1004話 マジックアイテムの弓
「気に入った弓は取り置きしてもらおう」
「そんな事が出来るの?」
「たぶん出来ると思うけど、どうかな?」
お父さんが手を上げると、先ほどとは違う男性が来る。
「はい。なんでしょうか?」
「まだ買うとは決まっていないんだけど、この弓を取り置きしてもらえますか?」
「えっと、こちらですか?」
男性が青い弓を受け取り、お父さんと私を見る。
「上の者に聞いてきますので、少しお待ち下さい」
「ちょっとお待ちください。これを」
アマリさんが男性の傍により、何かを見せる。
「大丈夫です。取り置きできます」
次の瞬間、男性が私達に笑顔を見せた。
「えっ?」
あまりの変化に、アマリさんを見る。
「良かったですね」
いや、今何かを見せたからだよね?
いったい、何を見せたんだろう?
「この商品だけでいいですか? 気になる物が他にもありましたら言って下さい。全て取り置きしますので」
「ありがとうございます。今はその弓だけです」
私を見て頷く男性。
「分かりました。えっとお名前をお聞きしてもいいでしょうか?」
男性がお父さんを見る。
「ドルイドです」
「では、こちらの商品は『ドルイド様』の取り置きとして裏に保管しておきます。失礼します」
男性が店の奥に向かうのを見る。
「何を見せたんですか?」
お父さんがアマリさんを見る。
「ふふっ。主人の地位が役に立ちました」
笑顔で言うアマリさんに、お父さんが苦笑いする。
アマリさんの主人。
つまりフォロンダ領主に関する何かを見せたという事?
「ありがとうございます。問題になったりしませんか?」
お店で我儘を言った事になるよね?
「取り置きはよくある事ですから大丈夫ですよ」
良かった。
「アイビーさん。小さな事は気にせず、主人の名をどんどん利用して下さいね」
いえ、無理です。
絶対に無理です。
首を横に振る私を見て残念そうな表情をするアマリさん。
「分かりました。では、私が代わりに使いますね」
このまま買い物を続けて大丈夫かな?
お父さんを見ると肩を竦められた。
「アイビー、マジックアイテムの弓を見た事はあるか?」
「マジックアイテムの弓? ないと思う。どんなマジックアイテムなの?」
首を傾げてお父さんを見る。
「弓は矢が必要だろう?」
「うん」
「放った矢は回収するけど、破損したり回収出来なかったりしてどうして減っていく」
うん、確かに減ってしまう。
突然変異した魔物に放った矢は破損した物が多かったよね。
「旅では何が起こるか分からない。マジックバッグに予備の矢を沢山入れていても、なくなってしまう事もあるんだ」
そんな事があるんだ。
マジックバッグには、相当な矢が入ると思うけど。
「そんな時に使うのが、マジックアイテムの弓なんだ」
矢がなくなった場合の予備という事かな?
あれ、それだとマジックアイテムの矢という呼び名になりそうだけど。
「見た方が分かりやすいな。こっちだ」
お父さんに付いて行くと、弓とは少し異なる商品が並ぶ場所に来た。
「これがマジックアイテムの弓だ」
お父さんが棚から商品を出すと私に差し出す。
弓だけど、既に矢が取り着いている。
そして、弓の上と下の部分に小さな魔石が埋まっていた。
お父さんからマジックアイテムの弓を受け取る。
普通の弓より少し重い。
構えてみようかな。
「構えると作動するようになっているから気を付けて」
お父さんの言葉に頷く。
危なかった。
「構えると矢の部分に魔力が溜まる。そして弦を離すと矢の形をした魔力が飛び出すんだ」
「凄いね。矢のいらない弓なんだ」
あれ?
こんな物があるなら、こっちの方が主流になりそうだけど。
「マジックアイテムの弓は膨大な魔力が必要となるから、使うのは緊急時と決めている冒険者が多いな。アイビーの場合は……あの子達次第かな」
ソラ達の協力があればという事か。
「負担にならないかな?」
「それは大丈夫だと思うぞ。今も協力したくて、アイビーが弓の特訓を始めるとそわそわしながら傍にいるのだから」
お父さんを見て首を傾げる。
「そわそわ?」
「あれ? アイビーは気付いていないのか? 弓の特訓中、あの子達はずっとそわそわしている事に」
「うん、知らない」
弓の特訓中に、皆が近くにいるのは知っている。
でも、集中していたからソラ達の様子をしっかり見ていない。
「そうだったのか。俺も最初の頃は、あの子達の様子が不思議だったんだ。でも、協力して矢を放った事があっただろう?」
「うん」
ソラと協力した時だよね。
「あの日の翌日からそわそわした態度が増したんだ。だから『あぁ、アイビーと一緒に特訓したいのか』と気付いたんだよ。聞いたら『そうだ』と鳴いたし」
知らなかった。
一緒に特訓したかったんだ。
「アイビーは気付いていると思っていた。もっと早く言えばよかったな」
お父さんを見て首を横に振る。
「教えてくれてありがとう。今は、まだ無理だけど。もう少し上達したら一緒に特訓してみるね」
あっ、バッグが揺れた。
話を聞いていたみたい。
「マジックアイテムの弓は、どんな使い心地なんだろう」
ちょっと想像が出来ないな。
「シファルの持っているマジックアイテムの弓を使わせてもらったらどうだ?」
「持っているかな?」
私を見て頷くお父さん。
「絶対に持っている。2個か3個はあると思うぞ」
そんなに?
「それなら聞いてみようかな。あっ、でも使ったら魔石に籠められている魔力が減るんだよね?」
それはなんだか申し訳ないような。
「大丈夫だろう。減った分を補充すればいいんだから」
「どうやって補充するの?」
「自分の魔力を、マジックアイテムの弓に埋まっている魔石に籠めるんだよ。魔石の部分をギュッと握ると魔力が移動するんだ」
「そうなんだ」
「ただ、魔石の中の魔力を満タンにするのは大変みたいだけどな」
持っている魔力量によっては、1回で満タンに出来ない事もありそうだな。
「あら、あの女性は」
お店の窓から外に視線を向けるアマリさん。
彼女の視線を追うと、先ほど見た大剣を持つ女性がいた。
「あぁ、彼女だったのね」
アマリさんの言葉に首を傾げる。
「ご存知の方だったのですか? さっきは、少し不思議そうに見ていましたが」
お父さんを見て、楽しそうに笑うアマリさん。
さっき父さんがアマリさんを気にしたのは、アマリさんが不思議そうに女性を見ていたからか。
「えぇ。あの姿では初めて見るので」
あの姿?
どういう意味だろう?
大剣を持つ女性に視線を向ける。
「見るたびに違う姿なんですよ」
見るたびに違う姿。
あっ、変装しているんだ。
「あっ、セイゼルクさんとシファルさんだ」
大剣を持つ女性の傍にセイゼルクさんとシファルさんがいる。
「嫌そうな表情だな」
お父さんの言う通り、嫌そうな表情で女性と話をする2人。
でも女性の方は、凄く楽しそうだな。
「まだ仕事は続くみたいだな」
去って行く3人を見るお父さん。
「そうだね」
さっきみたいに暴れる人が多いみたいだから、大変だよね。
「疲れて、病気にならないといいけど」
「それでは、疲労回復にいいスープを用意するように言っておきますね」
アマリさんの言葉に、お父さんが表情を引きつらせる。
「どんなスープなんですか?」
お父さんがあんな表情をするなんて。
「野バトを利用した、薬屋の作るスープです」
あっ、もしかして。
「野バトの骨と薬あと色々な食材を煮て作るスープで、体力を回復させるのにお薦めなんです」
やっぱり。
「あの、そのスープはいらないと思います」
そのスープが出た時の皆が想像出来る。
止めないと。
「そうですか?」
「はい。絶対に必要ないです」
お父さん、笑っていないで、止めて。
「あのスープは、もっと疲れた時に出せばいいと思いますよ」
お父さんの言葉に、少し考えたあと頷くアマリさん。
「分かりました。では、もう少し様子を見ましょう」
良かった。




