978話 殺気と命中率
「アイビー、少しでも気になる事があったら教えてくれ」
「うん、分かった」
周りを警戒しながらセイゼルクさんに答える。
今皆は、倒した魔物を解体し、調べて記録している。
「セイゼルク、この魔物はどうする? 前と同じように持って行くのか?」
ヌーガさんがセイゼルクさんを見ると、彼はシファルさんを見た。
「シファル、どうだ? 前に倒した魔物と同じか?」
前に倒した魔物は、大きさや魔物の特徴を記録していたシファルさんが、全て回収した方がいいと言ったので王都に全て運ぶ事になった。
なんでも、彼が知っている魔物とは沢山違った部分があったそうだ。
「同じ部分もある。でも、この魔物も他では見られない特徴がある。それに、前の魔物はオスでこれはメスだ」
オスとメスだったんだ。
「ヌーガ、まだ専用のマジックバッグはあったよな?」
「あぁ、あるぞ。それは問題ない」
ヌーガさんが、マジックバッグから冒険者ギルドから配布された魔物を回収する専用のマジックバッグを出した。
「それなら、全部を持って行くか」
セイゼルクさんの言葉に全員が頷くと、調べ終わった部分からマジックバッグに入れて行く。
炎の剣は、ゴミの影響で変化した魔物や、今までに見た事がない魔物と遭遇した場合は、出来る限り回収して欲しいと冒険者ギルドから言われているそうだ。
「終わった~。大きいから疲れた~」
ラットルアさんが、大きく伸びをする。
「今、討伐が出来て良かった」
シファルさんの呟きに、お父さんが首を傾げる。
「何か見つけたのか?」
「お腹に、いや、なんでもない」
お腹?
あっ、もしかして子供がいたのかな?
ちょっと可哀想だけど、あの巨大な魔物は増えない方がいいよね。
「よしっ、移動を始めようか。足跡はなかったが、いないとも言い切れないから気を付けてくれ」
セイゼルクさんとシエルを先頭に、移動を始める。
「疲れていないか?」
お父さんを見て笑う。
「大丈夫。体力はあるからね」
それに今日はゆっくり寝たし。
「そうか。でも連日殺気をぶつけられているから、体に異変を感じたらすぐに言ってくれ」
「分かった」
周りと土の様子を警戒しながら森を歩き続けると、鬱蒼とした場所を抜けた。
木々は多いが、見通しが随分と良くなった。
それにホッと息を吐き出す。
「にゃうん」
シエルの鳴き声に微かに緊張する。
「よくやった、シエル」
セイゼルクさんが小声でシエルを褒めると、全員が不思議そうな表情をする。
「何かあったのか?」
セイゼルクさんに釣られ、小声になるラットルアさん。
そんな彼に向かってセイゼルクさんが嬉しそうに笑う。
「グースがいる」
グース?
あっ、私が倒れた時にソラとシエルが狩ってきてくれた魔物だ!
珍しい魔物で、体に良い魔力を作り出す事で有名なんだったよね。
「何処にいる? あぁ、あれか」
シファルさんがシエルの頭を撫でる。
「狩るよな?」
セイゼルクさんがお父さんと私を見る。
もの凄く期待した目をしているな。
「もちろん」
お父さんもだ。
「うん」
もちろん、私も。
グースの肉は凄くおいしかった。
そして、驚くほど体が軽くなったんだよね。
「ぷっ?」
「てりゅっ?」
「ぺふっ?」
ソラ達が、やる気を見せる私達に視線を向ける。
「皆、今からグースを狩るからちょっとだけ静かにね」
私の言葉に頷く3匹。
「ありがとう」
「さて、どのグースを狙おうか」
そうだ。
グースは群れで移動する魔物だ。
セイゼルクさんの傍に寄り、グースの群れを探す。
「いた」
ここから、だいたい5mぐらいの距離だね。
けっこう近くにいる。
それにしても、1匹の時も怖い顔だと思ったけど、群れになるともっと怖いな。
グースの味と効果を知らないと、近付きたくない魔物だな。
「よし、右から2番目にしよう」
セイゼルクさんの決定に、お父さん達が頷く。
どうやら狩る魔物が決まったようだ。
右から2番目……一番大きなグースを狙うのか。
「ただし逃げられて狩りが無理そうなら、一番近くにいる魔物に変更だ。作戦は、風下から木々に隠れてグースに近付く」
セイゼルクさん達は風下からグースとの距離を詰め、一気に狩るみたいだ。
この場所は木々が多いため、かなり近付ける筈だと言っている。
「アイビーとシファルは、足を狙ってくれ。逃げられないようにしたいんだ」
「「分かった」」
セイゼルクさんに頷くと弓を手に取る。
さっきの魔物と戦った時は、狙った場所に矢は刺さった。
だから、きっと大丈夫。
「行こう」
シファルさんが私の肩をポンと叩く。
それに頷き、彼の後を追う。
ゆっくり気付かれないように近付き、矢の届く距離に着く。
セイゼルクさん達やお父さんも、予定していた場所で隠れた。
「アイビー、左の前脚を狙えるか?」
狙っているグースの前脚を見る。
「うん。大丈夫」
「1、2、3で狙おう。外しても、大丈夫だからな」
シファルさんと同時に矢を構える。
あれ?
なんだか、さっきと同じように構えたのに何かが違う。
「1、2」
今は集中しないと。
「3」
グースの左前脚に向かって矢を放つ。
「ぐあぁぁ」
「あっ」
外した!
シファルさんの矢は当たったので、狙っていたグースは大声で鳴きふらつく。
異常に気付いたグース達が一斉に走り出すと、隠れていたラットルアさんが飛び出す。
「俺が行く!」
ラットルアさんを見ると、ふらついているグースに向かって剣を振り下ろしたところだった。
「良かった」
動かなくなったグースにホッとする。
手に持っている弓を見る。
さっきの感覚は、討伐した魔物に矢を放った時と違った気がする。
でも、構えも同じだし、弦の引き方も同じなのに?
「アイビー、大丈夫か?」
シファルさんが私の頭をポンと撫でる。
「ごめん。当たらなかった」
「そうだな。たぶん……」
シファルさんを見る。
もしかして、理由を知っているの?
「殺気だな」
お父さんがシファルさんの隣に来る。
「殺気?」
「うん。アイビーは殺気を受けると、生き延びたいという本能が強くなるんだろう。そのお陰で命中率が上がるんだと思う」
お父さんの説明にシファルさんが頷く。
確かに、お父さんから受けた殺気でも命中率が上がった。
あれ?
「という事は、狩りでは……皆の助けにはならない?」
それは、悲しいかも。
「大丈夫。殺気の中で訓練して、その感覚を完全につかめばいい」
シファルさんが落ち込んだ私を励ますように、明るく言う。
感覚か。
あっ、さっき……。
「どうした?」
「グースを狙った時と討伐の時、矢を構えた時に何か違った感覚がしたの」
シファルさんを見る。
「そうか。その違いが分かったなら、直す事が出来る筈だ。違いが分からなければ、直す事も出来ないだろうからな
そうか。
違いが分かって良かったのか。
「おーい。解体するぞ」
グースの傍で手を振るラットルアさん。
それに片手を上げてシファルさんが答える。
「行こう。感覚を直すのは明日からだ。今日は、上手い肉を食うぞ」
「そうだな、肉だ」
シファルさんとお父さんが嬉しそうに笑って、私を見る。
それに頷き、ラットルアさん達の下に行く。
「何を作ろうかな」
「肉と野菜が沢山入ったスープ。肉はトロトロがいい」
「焼いた肉をパンで挟む、サンドイッチ。肉は薄めに切って沢山挟んで欲しい」
「肉を大きめに切って焼いてくれ。タレが数種類あったら嬉しい」
私の呟きに、シファルさん、ラットルアさん、ヌーガさんが真剣な表情で言う。
「お前らな」
呆れた表情でシファルさん達を見るセイゼルクさん。
そんな4人に、お父さんと一緒に笑う。
「任せて、おいしく作るから」
矢の特訓は明日。
特訓に集中するためにも、今はグースをおいしく料理しよう。




