974話 あと何匹?
「アイビー、大丈夫か?」
走って来るお父さんを見る。
「大丈夫、怪我もしていないよ。お父さんは……血が!」
傍に来たお父さんを見ると、肩と太ももに血が滲んでいる。
慌てて立ち上がり、マジックバッグからソラのポーションを出す。
「ぷっぷぷ~」
あっ、ソラがいるんだからポーションは必要ないか。
お父さんを見ると、肩を包み込んでいるソラがいた。
「ソラ、ありがとう。他に怪我人は?」
たしかラットルアさんが怪我をした筈。
お父さんの治療が終わったら、彼の治療もソラにお願いしよう。
「大丈夫だ。ラットルアとセイゼルクの怪我が少し酷いけど、ソラのポーションを使っていたから」
「そっか。だったら大丈夫だね」
「ぷっ」
ソラを見ると、肩から太ももに移動して治療を始めていた。
「お父さんは、どうしてすぐに治さなかったの?」
「かすり傷だったから気にならなかった。アイビーの方が気になったしな」
それはちょっと嬉しい。
でもやっぱり、治療を優先して欲しいな。
「アイビー、無事か?」
「大丈夫。それより怪我は大丈夫?」
走って来るセイゼルクさんを見て息を呑む。
彼のお腹辺りには血がべっとりと付いていた。
これは、少しではなくかなり酷い怪我だったのでは?
「ソラのポーションのお陰で問題無しだ。ソラ、ありがとうな」
お父さんの治療が終わったソラを、セイゼルクさんが撫でる。
「ぷっぷぷ~」
ちょっと胸を張るソラ。
そんなソラにセイゼルクさんとお父さんが楽しそうに笑う。
「それより、アイビー」
「何?」
セイゼルクさんを見ると、不思議そうに私を見ている。
「魔物の目に刺さった矢に魔力が籠っていたようだけど、体は大丈夫か?」
「えっ、そうなのか? アイビー、大丈夫なのか?」
2人は私の魔力が少ない事を知っているから、心配掛けてしまったみたいだ。
「大丈夫。その魔力は、私の魔力ではないの」
「「えっ?」」
お父さんとセイゼルクさんが首を傾げる。
「ソラが魔力を籠めてくれたの」
「「……」」
無言でソラに視線を向けるお父さんとセイゼルクさん。
「ソラは、空の魔石に魔力を籠められたっけ?」
セイゼルクさんの言葉に、お父さんと私は首を横に振る。
「それはフレムだよ」
「そうだったな」
もしかして、空の魔石に魔力を籠められるなら、矢にも魔力を籠めるのかな?
でも実際に矢に魔力を籠めたのはソラ。
「フレムも出来るのか?」
お父さんの質問にフレムは応えない。
「フレムは出来ないの?」
「てっりゅりゅ~」
空の魔石に魔力は籠められるけど、矢には無理なのか。
「不思議だな」
セイゼルクさんがソラを抱き上げる。
「ぷっ?」
「どうやって魔力を矢に籠めるんだ?」
「ぷ~」
ゆっくり鳴くソラ。
「ん?」
ソラの反応に首を傾げるセイゼルクさん。
「ぷ~」
ソラはもう一度、セイゼルクさんを見ながらゆっくりと鳴く。
「もしかして、そうやって矢に魔力を籠めたのか?」
「ぷっぷぷ~」
お父さんの質問に目を細めて鳴くソラ。
なんだか凄く可愛い。
セイゼルクさんも同じ事を思ったのか、顔が緩んでいる。
「セイゼルク、ドルイド、アイビー。何かあったのか?」
ラットルアさんの声に視線を向けると、ズボンを真っ赤に染めた姿が見えた。
「ラットルアさん!」
お父さんの「少し」は当てにならない。
「んっ? あぁ、これなら大丈夫だ。ソラのポーションのお陰だな。ありがとう」
セイゼルクさんに抱き上げられているソラをぽんぽんと撫でるラットルアさん。
しっかり歩けているし、顔色も悪くない。
だから、彼の言う通り大丈夫なんだろう。
でも、血濡れのズボンはとても心臓に悪い。
「そうだ、この魔物が攻撃するまで気付かなかった理由が分かったぞ」
あっ、理由があったのか。
というか、当然か。
だって、お父さんもセイゼルクさん達も、かなりの実力者。
そんな彼等が攻撃されるまで気付かなかったなんておかしいもんね。
「なんだったんだ?」
セイゼルクさんの質問に、ラットルアさんは手招きする。
「こっちに」
ラットルアさんと一緒にシファルさん達の下に行くと、彼等の傍に大きな穴が見えた。
「穴?」
セイゼルクさんが穴を覗き込む。
「そう。倒れた魔物の下にあった。おそらく、この穴を使ってここから出てきたんだと思う」
シファルさんが穴の出入り口を指す。
そこには、魔物の毛が大量に付いていた。
「それと洞窟と傍の木に残っていた爪痕は、この魔物の物みたいだ。太さがほぼ一緒だった」
ヌーガさんが魔物の前脚を少し持ち上げる。
見ると、魔物の前脚には爪が5本。
その内の2本だけが大きく太く、そして鋭くなっていた。
「随分と変わった爪だな」
お父さんの言葉に、ヌーガさんが頷く。
「この魔物、突然変異なのかな?」
ラットルアさんが神妙な表情で皆を見る。
「分からない。ただ、突然変異でこれほど巨大になるなんて聞いた事がない」
お父さんの言葉に、シファルさんとヌーガさんが頷く。
「あっ、教会がこの魔物を作った可能性は?」
ラットルアさんの質問に、セイゼルクさんが溜め息を吐く。
「その可能性はあるな。教会に関わった全員を捕まえているが、それでも逃げている者達がいる。そいつ等が、どこかの研究所から出した可能性はある。そもそも、教会が作った研究所を全て把握出来ていないらしいから」
そうなんだ。
「教会の作った研究所が関わっているなら、魔物が1匹という事はないような……」
シファルさんの呟きに、セイゼルクさんとお父さんが嫌そうな表情をする。
「シファル。あえて言わなかった事を言うなよ」
セイゼルクさんがシファルさんの肩を軽く叩く。
「ははっ、悪い。でも他にもいないか、調べる必要はあるだろう?」
こんな魔物がもう1匹?
いや、もう数匹いる可能性があるの?
「すぐに戦えるか?」
セイゼルクさんが皆を見る。
お父さんとシファルさんが溜め息を吐きながら頷く。
ヌーガさんとラットルアさんも諦めた様子で頷いた。
「アイビーは大丈夫か?」
セイゼルクさんが私を見る。
「はい。大丈夫です。ソラは?」
魔力を籠めてくれたソラに視線を向ける。
「ぷっぷぷ~」
「シエルは?」
「にゃうん」
力強く鳴くソラとシエル。
2匹も大丈夫そうだ。
「えっ? ソラが魔力を?」
お父さんが矢に魔力を籠めたのがソラだと説明してくれたようだ。
シファルさん達が驚いた表情でソラを見ている。
「ぷっぷぷ~」
その視線に胸を張るソラ。
そんなソラの態度に、皆の表情が明るくなる。
「さてと、嫌な事は終わらせよう。この穴を通って行くか?」
セイゼルクさんがシファルさんの質問に首を横に振る。
「途中で崩れる可能性もあるから止めておこう。方向だけ分かればいい」
セイゼルクさんがマジックバッグから地図を取り出すと、シエルに現在の場所を確認し、穴の方向を地図に書き足した。
「煙を入れてくれ」
セイゼルクさんの言葉に首を傾げる。
「分かった」
シファルさんを見ると、煙が出ている丸い物を穴の奥に向かって放り投げた。
しばらくすると、少し先で煙が上がった。
あぁ、穴の方向を調べるために煙を使ったのか。
煙が上がった場所を少し掘ると、魔物が通って来た穴を見つけた。
そこから再度、煙が出ている丸い物を奥に向かって投げる。
何度か繰り返すと、湖の近くに穴の出入り口を見つけた。
「周辺を調べよう」
セイゼルクさんの指示で魔物の痕跡を、皆で探す。
「こっちに来てくれ。足跡を見つけた」
ヌーガさんの下に行くと、大きな足跡が複数あった。
「調べるよ」
シファルさんが見つけた足跡の大きさを全て測る。
「倒した魔物と同じ大きさの足跡が多いけど、少し小さい足跡がある。最低でも、あと1匹はいる」
シファルさんの言葉に、全員が頷くと武器を手にした。




