976話 どっちに行く?
「ぷっぷぷ~」
「ソラ。静かに」
んっ?
ソラとお父さん?
「てりゅっ」
「こら、フレム。寝ているんだから起こすな」
今度はフレムとお父さん?
ん~、明るい?
「朝?」
「ほら、起きちゃっただろう?」
「ぷっぷぷ~」
「てっりゅりゅ~」
「ぺふっ」
「にゃうん」
「えっ?」
どうしたんだろう。
なんだか心配そうに皆が見てくるんだけど。
「……あっ!」
周りの明るさに体を起こす。
「寝過ごした?」
お父さんを見ると、ポンと頭を撫でられた。
「大丈夫だ。セイゼルクが、ゆっくり寝ていいと言っていただろう?」
確かにセイゼルクさんが言っていた。
でも、太陽の位置から考えると……完全に寝過ぎだ。
「おはよう」
お父さんが私を見て笑っている。
「おはよう。はぁ」
突然変異した魔物が森にいるから、寝れないかもしれないと心配したのに。
まさか、こんなにぐっすり寝るなんて。
「どうした? どこか痛いのか?」
心配そうに私を見るお父さんに笑う。
「大丈夫。えっと、魔物がまだ見つかっていないのにぐっすり寝てたから驚いて」
「あぁ、それは昨日の精神的な疲れのせいだよ」
精神的な疲れ?
「昨日、魔物と戦った時にかなり強い殺気が向けられただろう?」
「うん」
あの殺気は、本当に怖かった。
「まだ慣れていないから、精神が凄く疲弊したんだよ。その回復に、ゆっくり休憩する時間が必要だったんだ」
「回復。そうか」
「師匠だって最初の頃は、魔物討伐の後はゆっくりする時間を作ってくれたからな。あの師匠が」
「あの師匠さんが?」
「そうだ。あの師匠が、だ」
なるほど、精神的な疲労にはゆっくりする休憩が重要なんだね。
「ぷっ」
「「えっ?」」
笑い声に視線を向けると、セイゼルクさんが笑っている。
「おはよう。起きたからご飯を食べるか聞きに来たんだけど。面白い話をしていたから」
「おはよう、セイゼルクさん」
それにしても、面白い話し?
なんの事だろう?
不思議そうにお父さんを見ると、彼も首を傾げている。
「2人の話を聞いていたら『師匠』が酷い人に聞こえるぞ。まぁ、色々な話は聞いているけど」
あっ、そんな風に聞こえたんだ。
「酷い人か。それだけではないが、そういう面もあるな」
お父さんが神妙な表情で頷くので、笑ってしまう。
「ははっ。アイビー、ご飯はどうする? スープとパンだけど」
「ありがとう。食べる」
お腹が空いた。
「ぷっぷぷ~」
「てっりゅりゅ~」
「ぺふっ」
「にゃうん」
「皆、おはよう。なかなか起きないから心配したんだね。大丈夫だよ」
私の言葉を聞くと、嬉しそうに周りを跳びはねる3匹。
シエルはそっと近付くと、肩辺りに顔を擦りつけた。
「ふふっ」
可愛いな。
「あっ、ゆっくりしていたら駄目だね。ご飯を食べに行こう」
朝の準備を済ませ、セイゼルクさんが用意してくれたご飯を食べる。
「そのスープは俺が作ったから」
スープを作ったのはシファルさんのようだ。
「おいしいです。ありがとう」
食べ終わると、セイゼルクさんが地図をテーブルに広げた。
「王都に向かって行くんだが、村道を外れようと思う」
魔物を探しながらだもんね。
「見通しはいいが足場の悪い岩場か、木々が生い茂って見通しの悪い森か。魔物はどっちにいると思う?」
全員で地図を覗き込む。
「あの魔物の大きさと強さなら、隠れて過ごす必要はないだろうな」
シファルさんがセイゼルクさんを見る。
「そうだな」
魔物が森を住処にする理由は、木々で隠れられるからだと聞いた事がある。
でも昨日の魔物は、隠れて住む必要はないだろうな。
「倒した魔物、元はどんな魔物だと思う?」
「えっ?」
セイゼルクさんが不思議そうにお父さんを見る。
「姿が変わっても、特徴をある程度は引き継ぐと思うんだ。水が苦手とか、火が苦手とか」
お父さんの言葉に、セイゼルクさん達が考え込む。
「王都周辺を縄張りにしているジャオではないか?」
ヌーガさんの言うジャオは、王都と隣町周辺の森に住んでいる魔物の事だよね。
「ジャオか? 確かに牙も角もあるが……」
お父さんは、少し疑問があるようだ。
「角と言っても、昨日の魔物は角が2本。ジャオの角は額に1本だ」
あっ、角の本数に違いがあるんだ。
セイゼルクさんの言葉に、ヌーガさんが頷く。
「そうだが、顔はジャオに似ていると思う」
「確かに昨日の魔物とジャオは似ているな。まぁ、随分と大きくなって目つきも悪くなっていたけどな」
お父さんから見ても、顔はジャオに似ているのか。
「ジャオの突然変異なら、岩場には行かないな。なぜかジャオは、岩場が苦手だったからな」
そうなんだ。
セイゼルクさんの言葉に、シファルさん達が頷く。
「まぁ、突然変異した魔物がジャオで、ジャオの苦手な物を引き継いでいたらだけどな」
ラットルアさんが苦笑する。
「そうだな。とりあえず、森を目指すか」
セイゼルクさんが地図を仕舞うと、私達を見る。
「「「「「分かった」」」」」
全員で使った物などを片付け、出発の準備を整える。
「アイビー」
「はい?」
シファルさんが、私が使っている弓に手を伸ばす。
「まだ手入れは必要なさそうだな」
あっ!
弓は使う度に、傷を調べたり弦の張り具合を見るんだった。
昨日は調べる前に寝てしまったからやっていない。
「忘れていた?」
「うん。すっかり」
「大切な事だから忘れないようにな」
「分かった。ありがとう」
シファルさんから弓を受け取る。
「弦の張り具合だけは、どんな時でも確かめておいた方がいい。緩んでいると飛び方が変わってしまうから」
弓を持って弦を引く。
「まだ、大丈夫みたい」
「そうか。それなら問題ないだろう」
良かった。
今日も皆と一緒に戦える。
「準備が出来たら、行こうか」
セイゼルクさんの声に、マジックバッグを肩から下げ、ソラ達専用のバッグも肩から下げる。
最後に弓を持って、準備終わり。
「アイビー、行こう」
歩きだしたセイゼルクさんとシエルの後をおって、お父さんの隣を歩く。
「昨日と同じ特徴を持つ魔物だったら気配は読めないだろうから、音に気を付けてくれ」
セイゼルクさんの注意に頷くと、森から聞こえる音に耳を傾ける。
鳴き声が聞こえる。
動物かな?
逃げている様子はないから、この近くに異常はないみたい。
あっ、風の音に水の音も聞こえる。
こんな時だけど、ちょっと楽しいな。
しばらく歩くと地図で確認した、木々が生い茂る場所に着いた。
「随分と鬱蒼としているな」
生い茂る木々に、シファルさんが嫌そうな表情を見せる。
セイゼルクさんも、険しい表情をした。
「そうだな。それに、かなり暗い」
周りを警戒しながら、鬱蒼とした森を進む。
「静かだな」
シファルさんが、周りを警戒する。
「そうだな」
ヌーガさんも、あまりの静けさに少し緊張しているようだ。
弓を持っている手に力を込める。
んっ?
今、何か音が聞こえた?
お父さんにも聞こえたのか、立ち止まって周りを見る。
「どうした?」
「何か聞こえた。ただ、それがなんなのか分からなくて」
シファルさんの問いに、お父さんが首を傾げる。
「アイビーも聞こえたのか?」
シファルさんを見て頷く。
「うん、私も聞こえた。でも、音の正体は分からない」




