996話 地下の訓練室
ドールさんの説明を聞いたお父さんの眉間に、皺が寄る。
「気配を消すマジックアイテムは、そんな簡単に手に入れられる物ではないです。何か、隠してないですか?」
「それは……」
ドールさんが私を見る。
えっ、私に関係があるの?
それだったら、隠さず教えて欲しい。
「私だったら大丈夫です。お父さんも一緒なので」
ドールさんが、お父さんに視線を向ける。
「大丈夫です。俺が守りますから」
「分かりました。アイビーさんを狙ったのは、偶然ではないと考えています。高額なマジックアイテムを渡した者が、アイビーさんを指名したのではないかと。ただ、アイビーさんを狙った本当の理由は、まだ聞き出せていないのです」
ドールさんが困った表情で私とお父さんを見る。
「朝食の配膳や後片付け。あと部屋の清掃など色々ありまして」
えっ?
忙しくて尋問が中途半端という事かな?
「今伝えたのは、最初に侵入した者が喋った内容です。あと申し訳ないですが、今日はこの建物内にいていただけますか?」
ドールさんが、心配そうな表情で私を見る。
「アイビーの狙われた理由が、分からないからですね」
「はい」
偶然私を見つけたのではなく、最初から私が狙われた可能性か。
王都に、私を狙いそうな人なんているかな?
私を知っている人は、フォロンダ領主やジナルさん達にセイゼルクさん達だけ。
自警団の人達もいるけど、彼等に狙われる理由なんてないし。
「分かりました。アイビーもいいか?」
「うん」
事件に、また巻き込まれているみたいだし。
私を狙った理由が分かるまでは、この豪邸で大人しくしておこう。
「時間がありましたら、地下の訓練室をお使いになりますか?」
訓練室?
オカンコ村にあった特訓室みたいな部屋かな?
「そんな部屋があるのですか?」
「はい。マジックアイテムを使用し、訓練室を使用している間中は防御魔法が発動し続けますので魔法の試し打ちも可能です。見てみますか?」
ドールさんが私とお父さんを見る。
「そこでは矢を射る事も可能ですか?」
お父さんの言葉にドールさんが頷く。
「アイビー、行ってみよう。今日の訓練は、まだだっただろう」
「うん」
「では、行きましょうか」
ドールさんが連れて来てくれたのは、1階にある本が沢山ある部屋。
その部屋に入り、天井まである本棚を通り過ぎると小さな扉が見えた。
「こちらが地下に続く扉です」
部屋の中に、地下に続く扉がある事に首を傾げる。
不思議な作りだな。
ドールさんの後に続いて扉をくぐると、細い階段を下りる。
階段が終わると、広い廊下に出た。
そして目の前には、両扉。
ドールさんが壁に設置されているマジックアイテムのボタンを押して、私とお父さんを見た。
「これで、防御魔法を発動しました。部屋をお使いになる時は、入る前に必ずボタンを押して下さい」
「「分かりました」」
ドールさんは頷くと、両扉を開けた。
「凄く、広いですね」
訓練室は、オカンコ村にあった特訓室よりかなり広くて驚く。
「はい。かなりの人数が、同時に訓練出来る規模ですからね」
ドールさんの説明にお父さんが神妙な表情をする。
「この豪邸は、最初からフォロンダ様の物だったのですか?」
お父さんを見て、首を傾げる。
何が気になるんだろう?
「いえ、違います。こちらは、ある公爵家が所有している建物でした。その一族は、王の座を奪おうとした罪で断罪されましたが」
えっ、王の座を奪う?
そんな危険な事を考える人の豪邸だったんだ。
「この場所って……」
お父さんが少し呆れた表情でドールさんを見る。
「王と王族騎士団を襲撃する者達が、訓練されていた場所です」
ここがそんな場所だとは。
というか、そんな場所をそのまま利用しているフォロンダ領主は凄いな。
「弓の訓練がご希望でしたね。右に弓を訓練する場所があり、的も既に設置されておりますのでご自由にお使い下さい」
ドールさんが指した方を見ると、確かに的がある。
しかも弓まである。
「置いてある弓は、ご自由にお使い下さい。いつでも使えるように調整済みですので」
「ありがとうございます」
教えてもらった場所まで行き、置いてある弓を手に取る。
いつも使っている弓ではないので、重みに違和感がある。
「アイビーは、使い慣れている弓で練習した方がいいぞ」
「うん、分かってるよ」
今最優先なのは、殺気がなくても的に当たるようになる事。
そのためには、使い慣れた弓で何度も弓を射る事が大切だと教えてもらった。
一度部屋に戻り、いつも特訓に使っている弓を持つ。
「ぷっぷぷ~?」
「地下に弓を特訓出来る場所があるの。今からやるんだけど、皆も来る?」
「ぷっぷぷ~」
「てっりゅりゅ~」
「ぺふっ」
「にゃうん」
「よし、皆で行こう」
部屋を出て、お父さんと一緒に地下に戻る。
ドールさんは、弓を取りに行く時に「では話を聞いてきますね」と楽しそうに言っていた。
数時間後には、本当の事を聞き出してくれるだろう。
「まずは1本」
「はい」
的に向かって弓を構える。
そして、殺気のない状態で弓を射る。
シュッ、コツ。
「んっ?」
的を大きく外れ、壁に刺さった矢にお父さんが首を傾げる。
「いつもより大きく外したな?」
「うん」
外での訓練の時は、少しずつ的に近付けたのに。
何故か、今日は大きく外した。
「次は殺気がある状態にしよう」
「お願いします」
お父さんの殺気が私に向けられ、指先が微かに震えた。
その状態で、弓を射る。
シュッ、パン。
的の右側に刺さる矢。
それにホッとする。
「次」
「はい」
次は殺気がない状態で弓を射る。
シュッ、コツ。
また、大きく外した!
「次」
「はい」
次は殺気がある状態で弓を射る。
この交互で特訓する方法は、シファルさんが提案してくれた。
この方が、殺気がない状態の時にどこがおかしいのか分かる筈だと。
何度も、殺気がある状態とない状態で弓を射る。
「次」
「はい」
シュッ、パン。
やった!
殺気がない状態で、的に当たった。
左にぎりぎりだけど。
「よし、最後の1本にしよう」
「はい」
殺気がある状態で最後の弓を射る。
シュッ、パン。
「やった。真ん中だ!」
矢を射る度に体の動きや力の籠め方を変えていき、最後の真ん中に矢を射る事が出来た。
「おめでとう」
お父さんが私の頭を撫でる。
「ありがとう」
弓を片付け、的や壁に刺さった矢を回収する。
「そういえば、ソラ達は?」
特訓に集中していて、ソラ達を見ていなかった。
「あそこだ」
お父さんが指した方を見ると、弓を射る場所とは反対側にいた。
「何をしているの?」
何故か4匹は、壁と壁を繋ぐように掛かっている縄の上でぷるぷるしている。
「なんだろうな?」
お父さんが不思議そうに、皆に近付く。
私もお父さんの後を追って、皆の傍に寄る。
「「あっ」」
ソラとシエルが縄から落ちた。
次にソル。
縄の上に残ったのはフレム。
「てりゅ~」
縄から下りたフレムが嬉しそうに鳴く。
他の3匹は、悔しそうだ。
「誰が最後まで縄に残れるか競っていたみたいだな」
「うん、そうだね」
本当に色々な遊びを思いつくな。
あっ、もう一度挑戦するみたい。
「今度は誰が勝つと思う?」
お父さんの質問に、ソラ達の状態を見る。
ソラもソルもかなりぷるぷるしているから、勝てそうにない。
シエルとフレムを比べると……。
「シエルかな。一番揺れていないから」
「俺と一緒だな」
「勝負にならないよ」
「ははっ。そうだな」
お父さんと一緒に、皆の勝負を見守る。
「「あっ」」
ソラとフレムが同時に縄から落下する。
そして2匹の落下で縄が不規則に動き、シエルが落ちた。
「ソルの勝ちだな」
縄の上で激しくぷるぷる揺れていたのに、まさか最後まで残るとは。
これは予想外だったな。




