995話 狙われたのは?
セイゼルクさん達が出掛けるのを、食堂で見送る。
「お土産に、王都で話題になっているお菓子を買って来るよ」
ラットルアさんの言葉に笑顔で手を振る。
「何を買って来るのか楽しみだね?」
お父さんを見ると、何故か眉間に皺が寄っている。
「どうしたの?」
「いや、王都は時々『えっこれが?』というような物が話題になるから」
そうなの?
もの凄く期待しているんだけど。
「まぁ、ラットルアはアイビーの好みも分かっているし大丈夫だろう」
うん、ラットルアさんを信じよう。
「ただ、面白半分に『これが?』ていう物を買って来る可能性はあるけどな」
「それはあるかも」
凄く楽しそうな表情で持って来そう。
「それより、これからどうする? 捨て場にはいけないし、王都観光でもするか?」
「楽しそうだけど、人が多くなっているんだよね? 問題を起こす人も」
「そうみたいだな」
人が多いのは大丈夫だけど、問題に巻き込まれるのは嫌だな。
「そうだ。お父さん!」
「なんだ?」
「洗濯しよう」
服を洗わないと、着替えがなくなる。
すっかり忘れていた。
「そういえば、洗った服があと数枚しかなかったな」
お父さんも、あと少しだったのか。
「洗濯場を、ドールさんに聞いた方がいいよね」
「洗濯場に行かなくても、ここにあるだろう。それを借りよう」
この豪邸の洗濯場を借りるの?
ちょっと借りるのが怖いんだけど。
「何かございましたか?」
えっ?
ドールさんの姿に目を見開く。
何時、食堂に入って来たんだろう?
気付かなかった。
「洗濯場をお借り出来ますか?」
「洗濯物でしたら、私が洗いますよ?」
ドールさんの言葉に首を横に振る。
「大丈夫です。自分の物は自分で洗いますから」
「そうですか? では、洗濯場にご案内いたしますね」
案内してくれているドールさんを見て、首を傾げる。
断った時、一瞬だけ残念な表情をしたように見えた。
今は穏やかな笑みを浮かべているけど、なんだったんだろう?
「こちらです」
ドールさんが案内したのは、食堂を出て調理場を通り越した隣の部屋。
「この部屋に置いてある物は、なんでもお使い下さい」
扉を開けて洗濯場に入ると、安堵した。
良かった。
壊れそうな物は1つもない。
「服を洗う時は、こちらがお薦めです」
ドールさんが白い粉の入った瓶を差し出す。
受け取って、瓶の蓋を開ける。
「いい香り。使っていいんですか?」
「もちろんです。使うために用意した石鹸ですので。洗い終わったら、外に物干しがございますのでご利用下さい」
「ありがとうございます」
一度部屋に戻り、洗濯物をカゴに出す。
「大きなカゴが2つか」
これは結構時間が掛かるな。
頑張ろう。
「アイビー、準備が出来たか?」
「出来たよ」
2つのカゴを持って、部屋を出る。
ソラ達を見ると、部屋の探索をしていた。
「皆、部屋の物を壊さないようにね。本当にお願いだからね」
「ぷっぷぷ~」
「てっりゅりゅ~」
「ぺふっ」
「にゃうん」
うん、きっと大丈夫。
洗濯場に戻り、お薦めされた石鹸で服を洗う。
「暑くなって着替える頻度が上がったから、洗い物が多いな」
泡を洗い流しているお父さんが、立ち上がって腰を叩く。
「そうだね」
泡を落とし、マジックアイテムを利用して水気を切る。
その服を、綺麗な水で濯ぐ。
そして、もう一度水気を切る。
それを何度も繰り返し、ようやく最後の1枚。
「「終わった~」」
立ち上がって背を伸ばす。
気持ちいい。
「もうすぐお昼だな」
えっ?
お父さんの視線を追うと、あと少しで12時を指す時計があった。
「本当だ。もうお昼なんだ」
いつもより時間が掛かったのは、ズボンに付いた土汚れがなかなか落ちなかったせいだな。
「服を干したら、食堂に行こうか」
「うん」
外に出て洗濯を干していると、お父さんが真剣な表情で周りを見た。
「どうしたの?」
「人の気配を感じたような気がして」
人の気配?
私には感じなかったけど。
「うっ」
えっ、声?
お父さんが私の前に出る。
「誰だ?」
私達がいる場所の前には、庭がある。
ただ、ソラ達が遊んでいた庭とは違い、こちらは少し大きな木々が多い。
つまり、隠れられる場所が多いのだ。
「いるのは分かっている。出てこい」
お父さんが隠し持っていたナイフを出す。
「失礼いたしました」
「えっ、ドールさん?」
木の後ろから出てきたドールさんに、目を見開く。
「なぜそこに?」
お父さんが不審気に聞くと、彼は少し困った表情をした。
「ちゃんと説明した方が良さそうですね」
彼はそう言うと、木の後ろからぐったりした人を引きずり出した。
「誰だ、それは?」
「侵入者です」
侵入者?
「フォロンダ領主を狙ってですか?」
私の質問に首を横に振ったドールさんは、私とお父さんの様子を見る。
「彼は、アイビーさんを狙ったんです」
「私?」
「はっ?」
お父さんの低くなった声が聞こえた。
視線を向けると、鋭い視線で侵入者を睨みつけている。
「お父さん。あの人はもう倒されているから」
お父さんの服を軽く揺さぶる。
「ふぅ。分かっている」
大きく深呼吸したお父さんは、ドールさんに鋭い視線を向ける。
「アイビーが狙われているのは本当なのか?」
「彼は2人目なので」
2人目?
「朝、庭に侵入した者もアイビーが狙いだったのか」
朝の侵入者も、私を狙っていたの?
「はい。彼女が自白したので間違いないでしょう」
どうして私を狙ったんだろう?
お父さんが首を傾げて侵入者を見る。
「アイビーが狙われた理由は分かっているのか?」
「身代金目的の誘拐です。門の所で特別扱いを受けた事で狙われたようです。おそらく、貴族の子供だと思ったのでしょう」
「「はっ?」」
ありえない事を聞いてお父さんと一緒に驚く。
冒険者の格好で、あんなに汚れていたのに?
「狙ったとしても、普通はここを見たら止めないか?」
あぁ、フォロンダ領主の豪邸だもんね。
「それが、どうやら知らなかったみたいで」
「知らなかった?」
お父さんが怪訝な表情をすると、ドールさんが小さく笑う。
「はい。ここがフォロンダ公爵の家だと知らなかったみたいです。侵入する家の情報を普通は調べると思いますが、彼等は調べなかったんですね」
捕まらないために、普通は調べるのにね。
「人が増えた王都に、荒稼ぎをしに来た愚か者か」
お父さんを見て頷くドールさん。
「そうだと思います。彼等が拠点としている所では、侵入する家を調べなくても捕まらなかった。だから、王都でも大丈夫だと思ったのでしょう」
「まだ、仲間がいるのか?」
「はい。彼等は5人で仕事をしているそうです。アイビーさんを攫う役は2人。残りは、隠れ家で待っていると言っていました」
そこまで情報を掴んでいるのか。
あとは、自警団に報告するのかな?
「今、隠れ家に仲間が向かっています。あと少ししたら、全て解決するでしょう」
自警団には言わないのかな?
「そうか。ありがとう」
お父さんがドールさんに頭を下げる。
「いえいえ、お客様が気持ちよく過ごせるようにするのが我々の仕事ですから」
侵入者を捕まえるのも仕事の1つなの?
というか、
「ドールさんって何者?」
「アイビー」
「何?」
お父さんを見る。
「彼はおそらく裏の仕事をしていた者だ」
お父さんの言葉にドールさんは笑って頷く。
「ふふっ、さすがですね」
「気配の隠し方から想像がつきますよ」
あっ、そうだ。
姿が見えるまで、ドールさんの気配は全く感じなかった。
食堂でもそうだった。
「侵入者も気配を感じなかったけど」
「それは、マジックアイテムですよ」
ドールさんが、侵入者の首から下がっている物を見せる。
気配を消すマジックアイテムを使っていたのか。
あれ?
かなり魔力を必要として、しかもかなり高額だと聞いた事があるけどな。




