987話 王都は目の前
「アイビー、薬草はもう大丈夫か?」
「うん、大丈夫」
セイゼルクさんを見て頷く。
そうだ、噂について聞いておこう。
「セイゼルクさん」
「どうした?」
不思議そうに私を見るセイゼルクさん。
「彼等に噂を聞いたのはどうして? 必要だったのか、分からなくて」
「あぁ、あれは別に噂が聞きたかったわけではないんだ」
んっ?
「冒険者の質を見る時に利用する、手段の1つなんだよ」
冒険者の質?
それが噂を聞いたら分かるの?
「例えば、彼等が教えてくれた噂を聞いてアイビーはどう思った?」
「ありえそうだなって思った」
「つまり、彼等は本当にありえそうな噂だけを教えてくれたんだ。他の噂もあっただろうけど」
なるほど。
噂って本当に色々あるもんね。
どうしてそんな噂が広がったのか分からない物まで。
「彼等もそれを知っているから、自分達の質を伝えるためにあれを選んだんだろう」
試されていると気付いたから、緊張していたのか。
「あれ? 最後のは?」
「あれは、俺達の様子を見るためだな。貴族の噂についてどう反応するか」
フォロンダ領主の噂で、セイゼルクさん達を試したの?
「まぁ、俺達がフォロンダ様と知り合いだったから意味がなかったけどな」
セイゼルクさんが笑って振り返る。
「彼等は、判断能力も決断能力もある。これからが楽しみな冒険者だと思うぞ」
セイゼルクさんの言葉に、シファルさん達が頷く。
「そっか。それにしても、噂って本当に色々な利用方法があるんだね」
わざと噂を流して人を動かしたり、混乱させたり。
敵を欺く時にも利用するし、今回のように冒険者の質を見るのにも使う。
「王都はそれが酷いかな」
お父さんを見る。
「そうなの?」
「あぁ、様々な人が多いせいで悪意に満ちた噂も多い。人を陥れようとする噂も結構ある。事実無根の噂を流されて、潰れていった冒険者もいるしな。王都で噂を集める時は、他の村や町以上に注意が必要だ」
なんだか、王都に行くのが怖くなってきたな。
「そんなに心配そうな表情をしなくても大丈夫。俺達が、一緒にいるんだから」
ラットルアさんがポンと私の頭を撫でる。
「ありがとう。そうだね」
一人じゃないもんね。
お父さんもセイゼルクさん達もいるから大丈夫。
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「アイビー、そろそろ王都の門が見えてくるぞ」
お父さんの言葉に、前方に視線を向ける。
薬草が沢山生えていた場所から2日目。
とうとう王都に到着する。
突然変異した魔物と何度も遭遇したためちょっと緊張が続いたけど、あれからそんな魔物と遭遇する事もなく、無事に王都まで来る事が出来た。
「あれから何もなくて良かったね」
私の言葉に、皆が笑って頷く。
「トトーラはまだいいが、前の2匹は本気で嫌だよ」
ラットルアさんが呟くと、セイゼルクさんが深く頷く。
シファルさんとヌーガさんは、ちょっと考えている。
この2人は魔物と戦う事が好きだから、悩むのかな?
「お前らな」
シファルさん達の様子に気付いたセイゼルクさんが呆れた表情をする。
「いや、1月に1匹ぐらいだったら」
「はぁ」
シファルさんの返事に溜め息を吐くセイゼルクさん。
一緒に旅をして分かったけど、リーダーって大変なんだな。
あっ、王都に着くんだ。
炎の剣のリーダーは誰がなる事になったんだろう?
話し合っていた所は見ていないけど、決まったのかな?
「次のリーダーは決まったの?」
「「「……」」」
これは決まっていないね。
というか、すっかり忘れていたみたいだね。
「まぁ、もうしばらくは俺がリーダーだ。引退するまでには決めろよ」
セイゼルクさんが小さく笑って言うと、3人は頷いた。
王都の門が見えてくると、長蛇の列が出来ている事に気付く。
「げっ、まさか王都に入るための列か?」
ラットルアさんが嫌そうな表情で言う。
「そのまさかだな。王都に向かっている人が多いとは聞いていたけど、ここまでとは」
セイゼルクさんが困った表情をすると、お父さんも同じような表情で頷いた。
「並ぶしかないか」
シファルさんの言う通りなので、列の最後尾に並ぶ。
「随分と時間が掛かっているな」
しばらく並んでいると、セイゼルクさんが首を傾げる。
「いつもはもっと早いの?」
「あぁ。書類に王都に来た理由を書いて、身元が証明出来るカードをマジックアイテムに翳す。あとは2個か3個の質問があるぐらいだからな」
それは、他の村や町とかわらないね。
「君たちは知らないのか?」
私達の前に並んでいた、白髪のおじいさんが振り返る。
「何をですか?」
「逃げていた教会関係者が、次の王を狙って戻って来たんだ。まぁ、そいつらはすぐに捕まったんだけど、他にもいる可能性があるからって王都に入るのが色々と面倒になったんだよ」
うわぁ、また教会関係者か。
しぶとい、本当にしぶとい。
「奴等か」
呆れた様子を見せるセイゼルクさんに、おじいさんが首を傾げる。
「屑共と関わった事があるのかい?」
屑共って教会関係者の事かな?
「はい。冒険者ギルドからの依頼で、奴等を捕まえました」
「そうか。それは、ありがとうよ」
おじいさんのお礼に不思議そうな表情をするセイゼルクさん。
「俺の家は武器屋をしているんだが、教会の抱える元冒険者共が何度も店に来ては暴れてね」
「どうしてですか?」
「教会に武器を寄付しなかったからさ。タダでくれてやる武器はないって断ったら、嫌がらせをしてきたんだよ。冒険者ギルドを通して止めるように言ってもらったんだけど、貴族が出てきて俺達が悪いって事になってね。あのくそ貴族が」
教会に手を貸していた貴族か。
「奴等が暴れる度に冒険者ギルドが、冒険者を寄こしてくれたんだけど奴等は本当にしつこくてね。家族が怪我をした事もあって大変だったよ」
酷いな。
「だから教会がぶっ潰れた日は、家族でお祝いをしたんだよ。教会に協力していた奴等の情報も、冒険者ギルドに流してやったしな。あはははっ」
豪快に笑うおじいさんに、セイゼルクさん達も笑う。
「でもよ、戻って来たって言うじゃないか。逃げ出した奴等が王都から去って。隠れていた奴等もある程度捕まってホッとしていたのに。その噂を聞いて、それが本当だと分かった時はうんざりしたよ」
嫌そうな表情になるおじいさん。
おじいさんの前にいた人達も同じような表情で頷いている。
「まぁ、奴等を野放しにするつもりはない。奴等を守っていた貴族もいなくなったしな。商人仲間に声を掛けて、見かけたらすぐに自警団に連絡が行くようになっている。王都に戻って来てみろ、すぐに捕まえてやるよ。あはははっ」
「凄いですね」
「商人は広い繋がりを持っているからな」
そうなんだ。
「おっ、次は俺の番だ。話を聞いてくれたありがとうね。王都は人がわんさかいる。スリも多くなっているから、気を付けて。あとぼったくりの店もあるからな。俺の孫がしている武器店は安心だぞ。武器が必要になったら、大通りの『マルール』に来てくれ。オルの知り合いだと言ったら、安くなるぞ。じゃあな」
話して満足したのか、笑顔で手を振るおじいさん。
それに手を振り返す。
「楽しいおじいさんだったね」
王都に入って行くおじいさんを見送ると、お父さんを見る。
「そうだな。それにしても『マルール』か」
あれ?
「知っているの?」
「あぁ、王都で有名な武器屋だ」
そうなんだ。
「アイビーの弓を探す時に行ってみようか」
「うん」
私の弓か。
楽しみだな。




