972話 黒い壁の洞窟
灯りで照らされた黒い壁が少し気になり、手を当てる。
「あれ?」
冷たいと思っていたのに、生ぬるい。
「どうした?」
「生ぬるいから驚いて」
「生ぬるい?」
セイゼルクさんも不思議そうに壁に触れる。
「本当だ。生ぬるいな」
「うん」
「ぷ~?」
「てりゅ?」
「ぺふっ?」
ソラ達も壁に触れて不思議そうに鳴いている。
「皆、こっちに道があるぞ」
ラットルアさんを探すが暗くて何処にいるか分からない。
「何処だ?」
「ここだ」
シファルさんの問いにラットルアさんは、灯りを揺らして場所を教えてくれた。
「行こう」
セイゼルクさんに促されてラットルアさんの下に向かう。
「少し細いけど、奥に続いている」
ラットルアさんが見つけた道を覗き込む。
「奥が少し明るいね」
「そうなんだよ。何かあると思わないか?」
楽しそうなラットルアさんに、ちょっと笑ってしまう。
「アイビー」
「どうしたの?」
お父さんを見ると、黒い壁に触れて首を傾げている。
「黒い壁の洞窟に、前も入った事があるよな?」
えっ?
いつの事だろう?
「黒い壁の洞窟……あっ!」
思い出した!
「ダイヤモンドが埋まっていた黒い岩の洞窟だ!」
「にゃうん」
あれ?
もしかしてシエルも思い出したのかな?
「ダイヤモンド?」
セイゼルクさんが驚いた様子で私とお父さんを見る。
「そう。あの洞窟の壁も温かかったか?」
温かい?
「前の洞窟は冷たかったと思うよ。ダイヤモンドを採った時に熱を感じたら覚えている筈だから。それに、この洞窟の壁は温かいというより生ぬるいと思うけど」
壁に触れて「えっ」と驚く。
「温かい」
私の言葉に、セイゼルクさんが慌てて壁に触れる。
「さっきの場所とは温度が違うな」
「そうなのか?」
セイゼルクさんの呟きに、お父さんが視線を向ける。
「あぁ、俺とアイビーがいた場所の壁はここまで温かくなかった」
「洞窟の壁が温かいなんて初めてだな。何が原因なんだ?」
ヌーガさんが壁に触れながら首を傾げる。
「奥に行ってみないか? 原因が分かるかもしれないぞ」
ラットルアさんの言葉に全員が頷き、慎重に道を進む。
「壁の熱が上がっているな」
少し歩くと、シファルさんが壁に手を当てる。
「確かに、さっきより温かいな。少し不気味だ」
壁に触れたお父さんが呟く。
「先に進もう」
ラットルアさんが先頭になり奥に進むと、外からの太陽光が入ってきているのか洞窟内が明るくなる。
「この辺りからは、灯りが必要ないな」
ラットルアさんの言う通り、灯りを消しても問題なく周りが見えた。
「奥は広くなっているみたいだ。うわぁ、すっごく綺麗だ」
ラットルアさんが奥を覗き込むと、声を上げる。
「何がだ? あぁ、これは凄いな」
セイゼルクさんも奥を覗き込むと声を上げ、ラットルアさんと中に入って行った。
彼等に続き広い場所に入ると、壁一面に埋まっている何かが光を反射している光景に息を呑んだ。
「ダイヤモンドかな?」
シファルさんが壁に近付くと、埋まっている何かに顔を近付ける。
「気を付けろよ」
「分かった」
セイゼルクさんの注意に頷くシファルさん。
「ここの壁は、かなり熱いぞ」
お父さんを見ると、壁に手を当て眉間に皺を寄せていた。
壁に近寄り、お父さんと同じように壁に手を当てる。
「本当だ。さっきの場所は温かかったのに、ここは少し熱いぐらいだね」
私達の会話を聞いて、皆が壁に手を当てる。
「石の近くが一番熱いみたいだ」
シファルさんを見ると、埋まっている石のすぐ傍に手を当てていた。
「それと埋まっている石だけど、ダイヤモンドではない」
そうなの?
シファルさんを見ると、岩から石を掘り出す道具をマジックバッグから出していた。
「待て、シファル。この石、等間隔で埋まっていないか? 誰かが距離を測って埋めたみたいに」
壁から離れた場所で全体を見ていたヌーガさんが、シファルさんを止める。
お父さんとセイゼルクさんが壁から離れると、壁を見回して頷いた。
「本当だ。自然に出来た物だったら、こんなに綺麗に並ばない。それに、石の大きさも同じに見える」
セイゼルクさんがシファルさんを見て首を横に振る。
「何かあるかもしれないから、止めておこう」
「分かった」
残念そうな様子で、出した道具をマジックバッグに戻すシファルさん。
ラットルアさんを見ると、ゆっくり壁沿いに動いていた。
手が壁に触れているので、きっと熱を感じているんだろう。
「この辺りの壁だけ冷たいんだけど、どう思う?」
「えっ?」
セイゼルクさんが首を傾げてラットルアさんを見る。
「この辺りだけ冷たいんだよ」
ラットルアさんが指した壁に触れると、ヒンヤリした冷たさを感じた。
「本当だな」
「それにこの場所だけ、何も埋まっていない」
ラットルアさんの言うとおり、冷たい壁には何も埋まっていない。
という事は、壁の熱と埋まっている石に関係がある事になる。
「ここから出よう。何かあってからでは遅い」
お父さんの言葉に、全員が頷き外に向かう。
「にゃうん」
私達の傍にいたシエルが、少し落ち込んだ様子で鳴く。
「シエル。洞窟を見つけてくれてありがとう」
「にゃ?」
シエルがセイゼルクさんを見る。
「この洞窟は、絶対に調査が必要だ。何か問題が起こる前に見つけられたのは、シエルのお陰だ。だから、ありがとう」
「にゃうん」
シエルが嬉しそうに鳴くので、笑顔になる。
「外だ」
セイゼルクさんの言葉にホッとした瞬間、こちらに向かって来る魔力を感じた。
「魔物だ!」
セイゼルクさんが武器を手にすると、お父さん達も武器に手を掛けた。
「がうぁ。がぁ」
凄い速度で近付く魔物の気配に、緊張感が増す。
「この洞窟に隠れるのは止めた方がいいよな。外に出よう」
セイゼルクさんが先頭に立ち洞窟を出ると、武器を構える。
「にゃうん」
シエルが魔物に向かって威嚇するが、速度は落ちる様子がない。
それを不思議に思いながら、傍にあった木に登ると矢を構えた。
あれ?
こっちに向かって来る魔物が他にもいる?
「気を付けろ! 他にも魔物がこっちに向かってきている。ヌーガとラットルアは、右からくる魔物を狙ってくれ。ドルイドは左だ」
別の木に登ったシファルさんは、周りを見回しながらヌーガさん達に指示を出す。
「アイビー」
シファルさんが私を見る。
「ドルイドを助けてくれ。俺はセイゼルクを助ける」
彼の言葉に頷く。
「分かった」
お父さんの傍にある木に飛び移り、矢を構える。
どうしよう。
私の矢がお父さんに刺さったら。
「アイビー、大丈夫だ。落ち着け」
1匹の魔物が、お父さんに向かって勢いよく駆けて来るのが見えた。
ゆっくり息を吐き出し、矢を放つ。
「ぎゃうあ」
放った矢は、魔物の前脚に少し傷を負わせた。
でも、魔物の勢いは止まらない。
「おかしいな」
お父さんは呟きながら、目の前に迫った魔物の首に剣を突き刺した。
「ぎゃあぁああ」
狂ったように鳴く魔物にとどめを刺したお父さんは、魔物が来た方向に視線を向けた。
「大丈夫か?」
シファルさんに向かって手を振る。
「私とお父さんは大丈夫。シファルさん達は大丈夫?」
「あぁ、大丈夫だ。皆無事だ」
彼の言葉に体から力が抜ける。
「お父さん、ごめんね」
「どうした?」
「助けにならなかった」
魔物に矢は当たらなかったし、走る速度を変える事も出来なかった。
「そんな事はないぞ。矢が掠ったから、魔物の視線が俺から逸れた。そのお陰で、狙っていた場所に攻撃が出来たんだ」
そうなのかな?
掠った矢を気にしている様子はなかったけど。
「本当だからな」
「ふふっ、分かった。お父さんや皆が無事で良かった」
それが一番重要だよね。




