1000話 狙われた理由 裏
―フォロンダ公爵視点―
出掛ける準備をするために食堂から出ていくアイビー達を見送る。
「アマリ」
「はい」
真剣な表情をしたアマリが俺を見る。
「手を貸した者も全て捕まえたから問題ないと思うが、何が起こるか分からない。頼むぞ」
「はい、お任せ下さい」
アマリは頭を下げると食堂を出た。
「全員を捕まえたのですか?」
ドールが俺の前に熱いお茶を置く。
「あぁ、捕まえた。それにしても、まさか奴がアイビーを狙うとは思わなかった」
フォルスマン伯爵家当主が犯罪者を王都に呼び寄せている事が分かり、何を企んでいるのか探らせた。
その結果、俺を狙っている事が判明する。
あの時、奴を捕まえようと思えば出来た。
でも、奴を炊きつけた商人の存在が判明。
その商人を調べると、探している暗殺者と関わっている事が分かった。
そしてその暗殺者が、フォルスマン伯爵家当主と共に王都に向かったという事も。
「そうですね。ご主人様を狙っていた筈なのに、急に標的を変えたので我々も驚きました」
「本当にな。襲わせるために護衛も付けずに散歩してやったのに」
王都に来るなら、俺が囮になり奴等をおびき出せばいい。
そう考え、作戦を実行した。
「うまくいっていると思ったんだが」
まさか、アイビーを標的にするなんて、周りにいる者達に気付かなかったのか?
特にドルイド。
暗殺者も、何を考えたんだか。
「そういえば、他の者が釣れたとお聞きしましたが」
ドールを見て、ニヤッと笑う。
いつもは護衛が処理してしまうから見てるだけだったが、久々に暴れられたんだよな。
あれは、楽しかった。
「俺の首を狙っている者は多い。その内、目障りな2人を処理出来たよ」
「それは良かったです」
ドールが少し悔しそうな表情をする。
きっと自分が捕まえたかったんだろうな。
「ところで、あの噂はどうしますか?」
ドールを見ると笑っている。
「あれか」
俺が囮になるには、1人でいる時があると周りに思わせる必要があった。
だから、アマリとスイナスに噂を流すように頼んだ。
まさか2人が「俺が護衛を付けづに秘密の恋人に会いに行って困る」なんて噂を流すとは思わなかった。
信じて全て任せてしまった俺の責任でもあるが、恋人って……。
「まだ広まっているのか?」
ドールが笑いを抑えた表情で頷く。
「貴族達の間で、相手は誰だと盛り上がっております」
「はぁ」
誰がそんな噂を信じるんだと思ったが、どうやら俺の認識が間違っていたようだ。
まさか、凄い勢いで貴族達に広まるとは。
「皆様、公爵夫人となる者に興味津々なのですよ」
公爵か。
面倒が増えるから絶対に嫌だと言ったんだけどな。
貴族を潰しすぎた俺の自業自得か。
「ご主人様、フォルスマン伯爵家はどうなるのですか? あそこを潰すのは面倒が増えると言っていましたが」
フォルスマン伯爵家。
元は侯爵だったが、教会に資金提供していたとして罰を受け伯爵に落ちた。
その時に、当主と跡取りの長男は死んだ。
次の当主に、次男の名が出た。
でも「冒険者として生きていく」と辞退してしまう。
そのため、三男が当主の座に付いた。
三男は当主教育を受けてこなかったが、本人がやる気だったため当主になった。
まさか、伯爵に落ちた事を怨んでいたとは。
侯爵のままだったら、当主になる事もなかった事には気付かないのだろうか?
「フォルスマン伯爵家は存続させる」
「では、フォルスマン伯爵家に誰かを送り込むのですね?」
「俺の兄の三男を予定している。前当主の婚外子が見つかったという方向で調整しているところだ」
各村や町には、領主がいる。
その領主を見張る役目として貴族がいる。
貴族は、複数の町と村の領主を監視しながら、彼等を守る役目もある。
ただ、教会がこの関係を壊してしまい、長い間おかしくなっていた。
でも今は、教会が潰れた事で元の正しい関係に戻りつつある。
フォルスマン伯爵家は、王都の隣町の領主を監視し守る役目がある。
他の貴族に仕事を分配し、フォルスマン家を潰す案も出た。
でも、貴族家が減ったせいでどの当主も余裕がなかった。
だから残す事になったのだが、三男が勝手に潰れてしまう。
何もしなければ、余裕のある生活が出来たのにな。
「これで3件目ですね」
「そうだな」
我々の親族が、貴族の当主になるのは確かに3件目だ。
そんなつもりはないんだけど、
「貴族家を次々に、乗っ取っているみたいだよな」
重要な貴族家を存続させるためとは言え、まさか兄や姉の子供達を当主に送り込む事になるとは。
「貴族当主の集まりがございますが、気付いたら親戚ばかりなんて事になりそうですね」
「……」
甥っ子や姪っ子と俺は顔の造形が違うからバレないだろうが、笑えない。
「ご主人様。ご家族の方々は、このままなのでしょうか?」
「うん、表舞台に出る気はないと返事をもらった」
教会に狙われ危険が迫ったため、死んだ事にして名前を変え組織の裏方に回った。
今、教会に属して者達が捕まり、彼等が表に出て来ても良くなった。
だが、どうも裏で物事を動かす事が好きみたいだ。
裏から俺を支えると、早々に言われてしまったからな。
「分かりました」
あっ、アイビーとドルイドがこっちに来るな。
食堂の出入り口を見ると、アイビー達が顔を出した。
「フォロンダ領主、行ってきます」
嬉しそうな表情のアイビーに笑顔になる。
「人が多いから気を付けて」
「はい。気を付けます」
アイビーの後ろにいるドルイドが、俺に向かって小さく頭を下げる。
「アマリさんをお借りします」
「彼女は王都に詳しいから、店についても聞くといいよ」
「分かりました。では」
2人が楽しそうに食堂を出て行く。
「いいな、俺も一緒に行きたい」
「仕事が溜まっているので諦めて下さい」
嫌そうな表情でドールを見ると、笑顔を返された。
「分かっているよ。1人の散歩時間が思ったより長くなったからな」
ドールが真剣な表情で俺を見る。
「ご主人様、少し気になったのですが」
「なんだ?」
「ご主人様の説明で、皆さんはご納得なさったのでしょうか? 彼等も色々と経験している者達です。何か気付いたのでは?」
「気付いただろうな」
俺が各地に人を送り込んでいる事は知っている。
だから、犯罪者を集めて王都に向かわせた事に気付かないというのはおかしい。
「何か事情があって、犯罪者達を止めなかったと思っているだろうな」
彼等を誤魔化せるとは思っていない。
でも、余計な詮索をしない事も分かっている。
「アイビーが擦り傷でも負っていたら、違っただろう。無事だったから、分かった上で無視してくれたんだよ」
貴族の問題に関わって、いい事がないとも思っているだろうが。
「そうでしたか」
時計を見る。
あぁ、仕事に行かないとな。
「迎えが来たようですよ」
スイナスか。
「仕方ない、仕事に行きますか」
あと2日で戴冠式。
これが無事に終われば、少しは落ち着くだろう。
 




