1006話 お揃い
「アマリさん、靴屋に行きましょう」
アマリさんがお父さんに視線を向ける。
「ドルイドさんは、アイビーさんが暗器を持つのは反対ですか?」
「ほとんどの暗器は、接近戦用ですよね? アイビーは、敵に近付いて欲しくない。あと、暗器は筋力が必要だから」
お父さんの言葉に、腕を見る。
筋力をつけるためにしっかり食べて運動も頑張っているけど、満足できる効果は出ていない。
「確かに接近戦用です。でも1個か2個は持っておいた方がいいと思いますよ。特にアイビーさんは、これから綺麗になっていくでしょう。きっと、愚か者が近付いてきます。そんな時に役立つのが暗器です」
綺麗になっていくと言われるのは嬉しい。
でも、近付いてきた愚か者に暗器を使うの?
「なるほど」
お父さん?
「どれがお薦めですか?」
まさか買う気?
「私のお薦めは、腕輪型の暗器です。注射針が仕込んであり、薬を入れておきます。これならそれほど筋力は必要ないです。あと、血で汚れないので初めて暗器を持つ人には良いと思います」
「血は服に付くとなかなか落ちないので、薬はいいですね」
「はい」
もしかして、本気で買おうとしているのかな?
お父さんとアマリさんの前にある腕輪を見る。
「それが暗器ですか?」
凄く綺麗な装飾が施されていて暗器に見えない。
埋まっている石は、小さいけど魔石かな?
まさか宝石?
「気に入ったか?」
お父さんが私の視線の先にある腕輪を持つ。
「見ていただけだよ」
確かに可愛いと思ったし気に入った。
でも、それは暗器。
持つには、ちょっと覚悟がいる。
「そうか。でもこれ、アイビーに似合うぞ」
腕輪を私の腕に着け、満足そうに頷くお父さん。
そんなお父さんに小さく笑いながら、腕輪を見る。
幅が1㎝ほどの銀の腕輪。
小さい石は緑色で、私の髪色に似ている。
「こちらに注射針が仕込まれております」
アマリさんが腕輪を触ると、スッと注射針が出た。
腕輪はとても綺麗で暗器に見えなかったけど、やっぱり暗器だね。
注射針が出ると、独特の雰囲気がでる。
「これ、いいな」
注射針を見て言わないで欲しい。
「いや、お父さん。必要ないよ」
「……」
「必要ないよ」
どうして不満そうなの?
絶対に、必要ないから。
アマリさんも残念そうな表情をしないで。
「そうか。しょうがない、諦めるか」
良かった。
ホッとした私を見て、お父さんが申し訳なさそうな表情をする。
「ごめん。もしもの時に必要かもしれないと思ったんだ」
「うん」
そっか、もしもの時か。
「靴屋に行こうか」
「そうだね」
暗器をチラッと見る。
必要かな?
武器屋を出ると見える、靴屋の看板。
それなのに、靴屋に着くのに少し時間が掛かった。
「「疲れた」」
靴屋に入った瞬間に呟くと、お父さんと被る。
「「あっ」」
顔と見合わせて笑っていると、アマリさんに微笑まれた。
ちょっと恥ずかしいな。
「では、靴を選ぶか」
「うん」
旅で使う靴はとても重要。
靴を変えるだけで、疲れ方まで変わるからね。
「旅用は奥だな、行こう」
旅で使う靴は奥。
可愛らしいデザインや、サンダルなどは手前にあるようだ。
奥に進みながら、色とりどりの靴を眺める。
「気になる靴はあったか?」
「気になるっていうか、デザインも色も沢山あって楽しいなって思って」
「確かに靴の数が凄いよな」
「うん」
靴の多さに、お店に入った時驚いたもんね。
「ここからが旅用の靴だな。こっちも凄い種類があるな」
「本当だ」
棚に並べられた大量の旅用の靴。
靴底の素材ごとに棚があるみたいで、棚の数も多い。
「これは、探すのも大変そうだ」
「うん。素材で選ぶ?」
「そうだな。今履いている靴の素材から見てみようか」
「そうだね」
お父さんと棚に並ぶ靴を見て回る。
途中で気になる物があると、履いて棚の間を何度も歩いて履き心地を確かめる。
それを何度も繰り返し、ある靴を手にする。
「あっ、俺と同じだ」
えっ?
お父さんが持っている靴を見る。
「一緒だ」
サイズは違うけど、同じデザイン。
靴底の素材も同じなので、お揃いみたいだ。
「2足目は?」
お父さんの言葉に、何かあった時のために用意する2足目をお父さんに見せる。
「「ぷっ」」
お父さんの2足目も、私と一緒。
まさか、ここまで揃うとは。
「仲良しですね」
アマリさんの言葉に、嬉しいけどちょっと恥ずかしくなる。
「えぇ、仲良しです」
お父さんが楽しそうに言うと、靴を4足持って会計に向かう。
その後を追うと、店の出入り口から怒鳴り声が聞こえて来た。
「あぁ、またですね」
アマリさんの呆れた声に、私も似た表情で頷く。
怒鳴り声。
今日で何度目だろう?
「うるさい。店に迷惑を掛けるな」
あれ、この声はラットルアさん?
店の出入り口に視線を向けると、もの凄く不機嫌な表情のラットルアさんがいた。
その隣では、笑顔……いや、笑顔?
笑顔だけど恐ろしく見えるシファルさんがいる。
「あぁ、なんだテメー、ごふっ」
ラットルアさんに突っかかった男性が、お腹を押さえて崩れ落ちる。
あの男性、勇気があるな。
あんな表情の2人に喧嘩を売るなんて。
私だったら、即行で謝るけど。
「ふふっ。さて、君達に相応しい場所に行こうか。そういえば、君」
倒れた男性と一緒にいた女性を見るシファルさん。
真顔になると、首を横に振る。
「バッグに入れた靴は、店に返そうか」
えっ、泥棒だったの?
女性を見ると、焦った様子で後ずさりし、周りに視線を向ける。
「何? もしかして逃げようとしているの? 逃げたら、刺すよ」
「ひっ」
真っ青な顔色の女性はバッグを開けると、靴を4足出した。
「4足も入っていたんですね」
アマリさんの少し驚いた声に頷く。
女性が持っているバッグは、マジックバッグではなく普通の物。
しかもそれほど大きくないバッグ。
そこからまさか4足も出てくるとは。
女性の周りにいた者達も驚いたのか、ちょっとざわついた。
「確認をお願いします」
シファルさんがお店の人に声を掛けると、男性が出て来てバッグから出した靴を確かめる。
「バッグに無理矢理入れた時に、靴同士が擦れたみたいです」
「商品価値は?」
「これでは商品になりません」
男性の言葉に、シファルさんが頷く。
「分かりました。被害届を出す時に、迷惑料とは別に商品代金も請求してください」
「はい。ありがとうございます」
捕まった2人を引き取りに自警団が来る。
ラットルアさんとシファルさんは、2人を引き渡すとすぐに店から出て行った。
「忙しそうだな」
会計を済ませたお父さんが、私の傍に来る。
「うん、凄く忙しいみたい」
店を出る時に、ラットルアさんが「休憩したい」と言っていた。
おそらく休憩する時間もないほど、色々な事が起こっているのだろう。
戴冠式は明後日。
明日もこんな状態が続くなら、本当に体を壊しそう。
「心配だな」
「最弱テイマー」を読んで頂きありがとうございます。
1005話で、ドルイドの盾をつける腕を間違えておりました。
盾をつけるのは右腕です。
大変、申し訳ありません。
教えて頂きありがとうございました。
ほのぼのる500




