985話 突然変異
「アイビー、これはどう?」
ラットルアさんが持って来てくれた小さな黄色い花を見る。
「これは毒草の『ゴゴ』だよ」
「またかぁ」
残念そうな表情で肩を落とすラットルアさんに、ちょっと笑ってしまう。
「ラットルアが毒草を持ってきたのは、これで3回目か?」
「……5回目だ」
シファルさんの問いに、ラットルアさんが不貞腐れた様子で答える。
「それはちょっと、多すぎるだろう」
シファルさんの言葉に溜め息を吐くラットルアさん。
「薬草探しなんて久しぶりだからな、仕方ない」
セイゼルクさんがラットルアさんを励ますように肩をポンと叩く。
薬草探しは、冒険者になった頃に誰でも経験するらしい。
セイゼルクさん達も、冒険者になりたての頃に随分頑張ったと言っていた。
「アイビー、これは?」
ヌーガさんが持ってきた小さな黄色い花を見て笑顔になる。
「『デス』だ。何処に生えていたの? 周りにも生えている可能性が高いんだけど」
「こっちだ」
ヌーガさんの案内で『デス』が沢山ある場所まで来た。
「うわ、この周りの黄色い花はほとんど『デス』だと思う」
「全部ではないのか?」
「『ゴゴ』が紛れ込んでいるかもしれないから」
薬草「デス」にそっくりな、少し食べただけでも腹痛を起こす毒草の「ゴゴ」。
黄色い花の形も、葉っぱの形も似ているので見分けるのはちょっと難しい。
1つ1つ、茎を確認しながら「デス」を採っていく。
この薬草は、お肉の臭みとりに使っている1つだ。
あと、爽やかな香りがするのでソースに使ったりもしている。
「アイビー。そろそろ次に行こうか」
「わかった」
セイゼルクさんに返事をすると、採った薬草をカゴに入れマジックバッグに仕舞った。
セイゼルクさん達やお父さんと合流して、地図で探しておいた次の場所に向かう。
「次で最後か? 最後はどんな薬草を探すんだ?」
お父さんが私を見る。
「次の薬草は、茶葉として欲しいの」
地図を見て、私が行きたいと印を付けた場所は5ヶ所。
「デス」は4ヶ所目で、次が最後。
「茶葉?」
「うん」
薬草として使われているけど、私は茶葉として使う。
香りが良くて本当においしいんだよね。
ただ、なかなかこの薬草を見つけられないのが難点だけど。
「ここだな。あっ、この木か?」
セイゼルクさんが、1本の低木を指して私に視線を向ける。
「うん、その葉っぱが欲しいの」
茶葉は消費が早いから、沢山欲しいな。
「んっ? なんだ?」
低木から葉を採っていると、シファルさんが周りを見回した。
「どうした?」
不思議そうな表情をするセイゼルクさん。
「声が聞こえた」
「誰か、助け……」
あっ、私にも聞こえた!
「若い声だな。何処だ?」
皆も聞こえたようで、警戒しながら周りを見る。
「あっちだ!」
お父さんが指した方を見ると、必死に走って来る3人の冒険者が見えた。
「行こう」
セイゼルクさんが走り出すと、全員が助けを求めている冒険者の下に駆けだす。
「アイビーは、俺の傍に」
「わかった」
お父さんの少し後ろを走りながら、こちらに走って来る冒険者達を見る。
「怪我をしているみたい」
ポーションが必要かな?
「魔物だ! 追いつかれそうだ」
セイゼルクさんが剣を手にすると、一気に速度を上げる。
ラットルアさんとヌーガさんも、その後に続く。
シファルさんは、前の3人とは少し別の方向に弓を手に走りだした。
「俺達は冒険者の怪我の状態を確認しよう」
「うん」
「アイビー。出すのは普通のポーションの方だからな」
あっ、ソラのポーションを出そうとしていた。
注意しないと。
「わかった」
セイゼルクさんと若い冒険者達がすれ違う。
「お前達はこっちだ」
お父さんの方に、必死に走って来る冒険者達。
目の前に来ると、力尽きたのか地面に転がった。
「怪我が酷いな。ポーションは持っているか?」
お父さんの質問に首を横に振る冒険者達。
息が上がって、話す事が出来ないようだ。
「ポーションはあるが、必要か?」
「あとで、払い、ます。下さい」
冒険者達にとってポーションは命綱だから、タダでは貰えない物なんだよね。
「はい」
マジックバッグから、正規版の青のポーションを出して冒険者達に渡す。
「ありがとう」
受け取ったポーションを一気に飲み干す冒険者達。
「はぁ、助かった」
冒険者達の傷が治っていくのを確認してから、セイゼルクさん達に視線を向ける。
「あっ、終わってる」
冒険者達を追って来ていた魔物は、既に討伐したようだ。
でも、なんだろう?
セイゼルクさん達の表情が少し険しい。
「何かあったのか?」
倒した魔物の傍で話しているセイゼルクさん達を見てお父さんが呟く。
「変なんです」
「えっ?」
冒険者達の1人。
真っ赤な髪をした若い男性が座り込んで、お父さんに視線を向ける。
「何が変なんだ?」
「皮膚が異様に硬かったんです。前に討伐した時は、そんな風に思わなかったのに」
「皮膚? それよりあの魔物の名前は?」
えっ、お父さんも知らない魔物なの?
「この辺りに、よく出るようになったトトーラです」
トトーラ?
聞いた事がない魔物だな。
魔物の本にも、そんな名前の魔物は載っていなかったと思う。
「トトーラ? 初めて聞くが、どんな魔物なんだ?」
「あの魔物は、ハタカ村周辺にいるシャーミという魔物が突然変異した姿なんです」
シャーミは知っている。
ゴミと魔法陣のせいでおかしくなっていた魔物だ。
それの、突然変異?
「元がシャーミにしては体が大きくないか?」
お父さんが首を傾げながら、冒険者を見る。
うん、セイゼルクさん達の傍で倒れている魔物は、私が知っているシャーミの2倍はありそう。
「はい、シャーミの約2倍の大きさです。それに握力が凄いんですよ。まず、捕まれたら骨が砕かれますから」
そんなに?
「呼んでいるな。立てるか?」
セイゼルクさんが私達に向かって手招きした。
それに手を上げて応えたお父さんは、冒険者達を見た。
「大丈夫です」
トトーラについて話していた真っ赤な髪の冒険者が、少しふらつきながら立ち上がる。
他の2人もなんとか立ち上がると、ゆっくりセイゼルクさん達の下に行った。
「どうした?」
「ラットルアはこの魔物の事を知っているか?」
お父さんの質問に、セイゼルクさんは魔物の顔をお父さんに見せる。
「この魔物がシャーミの突然変異でトトーラという名前だと、彼に聞いて初めて知ったんだ」
お父さんが真っ赤な髪の冒険者を見ると、彼は小さく頭を下げた。
「助けて頂きありがとうございます」
「無事で良かった。怪我は?」
「ポーションで治したので大丈夫です。あっ、代金は王都に行ってからでいいですか?」
心配そうにお父さんと私を見る冒険者。
「それでいい。で、そのトトーラという魔物がどうしたんだ?」
お父さんがセイゼルクさんを見ると、彼の眉間に皺が寄る。
「俺も詳しくは知らないんだが、この辺りに4年前ぐらいから出没しだした魔物だ。以前に依頼があって討伐した事があるんだが、また変異したようだ。皮が異常なほど硬かった」
あっ、それについては真っ赤な髪の冒険者も言っていたな。
「突然変異で巨大化して皮膚が硬くか」
お父さんが嫌そうな表情で言うと、セイゼルクさん達も溜め息を吐く。
そういえば、マジックバッグに入れて持ってきた魔物も突然変異で巨大化していたな。
皮も硬いし。
もしかして関連があるのかな?




