104話 団長さんはすごい
拠点の中に出来た簡易的な檻に、外にいた人達が連行されて行く。
どの人も下を向いて、顔を見られない様にしている。
中には涙を流している人もいるようだ。
「今さら後悔しても遅い。なぜ捕まった時の事を考えなかったのか」
彼らに掛ける団長さんの言葉は厳しい。
それは仕方のない事だ。
彼らは自らこの道を選びとったのだ。
その責任をこれから長い時間を掛けて償う事になる。
「はぁ~……」
作戦が成功した事で、組織を追い詰められる事はうれしい。
これで私が狙われる事も無くなる。
そうなれば旅を続けられる。
でも、なんだか心が晴れない。
きっと、捕まった人達の悲しみを初めて見たからだ。
「気に病むことは無いよ」
声に視線を向けるとシファルさんとラットルアさん。
どうやら相当気落ちした顔をしていたのか、ばれてしまった。
「分かってはいるんですが、初めて見るので」
「そっか。俺達も最初の頃はいろいろ考え込んだよな?」
「あぁ、若かったね~。ラットルアにもっと可愛げがあった頃だ」
「おい。何を言い出すんだ」
「えっ! あの頃の事をアイビーに話してもいいのか? 勇気があるな」
「違う! って言うか話すな!」
何があったのだろう。
ラットルアさんの顔が真っ赤に染まって慌てている。
……どうしよう、ものすごく気になる。
後でこっそり……。
「アイビー、あとで訊こうとか思っていないよな? まさかね?」
読まれた。
それに、ものすごく顔が怖い!
すぐさま無言で何度も頷く。
「そうだよね?」
黒い! ラットルアさんの笑顔がものすごい黒い!
ものすごく気になるけど、止めておこう。
ふっといつもの笑顔に戻ったラットルアさんが、頭を軽く撫でてくれる。
それにホッとした。
よかった~。
あっ、さっきまであったモヤモヤした気持ちが無くなっている。
もしかしたらシファルさんが、ラットルアさんの過去を持ち出したのは私のためかな。
本当に優しい人達だ。
……いや、ラットルアさんのあの嫌がり方は本気だったな。
それを知っていてシファルさんは話を振ったんだろうな。
やっぱり策士だなシファルさんって。
不意に拠点周辺から怒鳴り声が聞こえた。
それに体がビクついてしまう。
「大丈夫」
シファルさんがそっと肩に手を置いてくれる。
それに笑顔で答える。
「でも、何だろう。行ってみよう」
拠点の庭から、門の外が見える位置に移動すると拠点周辺が随分と騒がしくなっていた。
「組織に加担した者達が捕まったと、噂で流れたようだな」
シファルさんの顔が厳しくなっている。
その視線の先には、この場所に押し寄せている町の人々。
捕まえた者達を教えろとか、恨みを晴らさせろなどの声が聞こえてくる。
自警団員達が治めようとしているが、人の数が多すぎる。
大丈夫なのかな?
「ちょっとやばい人数だな」
ラットルアさんの表情も厳しい。
どうするのだろう?
「大丈夫でしょうか?」
「ん? 団長とギルマスがどうにかすると思うけど。あっ、ほら」
ラットルアさんが示す方向へ視線を向けると団長さん、副団長さん、ギルマスさん達が集まった人達の前に立っていた。
「静かに!」
団長さんの声が拠点周辺に響き渡る。
その声に周辺が静まりかえる。
「噂で流れている話は本当だ。この町に一番被害をもたらしてきた組織。その組織に加担した者達を捕まえた」
その言葉に、町の人達から喜びの声が湧きあがる。
が、副団長さんが手を叩いてそれを止める。
また静かになった所で団長さんが話し始める。
「自警団から多くの裏切り者が出てしまった。そして冒険者からも。それについて深くお詫びする」
団長さんが頭を下げると副団長さんとギルマスさんも頭を下げる。
それを静かに見つめる町の人達。
団長さんが頭をあげると、少しだけゆっくり話し始める。
「申し訳ないが、今は誰が捕まえられたのかを発表する事は出来ない。個々の罪について確証を得られていないからだ。誤認はないと思うが、確証が持てるまで全ての発表は待ってほしい」
今はソラが判断しただけで、まだ誰がどんな事で組織に加担していたのか分かっていない。
これから証拠を集めて、それぞれの罪を確定していく事になる。
捕まえた人数が多いから、大変だろうな。
「皆にお願いがある。捕まえた者達に手は出さないでほしい」
その言葉に、集まった人達から罵声が飛ぶ。
中には、泣きながらの人もいる。
団長さんは、すっと手をあげて。
「罪人が奴隷落ちになる事は知っているだろうが、それがどれほどの事なのか知っている者は少ないだろう。だが、俺は知っている。罪を犯した者達が行く場所が、どれほど過酷な場所なのかを」
団長さんの言葉に声が消えた。
罪人が奴隷落ちとなる事は、言うまでもないことだ。
確か、強制労働に課せられるらしい。
でも、その場所を聞いたことが無いと思い出す。
それは町の人達も同じようだった。
「あの場所では自ら死を選ぶことは出来なくなる。ただ毎日体を酷使し、この世界のために働かされる。それは言葉では表現できないほどの過酷な毎日だ。まさに地獄だ。その地獄が許される日まで続く」
団長さんの言葉に、住人たちの表情が落ち着きを見せ始める。
被害者達は加害者に苦しんでほしいのだ。
それは綺麗事では済まされない、本音だ。
「奴らの人生が終われば苦しみも消える。それで許せるのか? そんな簡単に苦しみから解放してしまうのか? 俺は許せない。だから確実に奴らを奴隷に落とす。その為に、奴らには手を出さないと誓ってほしい」
もう、団長さんに罵声をぶつける人達はいない。
それに、副団長さんとギルマスさんが硬い表情を解いた。
「すごいですね」
団長さんは全てを背負い込んでしまった。
「あのさ、アイビー。今のは……」
ラットルアさんが何処となく不安そうに声を掛けてくる。
それに首を傾げてしまう。
何だろう。
「ラットルア、アイビーは気が付いていると思うぞ」
「えっ?」
何の事?
何に気が付くの?
「アイビー、団長がどうしてあぁ言ったのか分かった?」
「えっと、住人に犯罪を犯させないためですよね。だから団長さんは全てを背負い込んでしまった。すごい人です」
団長さんの言葉が無かったら、きっと怒りが収まらない人達は拠点を襲っていただろう。
そしてそこに居た人たちを殺してしまう可能性も捨てきれない。
そうなれば、被害者は理由があっても加害者になる。
そんなのは悲しすぎる。
だから、団長さんはあえて彼らに言ったのだ。
自分が彼らを苦しませると。
それも生きている間中ずっと。
だから手出しはするなと。
団長さんは、悲しみと苦しみで怒りが収められない人達に向かって話をしていたのだ。
彼らの怒りが少しでも落ち着くように。
その怒りが、加害者に向かわないように。
「ほらね」
シファルさんがちょっと自慢げにラットルアさんを見つめる。
ラットルアさんに、髪をぐちゃぐちゃっとかき回される。
「ぅわっ! なんですか?」
「いや、団長の事をちゃんと理解しているんだな~ってな」
「理解? すごい人って事をですか?」
それは前から思っていたけど。
色々な事にすぐさま対応できる順応性と、人を導く指導力。
そして心の強さ。
さすがだと思う。
「団長さんみたいになりたいです」
「「えっ!」」
私の言葉になぜかものすごく驚いた声が2つ聞こえた。
声はもちろんシファルさんとラットルアさん。
それほど驚く事だろうか?
「アイビー、人生を諦めるのはまだ早いよ」
「はっ?」
「そうだよアイビー。団長みたいになりたいなんて。まだ未来は明るいから」
……団長さんはすごいって話をしていたはずなのだが……。
「お前らな」
重低音に視線を向けると、顔をひきつらせている団長さんがいる。
話はいつの間にか、終わっていたようだ。
「お疲れ様です」
笑顔で挨拶をすると、驚いた顔を一瞬見せた後とても穏やかな表情になる団長さん。
さっきの少し強張った顔よりこっちの方が絶対にいいな。