しよう」
「はい」
いつもより弦が硬いからなのか、腕が痛い。
「大丈夫か?」
腕を摩っていると、心配そうにシファルさんが私を見る。
「大丈夫。ちょっと疲れただけだから」
「マジックアイテムの弓は、弦が硬いからな。どうしても腕への負担が強くなるんだよ」
硬いと言っても少しなんだけどな。
「それにしても通常の弓よりマジックアイテムの弓の方が、アイビーには合うみたいだな」
楽しそうな表情で的を見るシファルさん。
私も、的を見て頷く。
まぁ、合うと言っても殺気が必要だけどね。




