986話 噂話
「急で悪いんだが、突然変異した魔物の噂を知らないか? 知っている物があったら教えて欲しいんだけど」
セイゼルクさんが3人の冒険者に視線を向けると、真っ赤な髪をした冒険者が他の2人を見る。
「あります。真偽は、わかりませんが」
黒い短髪の鋭い目をした冒険者が、神妙な面持ちでセイゼルクさんを見る。
そんな彼を、肩につくぐらいの黒髪のよく似た冒険者が心配そうに見た。
そんな3人の表情に首を傾げる。
なんだか緊張しているように見える。
何かあるのかな?
それにしても、黒髪の2人はよく似ているな。
鋭い目つきも一緒だし、違うのは髪の長さぐらいだ。
兄弟なんだろうな。
「それは気にしない。どんな噂でもいい、教えて欲しい」
真剣な表情のセイゼルクさんと3人の冒険者を見る。
意味のある質問みたいだけど、分からないな。
「わかりました。突然変異した魔物で一番有名な噂は、王都の周辺に複数現れたというものです」
複数も?
「他には、教会の研究所で生まれた突然変異した魔物が逃げ出して森で繁殖したというのもあります」
ありえそう。
「あと、各地で生まれた突然変異した魔物を王都の傍にある研究所に運ぶ途中で逃げ出したとか、集めた魔物が暴れて研究所を壊して逃げたとかですね」
こっちもありそう。
「あと……」
黒い短髪の冒険者が困った表情をする。
それに、セイゼルクさんが首を傾げる。
「どうした?」
「すぐに消えた噂なんですが、どこかの領主をしている貴族が、王都を混乱させるために王都周辺に突然変異した魔物をばらまいたというのもありました」
「んっ?」
3人の冒険者を順番に見るセイゼルクさん。
どうしたんだろう?
それにしても、「どこかの領主をしている貴族」って、フォロンダ領主の事ではないよね?
「もしかして、フォロンダ様と知り合いか?」
やっぱりフォロンダ領主の事なの?
「えっ? ご存知なんですか?」
「あぁ、彼の治めているオトルワ町の冒険者だからな」
3人の冒険者がセイゼルクさん達を見る。
そしてお父さんと私を見てちょっと首を傾げる。
「もしかして『炎の剣』の方ですか? ただ、そちらの2人はちょっとわからないのですが」
真っ赤な髪の冒険者が、少し興奮気味に話す。
それに笑って頷くセイゼルクさん。
「2人は一緒に旅をしている親子だ。そういえば、自己紹介がまだだったな。俺は『炎の剣』のリーダー、セイゼルクだ」
「ラットルア、よろしくね」
「シファルだ」
「ヌーガ、どうも」
「俺は彼等と一緒に旅をしているドルイド。こっちは」
お父さんが私を見る。
「娘のアイビーです。よろしくお願いします」
小さく頭を下げると、3人が慌てて頭を下げてくれた。
「俺達は王都の冒険者ギルドに所属している『風の音』です。俺はリーダーのジャオです。よろしくお願いします」
真っ赤な髪のジャオさん。
「俺はティオルです」
黒の短髪がティオルさん。
「ミオルです」
肩につく黒い髪がミオルさん。
よし、覚えた。
「あの、最後の噂はフォロンダ様を引きずり落とそうとしている者が流した噂だと思います」
ジャオさんが少し心配そうにセイゼルクさんを見る。
「そうだろうな。あの方が、王都を混乱させるために魔物を使うわけがない」
そうだよね。
フォロンダ領主がそんな事をするわけがないよね。
「後始末が面倒になる魔物なんて使うわけがない。もっと効率よくやるだろう」
えっ?
シファルさんの言葉に驚いて、彼に視線を向ける。
「そうですよね?」
ティオルさんまで?
あっ、他の人達まで頷いている。
まぁ、必要ならするかな。
フォロンダ領主には、それだけの力がありそうだし。
「噂については、もういいですか?」
「あぁ、ありがとう」
ジャオさんを見て頷くセイゼルクさん。
「この魔物はどうする? 冒険者ギルドに提出するのか?」
お父さんがジャオさんを見る。
「あっ、俺達は中位冒険者で専用のマジックバッグを貰えていないので無理です。何があったのか報告だけです」
「そうか」
お父さんがセイゼルクさんを見る。
「どうする? これも持って行くか?」
少し考えこむセイゼルクさん。
「全て持って行くか。研究材料は多い方がいいだろう」
「わかった」
セイゼルクさんの判断で、討伐したトトーラを全てマジックバッグに入れる。
「王都に戻るのか?」
トトーラが入ったマジックバッグをヌーガさんが肩から下げると、お父さんがジャオさん達を見る。
「まだ、戻れません。俺達はここに、ある薬草の採取依頼を受けてきたんですが、まだ見つけてもいないので」
薬草を探そうと思ったら、トトーラと遭遇したのかな?
「わかった。まだ、突然変異したトトーラがいるかもしれないから気を付けて」
セイゼルクさんを見て、ミオルさんが頷く
「心配してくれて、ありがとうございます。次にトトーラを見つけたら、戦わずに逃げます!」
ミオルが断言すると、ジャオとティオルが何度も頷く。
「わかった。また王都――」
「待ってください」
セイゼルクさんの言葉をさえぎって、お父さんを見るジャオさん。
「どうした?」
「ポーションの事です。金額について、話し合っていません」
彼の言葉に、お父さんが小さく「あっ」とこぼす。
そういえば、王都で払うと言っていたな。
私もお父さんもすっかり忘れていたね。
「そうだったな。書類を書くよ」
お父さんがマジックバッグから紙を取り出すと、彼等に正規版の青のポーションを3本渡した事と金額、支払方法を書く。
最後にお父さんが署名し、ジャオさんに渡す。
「内容を確認して、署名してもらえるか?」
「はい。あれ? 俺達が飲んだのは、正規版のポーションですよね?」
「そうだけど、どうした?」
「5ギダルは安すぎませんか?」
安い?
「ドルイド。わからないから適当に書いたな」
シファルさんの指摘に、視線を逸らすお父さん。
「王都での今の値段は?」
シファルさんの質問にジャオさんは、困惑した表情でお父さんを見た。
「正規版だったら最低でも1ラダルです。緊急時は、3ラダル以上だと思います」
お父さんがジャオさんを見る。
「だったら1ラダルで」
「いいんですか? 緊急時は、相場より高くなるのが常識なんですけど」
「問題ない。1ラダルでいい」
「わかりました、ありがとうございます」
お父さんは書類をもう一度書くと、ジャオさんに渡す。
彼は内容を確認すると、署名した。
「あの、本当にありがとうございました」
セイゼルクさん達とお父さんに深く頭を下げるジャオさん達。
「気にするな。王都で会った時は、料理のうまい店でも教えてくれ」
セイゼルクさんを見て、嬉しそうに笑うジャオさん達。
「またな」
ジャオさん達に手を振って、その場を離れる。
しばらく歩くと、セイゼルクさんがお父さんと私を見た。
「正規版のポーションの値段がわからないのは、ドルイドとアイビーぐらいだろうな」
「ははっ、そうだろうな。冒険者だけでなく旅をする者にとって、正規版ポーションは命綱。その値段は知っていて当たり前だからな」
そう言うものなんだ。
だから、ジャオさんは困惑していたのか。
「アイビーも知らなかっただろう」
「うん。彼等に使ったポーションを買った時も、他の物と一緒に買ったから1本の値段は知らない」
次にポーションを買う時は、値段を確かめておこう。
「ソラ達のポーションの値段は?」
ラットルアさんがお父さんを見る。
「決めていない。ギルマスと話し合って決めるから」
ソラ達のポーションが活躍したのは、問題を抱えていた場所ばかり。
だから、復興に影響しない金額にしているんだよね。




