989話 ここに泊まるの?
ガリットさんに付いて行くと、綺麗で大きな建物が並ぶ場所に来た。
「貴族が住む場所だよね?」
大きな町には、貴族の住む場所が確保されているところがある。
今までそんな場所に入った事も近付いた事もないため、緊張する。
「あぁ、もう少し先にフォロンダ様の豪邸があるんだ」
家ではなく豪邸なんだ。
旅の汚れを落としていないけど大丈夫かな?
「どうした?」
不安そうな表情でもしていたのか、お父さんが不思議そうに私を見る。
「汚れた格好のままで大丈夫かな?」
「フォロンダ様だったら、気にしないだろう」
確かにそうだけど。
「この辺りに住んでいる貴族は?」
「フォロンダ様に文句を言うような貴族はこの辺りにはいないから大丈夫だ」
ガリットさんが周りを見て言う。
「フォロンダ領主って、やっぱり凄い人なんだ」
「あれ? アイビーは、フォロンダ領主と呼んでいるのか?」
「うん。フォロンダ様って言ったら、領主でいいよって」
ガリットさんを見て言うと、納得したように頷く。
「どうしたの?」
「あの方は領主という仕事を愛しているからな。その気持ちを忘れないように、アイビーに『領主』呼びを願ったんだろう。大人の世界では、もう無理だから」
「無理?」
「あぁ。王の戴冠式が終わると、彼はこの国唯一の公爵となる」
「「「「「えっ」」」」」
ガリットさんの言葉にセイゼルクさんとお父さんが驚いた表情をする。
公爵って確か、王の次に偉い人だったっけ?
えっ、凄い人だとは思っていたけど想像以上だ。
「唯一とはどういう事だ? 公爵家はいくつかあっただろう? 彼等はどうしたんだ?」
「降格したり剥奪されたりして、現在はいない状態なんだよ」
シファルさんの質問にガリットさんが楽し気に笑う。
その表情を見て、シファルさんが溜め息を吐く。
「何をしたんだ?」
えっ、ガリットさんが何かしたの?
「俺が何かしたわけではない。フォロンダ様達が調べたら、色々と出てくる、出てくる。それを処理したら、いなくなった。それだけだ」
悪い事をしていたって事か。
「フォロンダ様も、まさかいなくなると考えていなかったから驚いていたよ。しかも、そのせいで自分が公爵を押しつけられたものだから、彼等に対してかなり怒っていたな」
押しつけられた?
爵位が上がったら、普通は喜ぶのでは?
「フォロンダ領主にとっては、嬉しくないの?」
「嬉しくないだろうな。唯一の公爵だから、その仕事量は膨大だ。そのせいで好きな領主の仕事が出来ず、息子に任せる事になるだろうし」
そんなに忙しいんだ。
好きな事が出来ないなんて、可哀そうだな。
「公爵の話が出た時、そのまま息子達に丸投げしようとして親子喧嘩していたよ」
「見てみたかった」
ガリットさんがラットルアさんを見て、首を横に振る。
「やめておけ。やばい会話が飛び交うんだぞ。心臓に悪い」
心臓に悪い会話?
怖いけど、ちょっとだけ気になる。
「あっ、ここだ」
うわぁ、凄い。
目の前に立つ豪邸に、驚愕する。
貴族が住む場所は、どの建物も凄く綺麗で大きかった。
でも、フォロンダ領主の豪邸は大きさも豪華さも一番凄い。
「庭も凄いね」
沢山の花が咲いていて綺麗だな。
「これは、ちょっと気後れするな」
お父さんが困った表情で、自分の服を見る。
「やっぱりそうなるよね?」
汚れた状態で、この目の前にある豪邸に入っていいんだろうか?
「どうした? 行くぞ?」
ガリットさんが門を開けて、私達を手招きする。
「本当にこの格好で大丈夫か?」
セイゼルクさんを見て、ガリットさんが笑う。
「セイゼルクまで、そんな心配はいらないって。ジナルなんて、血みどろで来たんだから」
えっ、ジナルさんはもう王都に来ているの?
というか、血みどろ?
「怪我をしたの?」
ガリットさんが私の頭をポンと撫でる。
「大丈夫。ポーションを沢山渡してくれていただろう? あれで、一緒の任務に就いていた者達も助かったんだ。今日も任務に行っているよ」
ポーションが役に立ったんだ、良かった。
門を通り豪邸に近付くと、目の前の大きな扉が開く。
「ガリット様、お帰りなさいませ。そちらがご主人様のお客様ですね」
「そう。彼は、この家の執事をしているドールだ」
ドールさんが私達に向かって頭を下げる。
「初めまして。お邪魔します」
セイゼルクさんが頭を下げる時に、一緒に下げる。
「無事、王都に到着され安心いたしました」
「部屋の用意は終わった?」
部屋?
「はい、終わっております」
「ありがとう。部屋に案内する前に、ちょっと休憩するよ。帰ってくるだろうし」
「もしかしてここに泊まるの?」
私達が、この豪邸に?
ガリットさんが私を見て頷く。
「戴冠式まであと5日。もうどの宿もいっぱいで探しても無駄だから、ここに泊まったらいいよ。フォロンダ様も、そのつもりで準備していたし」
えっ、5日後に決まったの?
「戴冠式は5日後なのか?」
セイゼルクさんが驚いた表情でガリットさんを見る。
「昨日発表があった。もっと前に発表する予定だったんだけど、色々とあって昨日になったんだ」
「色々?」
ラットルアさんが首を傾げる。
「王妃の座を巡って、貴族達が醜い争いを繰り広げていたんだよ」
「うわっ、大変だな。で、王妃は決まったのか?」
ラットルアさんを見て、ニヤッと笑うガリットさん。
「次の王は、既に結婚しているんだよな。しかも子供もいる」
「そうなのか?」
ラットルアさんが驚いた表情でガリットさんを見る。
「うん。結婚して既に6年目だ」
「詳しいんだな」
セイゼルクさんが不思議そうにガリットさんを見る。
「周りが落ち着くまで護衛に参加していたからな。その時に、色々知った」
次の王を、護衛していたんだ。
やっぱり、ガリットさんは普通の冒険者ではないね。
「とりあえず、お茶でも飲んでゆっくりしよう。ソファを勧めても座らないだろうから、外にした」
外と言っても庭だけどね。
ガリットさんが案内してくれたのは、庭の中に作られた休憩場所。
呼び名があるのかもしれないけど分からない。
「座ってくれ。通行証を渡すから」
木のテーブルに、椅子。
椅子には綺麗な装飾が施されているけど、豪華なソファより安心して座れる。
全員が座るとドールさんがお茶を入れてくれた。
良かった、木のコップだ。
凄い綺麗なコップが出てきたら、怖くて触れないところだった。
お茶を一口飲むと、ホッとした。
しかも、もの凄くお茶がおいしい。
「こちらもどうぞ」
ドールさんが持って来てくれたお皿の上のお菓子を見て、頬が緩む。
「チョーバーだ」
チョーバーは、フォロンダ領主のメイド アマリさんが用意してくれたお菓子だ。
「いただきます」
あっ、前に食べた物と同じ味だ。
嬉しい。
屋台で似た物を買って食べたけど、味が違ったんだよね。
あれもおいしかったけど、こっちの方が好き。
「はい、全員分の通行証」
ガリットさんを見ると、それぞれの前に通行証を置いた。
「はぁ」
セイゼルクさんとシファルさんが通行証を見て溜め息を吐いた。
それを不思議に思いながら、目の前にある通行証を手に取った。
「綺麗だね」
王都の通行証は、青い色をした長方形の板で名前が刻まれていた。
「通行証に、個々の力を記録させるから、これに、指を入れてくれ」
ガリットさんを見ると、丸い球体を手にしていた。
何処かで見た事があるマジックアイテムだ。
何処だったかな?




