988話 王都に到着
「次、どうぞ。門を通ったら、空いているテーブルに向かって下さい。そこで身元を確かめます」
セイゼルクさんを先頭に門を通り、空いているテーブルに向かう。
すぐに若い男性の門番さんが来てくれて、私達に紙を渡した。
「内容を確認して納得したら、名前と王都に来た目的を書いて下さい。冒険者チームの方は、チーム名もお願いします」
内容?
紙を見ると、王都の規律が書かれていた。
●犯罪行為や迷惑行為を禁止する。
これは、当然の事だよね。
●もしもの時は、自警団や騎士団の指示に従う。
これも、当たり前の事だ。
●危険物を持ち込まない。
●テイムしている魔物以外は持ち込まない。
今の私達は大丈夫。
●噂を鵜呑みにしない。
●噂を広げない。
また、噂だ。
「どうした?」
心配そうにお父さんが私を見る。
「噂の事が書いてあるから、不思議に思って」
「あぁ、それか。王都は人が多いぶん、噂の種類も多いんだ。問題のない噂ならいいが、悪意を持って流された噂もある。たまたまその噂を聞いた者が、知り合いに話す。その繰り返しで、その噂がまるで本当の事のように広がっていく事があるんだ」
そういう事があるんだ。
「王都には、噂のせいで人生を狂わせた者がいる。噂のせいで死んだ者も。だから、規律に載せているんだと思う。面白半分で関わるなという注意だな。あと真偽を確かめずに噂を広めた場合は、最悪罰金刑になる事もあるから」
あっ、それについては一番下に書いてあった。
真偽を確かめずに噂を広めた場合は、罰金刑もあるって。
「気付かないうちに噂を広めているかもしれないから、気を付けないと駄目だね」
紙に名前を書く。
次は、王都に来た目的?
次の王様を見に来たでいいのかな?
「アイビーは大丈夫だろう」
隣にいるラットルアさんを見る。
「どうして?」
「アイビーから噂を聞いた事がない。あっ、調べて来た噂の報告ならあるけどな」
「えっ? 私も聞いた噂を話した事はあるよ。お父さん、あるよね?」
「まぁ、あるな。『武器屋の前にある屋台がおいしいんだって』とか。『甘い物なら、大通り2番目の角の店みたいだよ』とか」
あれ?
「あとは、『変わった料理が食べられるみたいだよ』とか。『この村のソースは、甘味が強いから気を付けた方がいいんだって』とか、だな」
おかしい。
全て食べ物の事?
「ぷっ」
んっ?
テーブルを挟んだ向かいにいる門番さんを見ると、下を向き肩だ揺れている。
「食べ物以外の噂はないのか?」
セイゼルクさんの質問に、お父さんが考え込む。
「……」
えっ、ないの?
いや、他にもある筈。
「……あれ?」
食べ物以外の噂をお父さんに話した記憶は……もしかして、ない?
「個人を攻撃するような噂は1個もない、武器屋の噂を聞いた気もするが、ほぼ食べ物に関する事だな。おいしい屋台の噂が一番多い」
武器屋の噂?
覚えていないな。
私が覚えているのは、屋台の噂ばかりだ。
「アイビーはそれでいいだろう。はい」
セイゼルクさんが門番さんに紙を差し出す。
「ありがとう、ございます」
まだ少し笑いを引きずっている門番さんが受け取ると、首を傾げた。
「あれ、この名前……ちょっと待っていて下さい」
セイゼルクさんの書いた内容を確かめると、門番さんが慌てた様子で他の門番さんの元に走った。
「嫌な予感がする」
シファルさんが呟くと、ラットルアさんが頷く。
「彼女か?」
また、彼女?
いったい、誰の事なんだろう?
「前は聞きそびれたけど、誰の事だ?」
お父さんの質問に、セイゼルクさんが苦笑する。
「オトルワ町生まれ、今は王都の冒険者ギルドに勤めている元仲間だ」
元仲間の事だったのか。
「問題があるのか?」
「「「人使いが荒い」」」
シファルさん、ラットルアさん、ヌーガさんの声が重なる。
それにお父さんが少し驚いた表情をする。
「そんなに?」
「まぁ、ちょっとな。使える者は何でも使う主義らしい」
凄い主義だね。
「無理な依頼を押しつけるような事はないし、冒険者ギルドの規律も守っているから問題はない。こちらの意見も聞いてくれるし、お願いされた依頼を断る事も出来る。でも、話していると『分かった』と言ってしまうんだよな」
シファルさんまで頷いている。
あの、シファルさんまで。
「アイビー?」
ニコリと笑うシファルさんから視線を逸らす。
どうしてバレたんだろう?
「彼等か」
声に視線を向けると、40代ぐらいの女性がいた。
「はい。そうです」
対応してくれていた門番さんが頷くと、女性の門番さんが私達に笑いかけた。
「待たせて、悪かったね。えっと、そちらの4人が『炎の剣』でそちらの2人が一緒に旅をしている親子ね」
彼女は、私達が書いた紙を確かめると頷く。
「これに、身元が確認出来るカードを置いて、球体部分に手を載せてくれるかしら?」
女性の門番さんがテーブルにある、白い長方形の板に透明の球体が付いている物を指す。
全員が身元確認を行うと、女性の門番さんがホッとした様子を見せた。
「全員、問題なし。もう少し、ここで待っていてもらっていいかしら?」
「理由を聞いても?」
セイゼルクさんが女性の門番さんを見る。
「あぁ、ごめんなさい。説明がまだだったわね。あなた達が来たら連絡を欲しいと言われていたの。連絡をしたから、迎えが来る筈よ」
「俺達に許可を得ず?」
不服そうな表情を見せるセイゼルクさんに、女性の門番さんが彼に少し近付く。
「フォロンダ様よ」
小声で言った名前に、セイゼルクさんが頷く。
「なるほど、それなら仕方ないですね。ありがとうございます」
「いえ。相手が貴族でも許可は必要だったわね。ごめんなさい。あの方からこんなお願いされた事がなかったから、焦ってしまって」
初めてなんだ。
それにしても、何か用事でもあるのかな?
「あっ」
木の魔物の事かな?
次の王様と一緒にいる噂があるみたいだけど、フォロンダ領主に会えば本当の事が分かるよね。
「ほらっ、迎えが来たわよ」
女性の門番さんが指す方を見ると、『風』のメンバーであるガリットさんが片手を上げていた。
「久しぶりだな。皆、無事で良かったよ」
親し気に話すガリットさんに、女性の門番さんが驚いた表情で私達を見る。
それに首を傾げながら、ガリットさんを見る。
「お久しぶりです。ガリットさんも元気そうで良かったです」
「あぁ、こき使われて疲れてはいるけどな」
それは、お疲れ様です。
「連絡をありがとう。あとはこっちでするから」
「はい。お願いいたします」
深く頭を下げる女性の門番さんに驚き、ガリットさんを見る。
「どうした?」
歩きだしたガリットさんの隣を歩きながら、チラッと振り返る。
まだ、頭を下げている。
あっ、他の門番さん達もだ。
「もしかしてガリットさんは凄い人なの?」
「いや、そんな事はない。俺は普通の冒険者だ」
「普通の冒険者」にあんな反応?
「ガリット」
「なんだ?」
セイゼルクさんを見るガリットさん。
「通行証を貰っていないんだが」
あっ、そうだ。
身元を確認して、問題がなかったら貰える通行証。
あれがなかったら、不法侵入になるのでは?
「大丈夫だ。あとで渡す」
「あとで、か」
あれ?
セイゼルクさんが嫌そうな表情をしている?
「それは普通の通行証か?」
「あの方が用意した通行証だ」
今のってどういう事?
フォロンダ領主が用意してくれた通行証を貰えるって事?
でも「普通」って何?




