105話 朝はのんびり
ふっと意識が浮上する。
小さなあくびをしながらテントの入り口を確認して……少し笑ってしまった。
ここ数日で板に付いてしまった。
悪い事ではないので、これからも続けていこうと思うが今回の事は色々と勉強になったな。
「ふ~。おはよう」
起き上がり、隣で寝ているソラに声を掛ける。
ソラはちらりと私を見て、グーッと思いっきり伸びをした。
バッグの中での1日は窮屈だったのだろう。
怒涛の1日を終え、今日からは狙われる心配をする必要が無い。
その事に、ずっと感じていた不安が消えている。
もちろん、旅を続ける以上は警戒は必要だが、今日ぐらいはのんびりと過ごしたい。
と思うのに、外の微かな音にも耳を澄ましてしまう。
「過敏になっているな……」
ソラがぴょんと跳ねて膝の上に乗ってくる。
そしてプルプルと揺れる。
ちょっとリズミカルな揺れ方は、ご飯の催促だ。
少しだけソラの揺れ方の変化が分かる様になってきた。
ただ、微妙な違いでなかなか分かりづらい。
「待っててね」
ソラ用のポーションを入れているバッグを手に取って中を確認する。
あれ?
少ない……あっそうか。
頑張ってくれたソラに、朝に必要な分を除いて全てあげてしまったんだった。
今日中にポーションを、捨て場に取りに行かないとな。
「ソラ、あとでポーションを取りに行こうか。アダンダラの事も心配だし」
ずっと気になっていたあの子の事。
セイゼルクさん達と一緒にいるようになってから、その姿を見ていない。
本によると、相当強い魔物とあったので心配はしていないが。
甘えん坊なところがあるからな。
ソラが食事を中断して、ピョンピョンと軽く跳ねて見せた。
どうやらソラも、アダンダラに会いたいみたいだ。
「アダンダラは大切な仲間だよね。そうだ、名前を付けたいけど問題はないのかな?」
テイムしたら名前を付ける。
テイマーとして勉強した事だ。
でも魔力が足りなくて、アダンダラをテイム出来ていない。
テイムしていない魔物にも名前を付けてもいいのだろうか?
誰かに訊いてもいいけれど、怪しまれてしまう。
でも、名前って重要だと思うし。
そうだ、今日会う事が出来たら直接聞いてみよう。
「アイビー、起きてるか?」
テントの外からラットルアさんの声が聞こえた。
「はい、ちょっと待ってください。すぐ行きます」
急いで服を整える。
テントから出る前に、ソラの食事が終わっている事を確かめた。
ソラの食事がビンも含めた劣化版ポーションとは知られていない。
知ったらきっと驚くだろうな。
有機物と無機物を同時に消化しているのだから。
でも、ラットルアさん達だったら驚くだけで何も問題ないような気がする。
「おはようございます。遅くなりました」
テントから出るとセイゼルクさん達もボロルダさん達も既に起きていた。
すごいな、昨日の夜は作戦成功の祝いだと大量のお酒を飲んでいたのに。
マールリークさんとセイゼルクさんは二日酔いなのか頭を抱えているが、他の人達はいつも通りだ。
一番飲んでいたシファルさんなんて、涼しい顔をして朝から昨日の夜の残りのお肉を食べている。
まぁ、隣のヌーガさんほどは食べていないが。
「おはよう、昨日の疲れは出ていないか?」
「大丈夫です。ボロルダさん達も大丈夫ですか?」
「大丈夫だよ。あの2名を除いて」
シファルさんが、食事を終えたのか口元を布で拭いながら手招きをする。
何だろうと近づくと、隣の椅子を引いてくれた。
それに座ると、ラットルアさんがスープとパンを持って来てくれた。
朝から買いに行ってくれたのか、柔らかいパンだ。
「ありがとうございます」
ラットルアさんはなんだか機嫌が良さそうだ。
何かいい事でもあったのかな?
「アイビー、団長から伝言を預かっているんだ」
「団長さんですか?」
昨日の夜、拠点に運び込まれた大量の書類を見て沈痛な表情をしていた。
あれを全部確認するのだから大変な仕事だ。
だが、最終確認はどうしても団長さんになるらしいので頑張ってもらいたい。
その団長さんから伝言?
「はい、何でしょうか?」
「そんな畏まる必要は無いよ。団長からちょっとしたお願いだから、食事の後でも大丈夫」
「はぁ、分かりました」
食事を食べ始めると、ヌーガさんが何処からかカゴを取り出して私の前に置いた。
不思議に思ってヌーガさんを見つめる。
「俺の知り合いから、アイビーに感謝したいと渡してきた」
「私に?」
口に含んだふわふわのパンを飲み込んでから声を出す。
柔らかいパンは本当に美味しい。
「あぁ、組織に家族を奪われた被害者の1人なんだ。元冒険者で俺とシファルの師匠的な人だ。で、俺達と一緒にいたからアイビーも何か作戦に参加したのだろうと、鎌を掛けられてしまってな。誤魔化したつもりだったんだが、どうやら隠し通せなかったみたいだ。先ほど持ってきた」
「ごめんねアイビー、ばれちゃって。現役を退いたはずなのに、まだまだ読みと勘は鋭い人でさ」
ヌーガさんとシファルさんの師匠的な人。
何だか、すごく個性的な人を想像してしまいそうだ。
「お2人の師匠なら問題ないです」
「ありがとう」
シファルさんが嬉しそうな表情を見せる。
ヌーガさんも、どことなくうれしそうな雰囲気だ。
それにしても何だろう。
食事を止めてカゴに手を伸ばす。
中を確認すると甘い香り。
「お菓子ですか?」
「そうみたいだね。それにしてもあの人がお菓子を買うなんて……怖すぎる」
シファルさんが、何とも言えない表情をする。
ヌーガさんもだ。
いったいどんな人なんだろう。
お菓子を買うだけで、周りが微妙な表情を見せる人って。
用意してもらった食事を食べきり、後片付けをする。
食後のお茶を人数分用意して、全員でゆったりと過ごす。
どうやら、セイゼルクさん達も今日はのんびりするようだ。
「それで、団長さんはなんて言っていたのでしょうか?」
私がボロルダさんに聞くと、なぜか不思議そうな表情をされた。
えっ?
何か伝言があると、さっき話していたはずなのだが。
「あっ、そうだった。悪い」
まだ疲れが残っているのか、忘れていたようだ。
「団長からは『謝礼金と懸賞金については待っていて欲しい。とりあえず2週間』との事だ。今回集まった書類などの確認がかなりあるからな。自警団総出で取り掛かるみたいだが、そちらまで手が回らないのだろう」
謝礼金? 懸賞金?
何の事だろうか。
「何の事ですか? もしかして組織関係ですか?」
「ん~、やっぱり考えていなかったか」
ボロルダさんが苦笑いしている。
ラットルアさんはなぜか優しい笑顔だ。
何だろう、この生ぬるい空気は。
「組織関係だ。作戦を立てた事と協力をしてくれた事への謝礼金と情報に対しての懸賞金」
「えっと」
確かに作戦は立てたと言うか、皆を煽ったような。
協力は自分が狙われているのだから当然と言えるような気がするな。
貰っていいのだろうか?
「不思議そうだな~。アイビーは堂々ともらっていいんだよ。今回の作戦の最大の協力者なんだから。ソラの事も含めてね」
ラットルアさんが楽しそうに頭をポンポンと軽く撫でてくる。
あっ、そうか。
ソラが判断出来た事で立てられた作戦になるんだ。
なら、私というよりソラに対しての謝礼金だ。
「謝礼金については分かりましたが、情報に対する懸賞金というのは何でしょうか?」
「組織の情報には懸賞金が出る事になっていたんだ。少しでも情報を集めるためにな。つまりファルトリア伯爵、ミーラ達の情報だな」
なるほど、確かにミーラさん達の情報はそういう事になるのか。
ファルトリア伯爵も情報を渡したことになるのかな?
あの時のことはソラの判断で謝礼金の方に入るような気がするけど。
「深く考えないでいいよ~。今回の謝礼金と懸賞金はややこしいから」
「そうなのですか?」
ラットルアさんの言葉に首を傾げる。
ややこしいとはどう言う事だろう?
「普通は情報をもらってから、その情報を自警団で精査して行動に移すから。今回の様に情報と行動がごちゃ混ぜなんて珍しい事だよ」
「あぁそれと、他の町や村の冒険者ギルドからも懸賞金が出るから」
ボロルダさんが思い出したように、もう1つの懸賞金の事を言いだす。
「それは指名手配されていた人達の事ですよね。それこそ私は関係ないと思うのですが?」
あれは完全に自警団の仕事だったはず。
討伐隊に参加していた冒険者達なら話は分かるけど。
「まぁ、正確にはそうなんだけど。奴らを捕まえるのも作戦に含まれていたからな。だからアイビーも関係者という事になる」
そういうものなのか?
「お金はあっても困らないよ。貰っておきな」
シファルさんの言葉に確かにと思う。
夏が過ぎれば冬となる。
冬の間の宿代が手に入ると思えばいいのかも知れないな。
「そうですね。そうします」
「よかった~。アイビー、これで奴隷が手に入るね」
「はっ? えっ、何の事ですか?」
「ん? 今回の謝礼金と懸賞金。かなりの金額になると思うよ。それこそ高額の奴隷が買えるぐらいの」
えっ……何それ怖い。
私的には宿代ぐらいという計算だったんだけど。