990話 通行証
「待て」
セイゼルクさんがガリットさんを呆れた表情で見る。
「なんだ?」
「なんだじゃない! 貴族専用の通行証を俺達に渡すなんて、問題になるだろう」
えっ、貴族専用の通行証?
手に持っている通行証を見る。
確かに、村や町で貰った通行証とは全く違う。
王都用なのかと思ったけど、貴族専用だったんだ。
そっと通行証をテーブルに置く。
「大丈夫だ」
「大丈夫って。俺達のような冒険者が、この通行証を使ったら問題になるだろう」
セイゼルクさんが嫌そうに言うと、ガリットさんが笑う。
「だから、大丈夫だって。今のこれ、貴族と貴族が許可した者も持つようになっているから」
「どういう事だ?」
セイゼルクさんが不思議そうに通行証を見る。
「貴族専用だった時は、通行証を門番に見せるだけで通れただろう?」
ガリットさんの説明に、セイゼルクさん達とお父さんが頷く。
「貴族の許しがなければ、馬車の中を調べる事も出来ないし、一緒にいる者の身元確認も出来なかった」
凄い力のある通行証だったんだ。
「その方法がずっと問題視されていたんだ。貴族が犯罪者を王都に入れるのに利用されていると」
そうか。
貴族が一緒だったら、犯罪者が王都に入り放題だ。
「教会が潰れて、協力者に貴族の名がかなり上がった。そのせいで、貴族界に大きな変動が起きた。力のある貴族が、たった1日で消えたり降格したりな」
凄い事なんだろうけど、貴族の事はよくわからないな。
「フォロンダ様はいい機会だと思い、貴族専用の通行証を廃止しようとしたんだ。でも、残った貴族から『残して欲しい』という歎願が多数きた。そこで彼は、恩を売れると形を変えて通行証を残す事にした」
「その形を変えた通行証がこれか?」
セイゼルクさんが通行証をガリットさんに見せる。
「そう。今まで通り貴族が中心に使う物だけど、貴族が許可した者も使えるようにしたんだ。そして、貴族以外も使う事がある為、門では必ず全員の身元確認をする必要があると決めたんだ」
なるほど。
テーブルに置いた通行証を見る。
「まぁ、そういう事なら受け取るが」
「理解したなら、登録するぞ」
ガリットさんがテーブルに載せたマジックアイテムを指す。
「わかった」
セイゼルクさんが、通行証の上にマジックアイテムを置き小さな穴に指を入れた。
あっ、血液を取るマジックアイテムだ。
商業ギルドで似た物を使ったから、見覚えがあったのか。
「アイビー、どうぞ」
ラットルアさんが、私を手招く。
「うん」
通行証の上にマジックアイテムを置き、穴に指を入れる。
「もういいぞ」
指を引き抜くと、ガリットさんが通行証を渡してくれた。
「ありがとう」
通行証を受け取ると、首を傾げる。
青い色をした長方形の板だったのに、透明の線が2本斜めに入っている。
「その線は、登録済みという意味だ」
「そうなんだ」
不思議そうに通行証を見ていた私に、ガリットさんが説明してくれた。
「おっ、来たな」
ガリットさんの視線を追うと、庭に出る扉が開く。
「いらっしゃい」
楽し気な雰囲気のフォロンダ領主に、急いで椅子から立ち上がる。
「あ~、いつも通りでいいよ」
いいの?
お父さんを見ると、小さく笑って頷いた。
「フォロンダ様、お久しぶりです」
セイゼルクさん達が、軽く頭を下げて挨拶する。
それにフォロンダ領主は、笑顔で頷く。
「怪我もなく、無事に王都に戻って来てくれて良かったよ」
フォロンダ領主の視線がお父さんと私に向く。
「「お久しぶりです」」
お父さんと一緒に頭を下げると、フォロンダ領主の手が私達の肩を軽く叩いた。
「話は聞いている。本当に元気な姿が見れて良かった」
椅子に座ると、ドールさんがお茶を入れ直してくれた。
お菓子も新しい物が出てくる。
今度は、フルーツのお菓子だ。
「通行証は渡したのか?」
ガリットさんを見たフォロンダ領主。
「はい、渡しました」
「ありがとう」
「あの、本当に此処に泊まっていいのですか?」
セイゼルクさんが、フォロンダ領主の豪邸を見る。
「あぁ、ここに泊まってくれ。今からでは宿も取れないだろうしな。あっ、そうか。渡した通行証を使えば、気に入らない冒険者を追い出して泊まれるかもな」
えっ、そうなの?
お父さんを見ると、苦笑しながら頷いた。
「たぶん、出来るだろうな」
そうなんだ。
貰った通行証にそんな力が。
「そんな事はしませんよ。何を言い出すんですか」
呆れた表情になるセイゼルクさん。
シファルさんは、楽し気に通行証を見ている。
「駄目だぞ」
「わかっているよ」
止めたセイゼルクさんに笑顔で頷くシファルさん。
もの凄く不安になるのはどうしてだろう。
あっ、セイゼルクさんも不安そう。
「大丈夫。しないよ」
シファルさんを信じよう。
「フォロンダ様」
シファルさんが真剣な表情でフォロンダ領主を見る。
「なんだ?」
「俺達かドルイド達、どちらかに用事があったのではないですか?」
そうなの?
フォロンダ領主を見ると、困った表情で頷いた。
「アイビーとドルイドにお願いがあってね」
お父さんと私?
「申し訳ないんだけど、ジナルに渡したポーションを全て買い取らせてもらえないだろうか? 金額については、ある程度用意してある。もの凄く高い事はわかっている。あの効果だからな」
ジナルさんに渡したポーションとは、ソラとフレムのポーションの事だよね。
「理由を聞かせてもらえますか?」
お父さんの質問に、口を閉ざすフォロンダ領主。
「理由は言えないという事ですか?」
お父さんを見て、小さく笑うフォロンダ領主。
「言えないというか、ずっと隠して来た事だから。まぁ、もう隠し通せる事でもないか」
フォロンダ領主の呟きに、全員が首を傾げる。
「君たちは地図を見て不思議に思った事はないか?」
地図を見て?
国全体の地図を思い出す。
右に私が住んでいたラトミ村で、左に王都があった。
特に不思議に思うところはないけど。
「王都の位置ですか?」
セイゼルクさんの質問に、フォロンダ領主が頷く。
王都の位置?
一番左にあるのがおかしいのかな?
「物や人が集まる王都は、国の真ん中あたりにあるべきだと思う。その方が王都に集まった人や物が、各地に移動しやすい。でも、この国の王都は一番左にある。そのせいで王都から遠い右にある村では、情報も遅いし届けられる物も少ない」
確かにラトミ村を出て初めて知った事も多かったな。
「実は王都は国の真ん中にあるんだ。ただ、地図には右側しか載っていないが」
えっ?
「未知の大地の事ですか?」
ラットルアさんの言葉に頷くフォロンダ領主。
人が入れない未知の大地が国の一部?
「未知の大地の奥に、捨てられた大地がある。それも全て含めてオードグズ国なんだ」
捨てられた大地って本に出てきた場所だ。
「未知の大地は、その場所を隠す目的で作られた」
あれ?
前に聞いた説明と違うみたい。
「隠した原因は、そこに住む魔物ですか?」
フォロンダ領主が驚いた表情でお父さんを見る。
「どうしてそれを知っている?」
「まぁ、色々とありまして。もしかしてポーションが必要なのは、捨てられた大地から魔物が出てきたせいですか?」
それは、戴冠式が終わり数年後の筈だけど。
「あぁ、そうだ。1年に1匹か2匹が捨てられた大地から出てくる。今回も魔物が1匹出てきたから冒険者に討伐を依頼した。冒険者達は魔物を討伐してくれたが、魔物の血を浴びてしまったんだ。通常なら問題ないが、血が特殊だったみたいで戻って来た冒険者達の体がゆっくりと腐り始めた。しかも通常のポーションでは治せなくて。唯一、ジナルが持っていたポーションが効いてくれて数名の冒険者は治った。でも、まだ苦しんでいる冒険者達がいる」
フォロンダ領主がお父さんと私に深く頭を下げる。
「頼む。ポーションを売って欲しい」




