993話 落ち着かない
「よしっ。まだ話したい事は色々あるだろうけど、今日はここまでにしよう」
えっ?
ジナルさんを見ると、私達を心配そうに見ている。
「全員、疲れた表情をしている。だから、今日はもうゆっくり過ごそう」
お父さんやセイゼルクさん達を見ると、確かにちょっと疲れている。
きっと、私も同じだろうな。
「王都に着くまで、魔物を警戒していたからな。しかも王都に着いたら、予想外の事が待ち構えていたし」
お父さんが豪邸を見て言うと、セイゼルクさん達も頷く。
「何か壊しそうで怖いよな」
ラットルアさんの呟きに、ソラ達を見て頷く。
「大丈夫だ。豪華に見えるけど中は普通だから」
「それって、貴族の普通だろ?」
ガリットさんの言葉に、セイゼルクさんが首を横に振る。
「あ~、まぁ……そうだな」
ガリットさんが困った表情で頷くと、ドールさんが「失礼します」と私達を見る。
「この建物内にある物は、重要な物など一つもありませんので壊しても大丈夫ですよ」
ホッと出来る言葉の筈なのに、全然安心出来ない。
「お部屋ですが、個室を準備しておりますが問題ございませんか?」
ドールさんの言葉に頷くと、部屋を案内してもらう。
ジナルさんとガリットさんは、ナギさんと所にポーションを届けに向かった。
「3階は、旦那さまとお子様達の寝室に執務室。それと、護衛と侍女の控室がございます。セイゼルク様達の部屋は2階に準備いたしました。各部屋には鍵が付いておりますので、ご利用下さい」
ドールさんは順番に鍵を渡しながら、使う部屋を教えてくれる。
「アイビー様は、こちらの部屋をどうぞ」
私の部屋は、お父さんとヌーガさんの間みたい。
鍵を使って扉を開ける。
「えっ、凄い。本当に今日、私はここに泊まるの?」
隣にいるお父さんに聞くと、笑って頷いた。
「今日というか王都にいる間、利用する部屋だな。それにしても、凄いな」
そう、何故か私の部屋だけ他の皆の部屋と違った。
なんというか……もの凄く可愛らしい部屋になっている。
色はクリーム色で落ち着いた印象なんだけど、置いてある小物1つ1つが可愛い。
お父さん達の部屋は、家具は立派だったけどまだ普通と言える範囲だったと思う。
いや、今までの宿よりもの凄く豪華ではあったけど。
でも私の部屋は違う。
カーテンからクッションまで、全てが可愛らしい物で揃えられている。
「うわっ。可愛いい部屋だな。アイビー、あとで部屋の中を見せてくれ」
「うん」
ラットルアさんが部屋を覗いて楽し気に笑うと、自分が借りる部屋に入って行った。
どうしよう。
本当にこの部屋を、私が使っていいのかな?
「アイビー様、大丈夫ですよ。こちらの部屋は、あなた様のために旦那様が楽しそうに用意した部屋ですから、ご自由にお使い下さい」
「フォロンダ領主がですか? えっと、ありがとうございます?」
あっ、疑問形になってしまった。
でもしょうがないよ。
この可愛らしい部屋を、フォロンダ領主が用意したって聞いたんだから。
「さぁ、どうぞ」
ドールさんが部屋に入り、笑顔で私を見る。
「アイビー、入ってみよう」
「うん。お邪魔します」
お父さんに促されて部屋に入る。
「ぷっ」
「てりゅ」
「「……」」
私が部屋に入ると、ソラとフレムが小声で鳴き付いて来る。
シエルとソルは、無言で付いてきた。
部屋の真ん中に立って、部屋の中を見渡す。
大きなベッドに、ソファにテーブル。
本棚には、本が埋まっている。
あとで、どんな本があるのか見てみよう。
それにしても、落ち着かない。
私の緊張に気付いたのか、一緒に部屋に入ってくれたお父さんが肩に手を置く。
「アイビー様。右の扉がトイレです。そして、左の扉がお風呂になっております」
ドールさんが、扉を開けて説明してくれたので頷く。
「分かりました、ありがとうございます。あの」
ドールさんを見ると、不思議そうな表情をした。
「はい、なんでしょうか?」
「私に「様」は必要ありませんよ」
「分かりました。ではアイビーさんとお呼びしますね」
「さん」もいらないんだけどな。
それは、またお願いしよう。
「それでお願いします」
「必要な物がありましたら、何でも言って下さいね。すぐにご用意いたしますので」
「はい、ありがとうございます」
ドールさんは小さく頭を下げると部屋を出た。
「大丈夫か?」
お父さんが、少し心配そうに私を見る。
「何処に座ればいいんだろう?」
「ソファだろう」
そうだけど!
「さすがに、今の汚れた格好では座れないよ。あっ、ソファの脚が花の形だ」
あれ?
ベッドにも同じ花が彫られている。
同じ人が作ったのかな?
「確かに座れないな。風呂に行こうか」
「うん。お風呂で落ち着きたい」
ドールさんが教えてくれた、風呂に繋がる扉を見る。
「広い風呂に行かないか? 1階に、宿のような広い風呂があるらしい」
お父さんを見て首を傾げる。
「そうなの?」
「ドールさんが、そっちの方がお勧めだと言っていた」
「それだったら、広い方のお風呂に行こうか」
お父さんを見ると、嬉しそうに頷く。
「あぁ。準備をしたら呼びに来るよ」
「分かった」
お父さんが部屋を出ると、肩からマジックバッグを下ろして周りを見る。
「カーペットに置いたら汚しそうだな。床だったら拭けるから、床に置こう」
マジックバッグから必要な物を取り出す。
「ぷっぷぷ~」
「てりゅりゅ~」
「ぺふっ」
「にゃうん」
皆の鳴き声に視線を向けると、全員でベッドを見上げていた。
いつもだったら、すぐにベッドに飛び乗るのにただ見つめているだけ。
もしかして、
「皆、体を拭こうか?」
「ぷっぷぷ~」
「てっりゅりゅ~」
「ぺふっ」
「にゃうん」
皆と私の気持ちは一緒だね!
「分かった。待っててね」
布を濡らして、ソラを綺麗に拭いてベッドに置く。
布を洗って、次はフレム。
気持ちよさそうに、小さな鳴き声が聞こえる。
「気持ちいいの?」
「てりゅ~」
綺麗にしたフレムをベットに置くと、布を洗って次はソル。
「……」
無言だけど、口元がちょっと上がってる。
「はい、綺麗になったよ」
「ぺふっ」
ベッドに置かれたソルは、体を縦に揺らして満足気。
皆、体を拭くのが好きだったっけ?
「次はシエルだね。ちょっと待っててね。布を洗って来るから」
綺麗に洗った布でシエルを拭く。
コンコンコン。
「アイビー、用意は出来たか?」
あっ、お父さんだ。
「ごめん、部屋に入って待ってて」
「どうした?」
部屋に入って来たお父さんは、私とシエルを見て笑った。
「体の汚れが気になったのか?」
「ぷっぷぷ~」
「てっりゅりゅ~」
「ぺふっ」
頷いて鳴くソラ達の頭を撫でるお父さん。
「そうか」
「はい、終わり。綺麗になったよ」
シエルは、本来の姿になってもいいのかな?
あとでドールさんに確認を取ろう。
「皆、お風呂に行って来るから待っててね」
皆の鳴き声を背に部屋を出る。
「1階の奥にあるみたいだ」
お父さんの案内でお風呂に行く。
途中で、凄く広い部屋を見つけた。
「何に使うんだろう?」
「パーティーだろう」
あぁ、なるほどね。
「ここだな」
1階の一番奥に、男湯と女湯の札が下がった扉を見つけた。
「また、あとで。アイビー、時間は気にせずゆっくりして来ていいからな」
「うん。ありがとう」
女湯と書かれた札が下がる扉を開ける。
「えっ、広すぎない?」
脱衣所の広さにちょっと驚きながら、服を脱ぎお風呂に繋がる扉を開ける。
「……落ち着けるかな?」
宿の3倍ほど広い湯船に壁や天井に施された装飾。
座る椅子は普通だ。
「ははっ。椅子を見てホッとするのは初めてだな」
とりあえず体を洗ってさっぱりしよう。




